第17話 毒消草ってこれ?それはタンポポですね

明けて翌日。

本来であれば休養日だったが、俺は今日も冒険者ギルドにやってきていた。

時刻は昼前。

半端な時間であり、ギルド内は閑散としていた。


(ククク、読み通りだぜ…)


昨日の貴族風女性…確かライサと名乗っていたが、彼女に100%会わない時間を考えたところ、今日の今しかないという結論になった。

昨日の様子からして、ライサ嬢は今日の早めに依頼を受けに来たはずだ。

新人なら小鬼ゴブリン退治とかに行ったんじゃないかと思うが、小鬼退治でも何だかんだ時間はかかる。

昼前に戻ってくる可能性は低い。

あとは俺が今日のうちに遠方の依頼を受けてしまえば、しばらく貴族様と遭遇する危険は無くなるってわけ。

我ながら完璧な作戦だ。

どこにも穴は無いぜ。


「…遠方の依頼、無いなあ」


俺の完璧な作戦は、わずか2秒で破綻した。

敗因は昼に来たこと。

こんな時間に来たところで、良い依頼が残っているはずもなかった。


(でも、遠方依頼って不人気な部類だから、何かしら残ってても良かったのになあ…)


できれば北の港町での海上護衛とかが受けたかった。

お土産に魚を分けてもらえたりするからな…。


「どうしようかな。せっかく来たし、普通に近場の依頼を受けてもいいけど…」


昨日まで受けていた依頼は大牛蛙の駆除。

もうすっかり慣れ親しんだ作業であり、怪我も無ければ疲れもそれほど溜まっていない。

連続して依頼を受けて、その代わりに長めの休暇を取るというのも悪くない考えだ。


「よし。あとはライサ嬢に遭わないように気をつけて…」


俺はちょっと考える。

まず、ライサ嬢の受ける依頼を小鬼退治と仮定する。

小鬼なんてどこにでもいるが、新人の狩場なら東か南になる。

西には北西山脈があり、強い魔物が出てきやすいので、新人には向いてない。

つまり、俺が受けるなら西か北の依頼だ。


「その辺だと…銀狼退治か。ちょっと…パスかな…」


銀狼はちょっとキツいっす…。

素早さ特化の銀狼には俺の魔法が当たらない。

近付いて剣で攻撃するしかないが、俺の剣術で銀狼を捉えられるかと言ったら答えはNOだ。


「…やっぱり今日は帰るか」


丸っきり無駄足踏んだ形になるが、まあ、元々休養日だったわけだし?

散歩に来たと思えば、まあ…まあ…。




「おい、エドワード」


帰ろうとしたまさにその時、俺は受付のバーナードさんに呼びつけられてしまった。


「…何ですか、俺今忙しいんですけど」

「掲示板だけ見て帰ろうとする奴が忙しいわけねえだろ」


ぐ…。

良い推理だ。

まるで名探偵みたいだぜ…。


「お前に受けてほしい依頼がある」

「依頼?遠方依頼なら大歓迎ですけど」

「遠方じゃないが、西の森の調査依頼だ。狼を見たって報告が上がってる」

「狼?そりゃあ森なんだから、狼くらいいるでしょう」

「問題は数だ。それと、群れの中に金色の狼を見たって言ってる奴がいる」

「…金狼?」

「かもしれん」


金狼は銀狼の上位個体である。

上級の魔物だ。

銀狼の能力を全て1段階上昇させ、ついでに口から火炎を吐くようにすると金狼が完成する。

俺では逆立ちしても勝てない。


「当然、調査だから倒さなくていい」

「そりゃ良かった」

「もし本当に金狼が西の森をうろついているなら、金級冒険者を呼ぶか、デカい討伐隊を組まねばならん」

「キッドは?」

「今は依頼で『魔の国』だそうだ。バーニー宛てに連絡があった。いつ戻れるか分からん」


『魔の国』か…。

確か東の果ての人跡未踏の地だ。

あいつも大変だなあ。


「なるべく早く正確な情報が欲しい。報酬にも色を付けるぞ。金貨5枚でどうだ」

「うーん、どうしようかな…」


調査のみ戦闘無しで、金貨5枚は確かに美味い。

ただし、危険な依頼だ。

金狼はもちろん、銀狼の群れにも遭遇したら死ねる。

前述の通り、俺は銀狼とは相性が悪いのだ。


(しかし、狼…狼か…)


