第20話 そして幕は下り、最終章の幕が上がる

私の名前はライサ・ランプトン。

2年前までは男爵家の長女でした。




ランプトン家は男爵とは名ばかりの弱小貴族でした。

領地にはいくつかの村があるばかり。

「大きな村の村長」と言った方が正確なくらいでした。


「なればこそ、私達は誰よりも貴族らしくあらねばなりません」


母は厳格な人でした。

温和な父に代わり家内の一切を取り仕切り、私への教育も母が自ら行っていました。

ランプトン家は中々子宝に恵まれず、後継は私しかいませんでしたから、私への教育はそれは厳しいものでありました。

幼い頃は叱られていた記憶しかなく、そんな中で唯一褒められたのが魔法についてでした。


「凄いわ、ライサ。7歳でもう魔法が使えるなんて」


魔法は貴族の象徴。

母は私の魔法の才能を喜び、私も母に褒められたくて魔法の訓練を頑張りました。

厳しい教育の甲斐もあって、12歳になった頃、私に婚約者ができました。

相手は既に成人済み。

あとは私が15歳になるのを待つばかりという状況でした。




透明大蛇イオドだ!」


しかし、私が丁度15歳になる年に、巨大な魔物が領地で暴れ回りました。

領地は荒らされ、領民も大勢死に、そして父も死にました。

領地を失ったランプトン家は貴族籍を失い、私の婚約も破談。

その後、私と母は母の生家に数年間身を寄せました。

そこでの暮らしは辛いもので、あまり思い出したくありません。

そのうち母が若い使用人と関係を持ったことが発覚すると、母は別宅の一室に幽閉され、私は20歳上の叔父に関係を迫られ、それを拒否すると家を追い出されました。




(これからどうすればいいのだろう)


名ばかりの貧乏貴族家に生まれ、されど貴族らしく育てられ、結局平民に堕ちてしまった私は、途方に暮れました。


(私の人生は何だったのだろう)


しばらく考えて、私はランプトン家の再興を目指すことにしました。

貴族として育てられた私には、貴族以外の人生など想像することもできなかったのです。


(平民から貴族に成り上がるにはどうすればいいのか?)


頭に浮かんだのは、1人の冒険者の話でした。

竜退治で大陸中に名を馳せたその冒険者は、竜退治の功績で男爵位を与えられて貴族になったそうです。


「ここは冒険者ギルドであっているか?」

「ワハハ!もしそれ以外に見えたんなら、目か頭の病気だぜ!」


近くの町の冒険者ギルドで冒険者登録を済ませると、私はすぐに依頼を受け始めました。

最初こそ躓きましたが、親切な冒険者の言う通りに討伐系の依頼を受けるようにしたら簡単に等級は上がっていきました。

戦闘経験など皆無でしたが、幸い魔法の心得があったので、魔物との戦いも苦になりませんでした。


(冒険者なんて思ったよりも簡単ね)


しかし、それは誤りでした。




初めての銀級依頼。

よく助言をくれる親切な冒険者はギルドにいなかったので、私は自分で依頼を選びました。


(討伐系で1番報酬の良い依頼は…)


依頼:銀狼の討伐

内容:西の森に出た金狼の群れの残党狩り

期限:至急

報酬:銀貨50枚


私は魔物の解体ができませんから、討伐のみで銀貨50枚というのは私にうってつけの依頼に思えました。

既に西部方面の依頼も解禁されていたので、私はこの依頼を受けました。




氷槍撃アイスランス!氷槍撃!何故、どうして当たらないの!?」


銀狼は強く、速く、私は手も足も出ませんでした。

身体中を噛みちぎられ、全身は血まみれ。

すぐに気力が尽き、動けなくなってしまいました。


(このままここで狼に食べられて死ぬのか…)


しかし、銀狼はすぐには私を食べず、どこかに連れて行きました。

着いた場所は更に大きな金色の狼の眼前。

どうやら私はこの金色狼の捧げ物になるようでした。


(これが金狼…)


金狼は深手を負っているようで、動きは緩慢でした。

しかし周囲には銀狼が何匹も控えていましたから、どのみち私に勝ち目はありません。

金狼が口を大きく開けました。

人1人くらい丸呑みにできそうな大きな口。

私は諦めて目を閉じました。


(せめて一思いに殺して…)




「待て!!」


食べられる寸前、誰かの叫ぶ声が聞こえました。

男性の声でした。

その瞬間、私は大蛇に食べられた父のことを思い出しました。

温厚で、物静かで、控えめで。

それなのに、領民を守るため魔物に立ち向かっていった父。

私は閉じた目を再び開きましたが、霞んでしまってよく見えませんでした。


「に、逃げて…」

「そうしたいのは山々なんですけどね…大丈夫だ、必ず助ける!…火球ファイヤーボール!」


助けに来てくれた誰かは魔法を撃ちました。

魔法を使うということは、きっと貴族なのでしょう。

しかし、初級の火魔法である火球ファイヤーボールでは銀狼を倒すことはできないでしょう。

私の中級魔法ですら倒せなかったのだから…。


「「「GURUAAAAAA!!!」」」


狼達の唸り声。

そして、走っていく音。


「食らえ、犬っころ!」


男性は気を吐いて、地面に何かを投げつけました。




ボフン!




霞む視界を、更に紫色の煙が埋めていきました。

そして、そして…。

…く、臭っ!?


