第19話 運が悪い。悪運は強い

翌日には狼狩りが始まった。

作戦は以下の通りだ。

昼のうちに森へ入り、絶壁に空いた狼の巣穴まで行き、寝ているところを一網打尽にする。

以上。

だが、実際に行ってみると狼達は既に起きていた。


「どうします?俺が最初の1発を担当するはずだったんですけど…」

「狼共も既に散開して臨戦態勢だ。こうなりゃもう流れでやるしかねえだろ」

「GURURUA!!」

「そらきた!」


狼の数は20匹弱。

銀狼16匹に、最奥で待つ金狼が1匹。

対してこちらの戦力は金級冒険者が1人、銀級が18人、町の兵士が10人だ。

合計29人。

数の上では勝っているが、銀狼1匹を2人以下で対処しなければならないので、実際にはかなり厳しい。

かつて3人がかりで返り討ちにあった苦い記憶が蘇る。

だが、今回こちらには金級冒険者がいる。


「はあっ!」


先陣切って突っ込んできた銀狼をシェルティさんが一振りで斬り殺す。

続けて、近くのもう1匹の銀狼の首も撥ね飛ばした。


「おお!」

「すげえ!」


わずか数秒のうちに銀狼が2匹減った。

残る銀狼は14匹。

こちらの士気は高まり、狼共は気圧けおされた。


「エドワード君!行くよ!」

「はい!」


シェルティさんの後に続いて俺も走り出す。

今日の俺はシェルティさんの補助役だ。

シェルティさんは金狼討伐がメインの仕事だが、剣士であるため遠距離攻撃の手段が無い。

しかし、金狼には火炎攻撃がある。

近付くには、この火炎攻撃をどうにかしなくてはならない。


「GURAAAAAAAAAAAAAA!!!」

「きた!」

水球ウォーターボール!」


金狼の火炎に俺が水魔法をぶつける。

俺の魔法は水の初級魔法。

対する金狼は上級の魔物である。

とてもじゃないが勝負にならない。

俺の水魔法は一瞬で蒸発し、金狼の炎に呑まれてしまった。

だが、一瞬でも時間を稼げれば、金級冒険者シェルティさんが火炎を突破できる。

水球を盾にして炎の脇に回り、一気に金狼に迫って行く。

ほぼ一直線に突っ込んできたシェルティさんに、金狼は反応が遅れた。

金狼の右肩から血飛沫が上がった。


「GURUUUUAAA!!!」

「待て!」


金狼は飛び退って距離を取ろうとした。

シェルティさんは追いかけて逃さない。

そのまま金狼を壁際まで追い詰める。

最初の攻撃で右肩を潰せたのはかなり大きかったかもしれない。

近距離戦闘ならシェルティさんに分がありそうだった。


「GURAAAAAA!!」

「熱っっ!」


金狼は無理矢理に火炎攻撃を差し込んできた。

ほとんど地面に向けて撃ったので、シェルティさんに直撃はしなかったが、その隙に金狼は壁際から脱出。

飛び跳ねながら3発目の火炎攻撃を吐いた。


「GURUAAAAAAAAAAAAAA!!!」

「水球!」


2発目の炎には反応できなかったが、3発目には間に合った。

火炎を一瞬、水の球が食い止める。

俺の作った一瞬の空白にシェルティさんが駆け込んで行く。


「はあっ!」


一太刀目の再現。

しかし、金狼は左の前足を振るってシェルティさんの剣を弾いた。


(このパターンは見切られたか…!)


上級の魔物相手に同じ技は通用しない。

なら、どうする?


「水球!」


やっぱ先手必勝だよなあ!

