第13話 オークキングの豚バラ肉は甘い

『エンドラ山脈』は北西山脈の正式名称だ。

脳筋冒険者には大体方角で指示が出るのだが(名前が覚えられないため)、金級となるとこの辺もちゃんと正式名称で指示が来るらしい。

さて、今回の旅ではいくつかの町村を経由して目的地へ向かう。

なるべく馬車で移動するために、山脈をやや迂回して進み土竜の巣に1番近い山中の村まで行って、そこに馬車を置いていく。

馬車移動が3〜4日、徒歩移動が1日の予定だ。




1日目。

初めての二頭立て馬車だったが、馬が素直だったおかげで特に問題なく進んだ。

よく訓練されていて、足も速い。

道中魔物と遭遇することも無かったので、昼には西の村に着いた。

いつかの大鬼オーガ退治の村だ。

もっと進んでもよかったが初日から無理をしても仕方ないので、予定通り西の村に一泊した。

2日目。

西の村から森に入った。

整備されていない地面をガタガタと進む。

馬車の音がかなりうるさくて、これは魔物を集めてしまうだろうな、と思った。

そして、予想通り魔物の襲撃を受けた。

ただし、予想外だったことに、現れたのは王豚魔人オークキングだった。


「マジかよ!?何でこんな森の浅いところに!?」


王豚魔人は豚魔人オーク系魔物の最強種。

金級の魔物で、全長3m近い怪物だ。

これも土竜の影響か?

既に魔物の分布に変化が生じているのかもしれない。


(くそっ!木の影に隠れていて発見が遅れた!)


向こうも俺達に気付いている。

完全にロックオンされた。

とにかく馬を反転させて、何とか距離を取らなくては…!


「よっ」


気付いた時には、俺の隣に座っていたはずのキッドが、ジャンプして王豚魔人の顔面に肉迫していた。

なめらかな動作で腰の剣を引き抜くと、王豚魔人の頭は真っ二つになった。


「え…?」

「B…BUMO…?」


斬られた王豚魔人も何が起こったのか理解できないと言う顔だった。

そしてそのまま倒れ、動かなくなった。


「終わったよー」

「いや、一撃かよ…」

「ふっふーん!当然にゃ!キッドが豚魔人なんかに負けるわけないにゃ!」


馬車から顔を出したリオンにそう言われた。


「いやでも、豚魔人オーク豚魔人オークでも王豚魔人オークキングだぜ?」

キングでも所詮は豚魔人オーク。これから土竜を倒しに行く私達が、豚魔人如きに手こずると本気でお思い?」


いやまあ、そう言われればそうかもしれんけど…。


「てか、キッド。お前、座ったままの姿勢から膝だけであんな跳躍を?」

「何言ってんだ兄貴?」


普通に魔法を使っただけだった。


「風魔法で空中に足場作って登っただけだよ」

「いや、それ『空中散歩エアウォーク』じゃねーか!?」


確か伝説上の魔法のはずだろ。

御伽話にしか出てこないやつだ。

実在したのか…。


「それより、こいつから何か剥いでく?」

「それよりって…」

「豚魔人の肉は美味いにゃ!」

「豚魔人の肉は汚いですわ」

「にゃにゃ!?ニャンてことを言うにゃ!」

「どうする、兄貴?」

「何で俺に振るんだよ…って、俺料理番だわ。じゃあ、晩飯分だけ切り出していこうか」

「豚魔人は背中の肉が美味いにゃ!」

「ロースかあ…いや、腹の肉にしよう」

「何でにゃ!?」


豚ロースだとどうしても「ガッツリ肉!」って感じの料理になるからな。

獣人は良くても長耳族エルフは嬉しくないかもしれない。

バラ肉を薄切りにして野菜マシマシにした方が、皆んなで美味しく食べられるんじゃないかな?