しばらく悩んだ末、俺はこの依頼を受けることにした。

緊急性の高い案件なのは間違いなかった。

そして何より、今の俺は暇だった。

断ろうにも断る理由を用意できなかったのである。

くそお…。




西の森に入ってすぐ、狼の足跡を見つけた。

痕跡を辿りつつ、獣道に分け入って、南西方向へと進んで行く。

しばらく行くと、切り立った崖にぶち当たった。

断崖絶壁ってやつだ。

壁沿いを歩いて周囲を探ってみると、小さめの洞穴がいくつも見つかった。


「狼共の巣穴にぴったりだな…」


狼は夜行性だ。

日の高い今は多分この中で寝ているだろう。

しかし、起こしておびき出すのは自殺行為。

1匹でも手こずる銀狼が大挙して押し寄せたら、俺に勝ち目なんか無い。

どうしたものかと迷った俺は、ふと崖を見上げた。

悩んだ時に右上に視線をやるのが俺の癖なのだが、その時、視界の隅に金色の何かが映った。


「うお…」


断崖絶壁の上部の出っ張った箇所。

そこに、堂々と身を晒して昼寝をする巨大な狼がいた。

毛足は長く、その色は金貨よりも美しい。

間違いない。

金狼だ。


「でっけえ…」


金狼の体長は2m近い。

化け物狼だ。

陽光が金色の体毛に反射して輝き、一種の神々しささえ感じる。

俺は生唾を飲み込み、音を立てないようにジリジリと後退した。

とりあえず、調査は完了だ。

金狼は、いた。


(頼むから、もうしばらく眠っててくれよ…)


そう願いつつ、俺は狼の巣を離れた。

急いで森を抜けた俺は、街道に飛び出して、そこでようやく息を吐いた。


「ぶはー。あ、危なかった…」


地上の巣穴に意識が集中していて、危うく金狼に気付かないまま最接近してしまうところだった。

もしも金狼に先に気付かれていたら、俺は今頃死んでいただろう。

深呼吸して息を整える。

俺は町までの帰り道を急いで戻った。

もうじき夕方。

夜になれば狼達の時間がやってくる。

ほとんど走って帰った結果、何とか夜の早いうちに町の姿が見えてきた。




「…」


しかし、そこで問題が起こった。


(馬鹿な…何故こんなところに…)


あと数十メートルで町というところで、俺は謎の貴族風女・ライサ嬢に遭遇してしまった。

どうも「東か南に小鬼狩りに行っただろう」という俺の読みは外れたらしい。

というか、こんな遅くに彼女は1人で一体何をしているんだ?

色々と気になることはあったが、俺はそれら全てを心の中に押し込んで蓋をした。


(とにかく、関わらないようにそそくさと通り過ぎよう…)


触らぬ神に祟りなし、だ。

俺は視線を合わせないように気をつけて、彼女の横を通り過ぎた。


「…ねえ」


しかし、逃げられなかった!

オーマイガー!

あれだけ念入りに回避の策を講じたのに!

今日は厄日か!?


「…何でしょうか」


俺は極力フレンドリーな笑顔を心がけて返事をした。

本当は無視して帰りたかった。

だが、相手が貴族関係者ではそういうわけにもいかなかった。


「少し…聞きたいことがあるのだけど…」

「はあ、何でしょう」


彼女は一瞬躊躇した後、右手の握り拳を開いて言った。


「毒消草ってこれ?」

「それはタンポポですね」

「…」

「…」

「…」

「…」

「…」

「…」


それから、2000年の月日が流れた…(誇張)。


「…え、もしかして、朝からずっと毒消草を探していたんですか?ずっと1人で?」


俺の問いに、彼女の顔は彼女の髪の毛と同じくらい赤くなった。

そしてうずくまってしまい…。


「…う…うう…」


ワァ、泣いちゃった!

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