俺は金狼の火炎攻撃を待たずに水魔法を放った。

シェルティさんは一瞬俺を見て、すぐさま意図を理解した。

水球の後を追うようにして、金狼へ直進する。


「GURUAAAAAAAAAAAAAA!!!」


金狼は四度よたび火炎を吐いたが、先んじて撃っておいた水魔法が邪魔をした。

一瞬の間。

しかし、致命的な間だった。


「終わりよ!!!」


シェルティさんが火炎を突き抜ける。

金狼はジャンプして逃げようとしたが、間に合わなかった。

三度目の斬撃は金狼の土手っ腹を斬り裂いた。


「GYAOOOOOOOO…!」


深手を負った金狼は尻尾を巻いて逃げ出した。


「追いましょう!」

「ええ!」


しかし、走り出そうとしたタイミングで後方から悲鳴が聞こえてきた。

振り向けば、冒険者達が銀狼にやられていた。

銀狼は1匹も減っておらず、冒険者側は何人か血を流して倒れている。


「た、助けてくれぇ!」


金狼は腹から内臓が飛び出る重症だった。

恐らく致命傷だったはず。

シェルティさんは一瞬迷って、銀狼の討伐を優先した。

シェルティさんの参戦で戦況は一気に好転。

最終的には11匹の銀狼が討伐された。

負傷者達も用意してあった魔法薬ポーションのおかげで重症には至らず。

俺達は全員で町に帰ることができたのだった。




何やかんやでギルドに通い詰めだった俺は、しばらくの間休みを取った。

この1週間で金貨8枚以上稼いでいたので、金の方も余裕があった。

思う存分に寝て、ゴロゴロし、美味い飯を食い、食材を買って自分で料理などもした。

丸々1週間の休養の後、若干寝坊しながら冒険者ギルドへ行くと、入り口の前でシェルティさんと会った。


「おはようございます。まだいらしたんですね」

「おはよう、エドワード君。金狼が中々捕まらなくってね」


シェルティさんは金狼を完全に仕留めるまで町に残っていた。


「西の森を探してるんだけど、どうも避けられてるみたいね。痕跡も綺麗に消してあるし」

「もう既に人目のつかない所で死んでいるのでは?」

「そうだといいんだけどね…」


どうもシェルティさんは死亡説を信じてはいないようだ。

金級冒険者の勘か、もしくは経験則か。


「西の森へ行く場合は気をつけてね」

「分かりました」


金級冒険者からの忠告である。

俺はまだしばらくは西の方には行かないでおこうと思った。




「西の森に行ったぞ」


ギルドの中に入ると、バーナードさんに呼びつけられた。


「何が?」

「あの女だ。ライサとかいう」

「…マジ?」


ライサ嬢は既に銀級昇格試験を受けていた。

銅級に上がったのが2週間前くらいだから、とんでもない昇格スピードである。

1日1討伐くらいのペースじゃないか。

明らかに休みを取っていない。

そんな状態で、彼女は銀狼を狩りに行ったらしい。


「1人で?」

「ああ」

「何で止めなかったんですか!」

「試験中だぞ。止められんだろう」


達成可能な依頼を見極めるのも銀級冒険者には必要な能力だ。

しかし、今はタイミングが悪いし、受けた依頼も最悪だ。

猛烈に嫌な予感がした俺は、依頼も受けずにギルドを出た。

向かうは西の森。

道中シェルティさんに会えないかと思ったが、思い通りにはいかなかった。


(とりあえず、3年前に銀狼を見つけた場所まで行ってみよう)


あの時はダックスとテリーが一緒だった。

3人がかりでも倒せなかった銀狼。

今は1人だ。

戦闘は絶対に避けなくてはならない。


「キャアアアアアアアアア!!!!!」 

「…ああ、最悪だ!」


それは女の悲鳴だった。

急いで現場へ駆けつけると、血塗れのライサ嬢が銀狼に引きずられていくところだった。

銀狼の向かう先には金狼の姿。

腹の傷は焼け焦げて、塞がっているように見えた。


(敵は2匹…いや、向こうにも1…2匹いる!全部で4匹かよ…!くそっ!)


眺めている間に、ライサ嬢が金狼の前に転がされる。

ライサ嬢はぐったりとして動かない。

気絶しているのかもしれない。

金狼は大きな口を開けてライサ嬢を食おうとした。


「待て!!」


俺は飛び出して叫んだ。

とにかく注意を引かなければならなかった。


「GURURURURU…」


金狼は俺を見て、食事を止めた。

新たな餌の登場に、3匹の銀狼も集まってきた。


「に、逃げて…」


かろうじて意識が残っていたライサ嬢にそう言われた。


「そうしたいのは山々なんですけどね…」


今更逃げることはできない。

何故なら、俺より銀狼の方が足が速いからだ。

「女の子を置いて逃げられるか!」みたいな話ではない。


「大丈夫だ、必ず助ける!…火球ファイヤーボール!」


俺は空へ向けて火の球を打ち上げた。

それは、恐らく西の森にいるであろうシェルティさんへの救難信号であった。

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