「魔石は回収するよな?」

「豚魔人系の魔石は大きい割に魔力が少ないからいりません。そんなことも知らないんですか?」

「いやでも、王級なら金貨数枚にはなるだろ?」

「それが?」


銀級の俺からしたら良い収入だと思うんだが、金級冒険者的にはそうでもないらしい。

まあ、今やってる仕事の報酬の千分の一くらいにしかならんか…。

俺個人で回収して俺個人の収得物にすることも考えたが、キッドの獲物を横取りする感じになるのでやめておいた。

それに今回の俺は荷運人ポーター

荷運人が自分のために荷物を増やしては本末転倒である。


「魔石は食えんからいらんにゃ!」

「リオン…魔石には様々な用途があるのですよ。例えば、魔法の補助に使うとか」

「あたし魔法使えないからいらんにゃ!」

「…今度教えますから覚えましょうね…」




旅を再開してからも、ちょくちょく魔物の襲撃があった。


「うわあ!亜竜ワイバーンの群れだ!?」

嵐槍撃ストームランス!」

炎槍撃ファイヤーランス!」


エルの風魔法とキッドの火魔法が空中で混ざり合って大炎上を起こし、亜竜の群れはまとめて焼き鳥になった。


「亜竜の肉は筋張ってて不味いからいらんにゃ」

「リオンにとっては肉の美味さが全てなんだなあ」

「あ、今あたしのこと馬鹿にしたにゃ!?ぶっ飛ばすにゃ!」




「うわあ!今度は銀狼の群れだ!?速すぎて馬車じゃ逃げられないぞ!」

「遅いにゃ!」

「遅いぜ!」


馬車から飛び出したリオンとキッドが銀狼20体を殴り倒すまでに5分もかからなかった。

銀狼って遅いんだ…。

そっか…。




「うわあ!親方!空から巨大岩石魔人ジャイアントゴーレムが!」

「燃えろ、炎魔!!!」


山から降ってきた巨大岩石魔人は、『灼剣』の由来にもなったキッドの炎剣『炎魔』にて両断された。

この辺までくると馬も「あ、こいつらがいれば何の問題もねえや」みたいな感じになって、全然魔物に怯えなくなった。




度重なる襲撃のために旅程は遅れ、2日目の晩は野宿をすることになった。

森の中の開けた場所で野営をする。


「今日は酷い目にあったぜ…」

「確かに、今日の襲撃はちょっと多かったね」

「ちょっとじゃないって…俺なんか御者台で座ってただけなのにクタクタだぞ」


出てくるのも強い魔物ばっかりだし。

もしも俺1人だったら最初の王豚魔人で死んでいたところだ。


「エドは貧弱過ぎにゃ!何でキッドはこんな奴を兄貴って呼んでるにゃ?」

「何でって、前にも言っただろ。剣も魔法も読み書き計算も、全部兄貴から教わったんだ。それに、捨て子で身寄りもなかった俺に1番優しくしてくれたのが兄貴だったんだよ」

「読み書き計算はともかく、剣と魔法は教えなくても勝手に覚えてたかもしれんけどな」


多分『剣術SSS』とか『魔術SSS』みたいな能力を持っているだろうからなあ。


「そんなことないって!」

「あるって」

「ない!」

「よし、スープできたから飯にするぞ」

「やったにゃ!」


今日の晩飯はキノコ風味の豚バラ野菜スープだ。


「げー!野菜が多いにゃ!」

「…ふうん、香りは悪くないわね」

「リオン、野菜を食わないと大きくなれないんだぞ」

「えー、でも、あたしの方がエルよりおっぱい大きいにゃ?」

「な、何ですって!?」

「キッド、馬車から食器持ってきてくれ。あとパンも」

「分かったー」


一応フォローしておくと、獣人族は成長が早くて、長耳族は種族的にスレンダーな人が多いらしいよ?


「胸なんて…戦う時に邪魔なだけじゃない…!」

「うーん、それはそうにゃ。あたしもサラシで固めておかないと暴れて痛いにゃ」

「そうなんだ…」

「そうなの…?」

「大変なんだなー」

「毎朝サラシを巻くのが面倒臭いにゃ」


巨乳も結構大変らしい。

ねぎらいの意味を込めて野菜多めにしとくね?




