第7話 美味しい依頼

依頼:大鬼オーガの討伐

内容:西の村付近に出没した大鬼1体の討伐

期限:至急

報酬:銀貨30枚


今回の依頼をまとめるとこんな感じだ。

まあ、ありふれた依頼だな。

西の村までは徒歩1日程度の距離。

行って、大鬼を倒して、帰る。

往復込みで2、3日。

大鬼を探したり倒したりに手間取れば長引くかもしれない。


(昇格試験期間は1ヶ月。余裕はあるけど、早めに片付けたいな)


冒険者は生傷の絶えない職業であり、怪我した状態で依頼を受けるのは危険だ。

よって、依頼を終えたら数日間は休むのが鉄則。


(依頼3つをストレートにクリアしたとして、休みは2回。最短10日〜15日で昇格だが…)


しかし、負傷すれば予定はどんどん遅れていくだろう。

この世界には魔法薬ポーションが存在し、飲むだけで傷を治したりも出来るが、如何せん高い。

下級魔法薬でも銀貨10枚からが相場だ。

銅級の稼ぎではそう何本も買えない。

一応の備えとして下級魔法薬を1本だけ持っているが、虎の子なので出来れば使わずにおきたい。

依頼は手早く、かつ安全にクリアして、休み中に自然治癒で回復。

これがベストだ。




「せっかくだから馬車で行こうぜ」

「え、でも歩きで行ける距離ですよ」

「馬鹿、俺らはこれから大鬼と戦いに行くんだぞ。体力はなるべく残した方が良いだろ」

「なるほど、流石先輩っす!」

「いや、普通は歩きで行くけどな。毎回馬車呼んでたら金がいくらあっても足らねえよ」


…まあ、やっぱそうだよな。

馬車代も町の外へ出るとなると危険手当付いて高くなるからな。

片道30km程で銀貨5枚は下らない。

よほど稼いでないと普段使いは厳しい。

長距離移動前提の依頼であれば報酬に馬車代分も乗っかってたりするが、今回は別にそういうわけでもない。


「何だ何だケチくせえなあ。今日は俺らの新たな門出の日ってやつだろ?ここはパーッ!とさあ」

「じゃあ全額お前が出せよ、ダックス」

「え!?」

「流石先輩っす!あざっす!」

「…や、やってやんよ!冒険者は見栄張ってなんぼだ!」


かくして俺達は馬車で出発した。

ただ、見栄張った割りに手配されてきたのは一頭立て屋根無しの1番安い馬車で、ほとんどリアカーみたいなやつだった。

3人乗ると狭いし、遅いし、乗り心地も悪い。

それでも徒歩より楽なのは間違いないので、文句は心の中にしまっておいた。




「ようこそおいでくだすった」


昼過ぎに西の村へ着くと村長に出迎えられた。


「大鬼は村のすぐ外の森を徘徊しておっての。危なくて森へ近寄れん。早く何とかしてくだされ」


森へ入れないと薪も切り出せないし、薪がなくてはパンも焼けない。

小鬼ゴブリン程度なら素人でも駆除出来るかもしれないが、大鬼オーガ相手となると専門家が必要だ。

俺達冒険者の出番である。


「なあに、俺達『黄金の剣』に任せておけよ!」

「大鬼なんか何十回も倒してきたぜ!」


先輩達が自信満々に言う。

本当かよと思わなくもないが、ここは突っ込まない。

依頼主を安心させるためなら多少の誇張くらい許されると思う。


「それは頼もしい。では、すぐにでも討伐に向かわれるので?」

「いや、今日はもう時間が微妙だ。明日の朝にしよう」

「探すのに手間取って夜になると危険だからな」


結局その日は村で泊めてもらうことになった。

歓待というには貧相な食事が供されたが、村の女性達が酌をしてくれたので悪い気分ではなかった。




翌日の朝は小雨が降った。

俺達は雨が止むのを待ってから森へ入った。

雨で大鬼の痕跡が消えていないか心配になったが、これは杞憂だった。


「そこら中の木に引っ掻いた跡がある。高さからして大鬼のもので間違いないな」

「何でこんなことするんですかね?」

「ここは自分の縄張りだ、って言いたいんじゃねえの」


素行不良の先輩達だが、仕事中はまともだった。


「さっきから木の枝捨てて何してるんですか?」