「「「KYAINKYAIN…!」」」


甲高い悲鳴。

でも…これは狼の悲鳴?

それにしても、くっさ!

肥溜こえだめに腐った魚と小鬼の内臓を混ぜ込んだような悪臭がします!

とても臭い!

あまりの臭気に、薄れかけていた意識が無理矢理覚醒させられました。

一体何が起こったのでしょうか?


「うおおおおおおお!!!」


悪臭と混乱の中、男が煙から飛び出てきました。

金狼の前に転がる私を拾うと、金狼には目もくれず脱兎の如く逃げ出しました。

小脇に抱えられながら、私はそれがあの親切な冒険者だと気付きました。


「あなたは…」

「エドワード君!!」

「シェルティさん!向こうに金狼が!」

「分かった!」


逃げる途中で金級冒険者とすれ違いました。


「良かった!あとはシェルティさんが何とかしてくれるはずです!」


こうして私達は難を逃れたのでした。




「半年物の魔法薬ポーションです。飲んで下さい」

「半年物の…?」

「さっきの臭い球もそうなんですけど、半年前に竜退治に行った時の余り物でして」

「竜…?」


街道に出たところで、私は中級魔法薬を貰いました。

全身血まみれでしたが、幸運にも欠損などはありませんでした。

中級魔法薬を飲んだら大半の傷は塞がりました。


水球ウォーターボール!」


エドワードと呼ばれていた親切な冒険者は自身に水魔法を使いました。

何をしているのか聞いたところ、臭い消しとのことでした。


「これ、良かったら着てください」


彼は自身の外套を私に差し出しました。

まだ少し臭いが残っていましたが、自分の血みどろの格好の方が酷かったので、ありがたく受け取りました。


「少し向こうを向いていてください」

「あ、すみません」


私はボロボロになった服を脱ぎ捨てて、外套を身に纏いました。


「もう結構です」

「とりあえず急場は凌いだと思いますが、なるべく早く町に戻りましょう。血の匂いに釣られて他の魔物が寄ってくるかもしれないので」

「そうですね…っ!?」


私は彼に抱え上げられました。

先ほどは脇に抱えるような形でしたが、今度は両手で胸に抱くような格好です。

既に歩ける程度には回復していたのですが、彼は焦っていて気が付いていないようでした。


「あの」

「何でしょう」

「…いえ、何でもありません」

「もしかして傷に響きましたか?もっとゆっくり歩いても…」

「いえ、大丈夫です。このままで…」


きっと指摘すれば降ろしてくれただろうと思いますが、私は結局そのままにしました。

思えば、誰かと直に触れ合うのも久しぶりのこと。

見上げる彼の顔はそれなりに整ったものでした。


「あの…どうして助けに来てくれたのですか?」

「受付のバーナードさんから1人で銀狼討伐に行ったと聞いて、流石に魔法使い1人で銀狼討伐は無茶だなと思って」

「…そうですか」


それは期待していた回答ではありませんでした。

しかし、そもそも自分は何を期待していたのだろうと考えると、顔から火が出るような気持ちになりました。




「先ほど魔法を使っていましたが、あなたも貴族なのですか?」

「まさか!独学で簡単な魔法だけ覚えたんですよ」

「そう…」

「『あなたも』ということは、ライサ様はやはり貴族の方で?」

「はい。…いいえ。正確には、以前は貴族でした」


私は彼に自分の身の上話をしました。


「なるほど。それで冒険者に」

「しかし、私の考えは甘かったようです。金級どころか、銀級依頼すら達成出来ないなんて…」

「まあ、銀狼は魔法使いとは相性最悪なので…。他の依頼なら多分通用すると思いますけど」

「そうなのですか…?」

「おすすめは…いや、なんでもないです。そういえば、昇格試験中でした」


試験中に助言をもらうのは良くないことのようでした。

考えてみれば当然のことですが、では私は何の依頼を受ければ良いのでしょう?


「まあ、銀狼と魔法使いの相性が悪い理由を考えてみたら良いんじゃないでしょうか」

「…動きが速くて魔法が当たらないから?」


なるほど。

逆に言えば、動きの遅い魔物とは相性が良いということ。

…でも、どの魔物が「動きの遅い魔物」なのかが私には分かりません。


「…あの」

「何でしょう」

「良ければ、私とパーティーを組んでもらえませんか?」

「え、ああ…え?」


彼は走るのをやめて、驚いた様子で私のことを見つめました。


「…あまりまじまじと見ないでください」

「あ、すいません。ええっと、昇格試験中は簡単にパーティーを組むことはできないんですよ」

「そうなのですか…」

「試験の間だけ誰かの手を借りて昇格するのはずるいじゃないですか」

「そうですね…」

「もしパーティーを組むなら、少なくとも半年はパーティーを解散できなくなります」

「半年…」


長いような、短いような。

少なくとも、信用できない相手と一緒にいられる長さではないでしょう。

私は、再び走り始めた彼の顔を見つめました。

やや青みがかった黒髪に、そこそこ整った顔。

臭い玉の臭いが多少残っているものの、それ以外は身綺麗にしています。

魔法使いの割に筋肉質で、それなのに何となく覇気の無い印象の男。

…何だか大丈夫そうな気がしました。


「あの」

「はい」

「やっぱり、パーティーを組んでもらえませんか?」

「…マジで?」


こうして私は彼とパーティーを組むことになりました。

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