「う〜ん、良い香り!やっぱ秋はキノコだよな!」

「美味い!おかわり!」

「本当に美味いにゃ…野菜ばっかりなのに何でにゃ?」

「…まあまあね」


この世界の味付けは塩が基本だが、このスープには北の港町から仕入れた魚醤を使っている。

元から臭気の弱い魚醤を仕入れて、加熱して臭みを飛ばし、キノコ、酒、野菜で更に香りの上書きをしたから、臭み対策は万全だ。

野菜の甘みが塩気を抑えて、旨味も十分。

王豚魔人の肉もめちゃくちゃ美味かった。

肉の味がしっかりあって、甘みも感じられる。

普通の豚魔人の肉は固かったり臭かったりするのだが、念入りに下処理をしたのもあって、その辺も問題なかった。

固いパンも濃い味のスープに浸ければ丁度いい柔らかさになる。


(ああ…うどん入れてえ…)


多めに作ったスープは夜のうちに全部無くなってしまった。

明日の朝はパンと干し肉だけになりそうだが、まあ皆んな美味そうに食ってくれたので良しとしよう。




「食べた〜」

「片付けは俺がやっとくから皆んなは寝ていいぞ。そのまま不寝番もするからよ」

「4人いるし、不寝番は1日2人交代でいいよな。兄貴の次は俺がやるよ」

「いや、御者やれるのが俺とお前だけだから、何かあった時に備えて分けた方がいいんじゃないか」

「なるほど…流石兄貴!」


最早条件反射で言ってるだけだろそれ。


「あ、ついでに聞きたいことがあるんだけど」

「おう、何でも聞いてくれよ!」

「このパーティーって何でキッドが前衛やってんだ?」

「え」


昼間の戦闘を見ていて思ったのだ。

魔法使いのエルが後衛なのは良いとして、キッドとリオンが2人とも前衛なのはどうなんだ?


「ダメかな…?」

「リオンが打撃系の完全な前衛職なんだから、お前は中衛に回ってバランス見た方がいいんじゃね?」

「ちょっと!銀級のくせに私達の戦い方に口を出さないで!」

「うお、すまん」

「エル!」

「だって…!」

「いやまあ、上手く回ってるなら別に変えなくて良いと思うけどな?俺が言ったことはあくまで一般論だし…」


ただ、若干リオンが浮き気味な気がしたんだよな。

銀狼を完封できるリオンを持て余すのは、見ていてもったいないと思ったんだ。


「俺…元々1人でやってたし、剣の方が得意だから、つい前に出ちゃってたんだけど…リオンはどう思う?」

「え!ええっと…」

「私は今まで通りで良いと思います。それで何も問題は無かったのだから」

「ええっと…」


リオンは黙ってしまった。

普段アホみたいにうるさいリオンが黙るのは珍しい。

もしかすると、前々から言おうとしていたが言い出せなかった話なのかもしれない。

リオンとキッド。

どちらがより強い前衛かと言ったら、多分キッドの方だからなあ…。


「まあ、明日も魔物は出るだろうし、1回試しにやってみたらいいんじゃないか?」

「そうだな。じゃあ明日はエルが後衛、俺が中衛をやって、前衛はリオンに任せた!」

「わ、分かったにゃ!あたし頑張るにゃ!」


パーティーにおいて自分の役割が無いというのは結構辛いことなのかもしれない。

キッドから前衛を任されたリオンは喜んでいるように見えた。




その晩のこと。


「おい、交代にゃ」


御者台に腰掛けて不寝番をしていると、馬車からリオンが起きて来た。


「おお、助かるぜ。もう今にも寝そうだったからさ。危ないところだったぜ」

「まったく、不寝番くらいちゃんとやれにゃ」

「すまんすまん。じゃあ、後はよろしく…」

「待つにゃ!」

「ええ、まだ何か用?」


俺はもう眠いんだが?

早く馬車に戻って毛布にくるまって寝たいんだが?


「その…さっきはありがとうにゃ」

「え?ああ、どういたしまして…」

「そんだけにゃ!さっさと寝ろにゃ!」

「お、おう」


…あれ?

俺、こいつに感謝されるの初じゃね?


「じゃあ、おやすみ」

「…おやすみにゃ」


普通に返事が返ってきた…だと…!?

いつもは憎まれ口とセットなのに…!

これは…明日は巨大岩石魔人が降るかもしれんな…。

いや、よく考えたら今日も降ってたわ…。

つまり、異変は既に始まっていた…ってこと!?

何言ってんだろ、俺。

寝よ。

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