「この辺の土地勘ねえからな、迷わないように目印だ」

「おお。いつも近場で活動してたんで、気付かなかったです」

「ま、銅級なんてそんなもんよ」

「年季が違うんだ、年季が」

「流石っす!」

「分からんことは何でも聞けよ、新入り」

「あざーす!」


そうして捜索開始から1時間ほど経った頃。

山の方へ向かう道の途中で、岩盤の上に胡座あぐらをかいて飯を食っている大鬼を見つけた。

しかし、ここで問題が発生した。


「大鬼、2体いますよ」


依頼は確かに『大鬼1体の討伐』だったはずだ。

しかし、岩盤の上には確かに2体の大鬼がいて、鹿か何かの脚を生でボリボリ食っていた。


「後から増えたんですかね?もしくは見落とし?」

「いや、よく見ろ。奥の方の大鬼は胸がある」

「オスとメスで、ありゃあつがいだろう」

「あの2体が番いなら、最初から一緒に行動していた可能性が高い、ってこと?」


夫婦でも別々に行動することはあるだろう。

村の人が目撃した時はたまたま1体しかいなかったのかもしれない。

しかし、そうでなかった場合は…。


「これは村の連中


討伐対象が増えれば当然、依頼料金も増やさなくてはならない。

今回の依頼料を単純に2倍にすれば、銀貨60枚。

いや、ギルドの仲介手数料もあるだろうから銀貨70枚は下らないだろうか。

法外な値段ではないが、安くもない。


「1体見なかったことにして、依頼料ちょろまかそうとした、ってこと?」

「俺はそう思うね」

「俺も」

「何でそう思うんですか?」

「「勘」」


勘かあ。

でも、冒険者の勘って馬鹿にできないんだよなあ。

脳筋だらけのこの業界。

長く続けられる奴にはそれなりの理由がある。

勘が鋭いとか、運が良いとか。


「どうします?とりあえず、一旦村へ引き返しますか?」

「馬鹿言え。こいつはだぜ」

「美味しい?」

「2体とも狩るぞ。お前は向こうへ回って魔法で攻撃しろ。大鬼共の注意が逸れたら俺達で不意打ちをかます」

「俺がオスをやる。テリーはメスだ」


「美味しい依頼」の意味は分からなかったが、俺は先輩達の言う通りにした。

2人の実力を見る良い機会だと思ったからだ。

一応風向きに注意しながら、低木の影を移動して、先輩達の潜んでいる茂みから10mほど離れた木の裏に移動した。

手を振って先輩達へ合図をする。

準備完了だ。

やるぞ!

俺はすぐさま大鬼へと火球を放った。


「GUOOOOO!?」

「お、当たった」


距離はあったが、今回は的が動かなかったので1発で命中した。

着弾箇所は背中だったので、ダメージはほとんどなさそうだが、食事を邪魔された大鬼達は怒った様子でこっちを見た。


「今だ!!」

「うおおおお!!」


打ち合わせ通りに先輩達が茂みから飛び出す。

大鬼達は突然の事態についてこれていない。

判断が遅い!


「くたばりやがれ!!」


ダックスはオスの背中を斜めに斬りつけた。

長身のテリーはメスの後頭部へ直接剣を振り下ろした。

鮮血が舞い、大鬼達が悲鳴を上げる。


「やったか!?」

「「GURUAAAAAAAAA!!」」


しかし、大鬼はしぶとかった。

テリーに頭を割られた大鬼でさえ、即座に腕を振り回して反撃してきた。

武器は先程まで齧っていた何かの動物の脚の骨だ。


「うおっと!当たんねえよそんなもん!」


大鬼の耐久力は凄かったが、それでもダメージは確実に見て取れた。

立ち上がった拍子に頭から血が噴き出て、見るからにフラフラしている。


(テリーの方はもう一押しで倒せそう。ダックスの方は…)


ダックスと大鬼は激しく打ち合っていた。

こっちは背中を斬りつけただけなので、致命傷という感じではないが、それでもダックスの方が優勢だった。

素のパワーなら大鬼の方が強いだろうが、背中を裂かれて大振りが出来なくなっている。

武器の差もある。

方や剣で、方や何かの動物の脚の骨だ。

打ち合う度に大鬼の方が後退していった。


(先に加勢するならこっちだな)


魔法では効果が薄いので、剣を抜き、俺はダックスの方へと走った。


「うおおああ!!」


ダックスが大鬼を抑えている隙に、俺が背後から斬りつける。

背中に2本目の切り傷ができた。

×印のイカしたタトゥーだ。

これでも大鬼は倒れなかったが、出血量はだいぶ増えてきた。

長期戦に持ち込めば勝てる、そう思った。


「死ねオラァ!」


しかし、ダックスには長期戦をする気など全く無かった。

大鬼の胸を目掛けて剣を突き入れる。


「GUOOOOOOOO……!」


大きい魔物に突き技は危険だ。

分厚い脂肪を貫く前に、反撃されたり、武器を持っていかれたりするからだ。

しかし、今回は相手が弱っていたので、そんな事態にはならなかった。

大鬼の手はくうに伸び、そのままダックスにもたれるようにして絶命した。


「こっちは片付いたぞぉ!」

「うおおおおおおお!!」


テリーの方を見れば、あちらも大詰めだった。

出血多量で膝を折った大鬼に、テリーが最後の一撃を振りかぶった。

割れた脳天への追撃。

鈍い、頭蓋の砕けるような音が森の中に響き渡った。




「こいつは一体どういうことだ?」


村へ帰った俺達は、村長の前に大鬼の首を2つ並べた。

ちなみに持ち帰ったのは首だけだ。

首から下は俺の火魔法で燃やしておいた。


「いや、わしらも知りませんでな。まさか大鬼が2体もおったとは…」

「知らばっくれんじゃねえ!」


テリーが大鬼の頭を蹴り飛ばして叫んだ。


「こいつらは番いだった。1匹だけ見逃すなんてありえないんだよ!」

「まあ落ち着けや。村長さん、こっちとしては大鬼2体分の討伐料をキッチリ貰えれば文句はないんだ」

「そう言われてものお。本当に知らなかったんじゃ。知らなかったものに金を払えと言われてものお…」


この辺で俺も「あ、この村長胡散臭えわ」と思い始めた。


「村長さん、大鬼みたいな中級の魔物ともなると、1体か2体かで依頼の難易度は大きく変わるんだ。今回は俺達が凄腕の冒険者だったから問題無かったが、悪くすりゃ死人が出てたぜ」

「そうだな、騙そうとした分も含めて銀貨100枚で許してやる」

「そ、そんな無茶な」


俺も随分ふっかけるなと思ったが、最初に無茶な額を提示するのは交渉ではよくあることか。

ここから徐々に値段を調整していくのだろう。


「大鬼を退治してくだすったことには感謝しております。しかし今年は冬が長く、やっと春になったと思ったら大鬼が出て、村の蓄えはほとんど残っておらんのです」

「そんなことはそっちの都合だ。俺達には関係ないね」

「どうしても払わないってんなら俺達にも考えがある。この話をギルドへ持ち帰って、二度とこの村へ冒険者が派遣されないようにしてやるぞ」

「だとしても100は無理じゃ。ここは大鬼2体分として、銀貨60枚で手を打ってもらえんか」


おお!

この展開を待っていたんだ。

後はなるべく高い額を引き出せば依頼完了だ。


「いいや、ダメだね。銀貨は100枚だ。1枚もまけるつもりはない」


あれ…?


「まあ、ゆっくり考えるといい。俺達も今日は疲れてるからな。もう1日泊まって、明日の朝に帰る。それまでに答えを出しな」




そんな感じでこの日の交渉は終了してしまった。

間借りしている部屋へ戻る途中、俺は2人に聞いてみた。


「流石に銀貨100枚はやり過ぎじゃないですか?」

「何言ってんだ。完璧な交渉だっただろうが」

「どこが?」

「まあ、黙って待ってな。きっと楽しいことになるからよ」

「楽しいこと?」


2人は悪い顔でニヤニヤと笑っていた。

これは俺の名誉のために言っておくのだが、この時の俺は本当に2人が何を企んでいるのか分かっていなかった。

それが判明したのはその日の晩のこと。

俺の休んでいる部屋に1人の訪問者があった。


「よ、夜伽に来ました。エルメスです。と、歳は14で、しょ、処女で……」


楽しいことってこういうことかよ!

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