第4話 銀級冒険者になろう!

春。

それは出会いの季節。

なのに、俺には出会いが無え…。




休日のある日、道を歩いていると前方から見知った男がやって来た。


「お、エドワードじゃねーか」

「どうも」


男の名はダックス。

スキンヘッドに豊かな顎髭、目元に残った一本線の傷跡がワイルドな冒険者の先輩だ。

隣には見知らぬ女性を連れている。

薄着で露出が激しい格好から、多分娼婦の人だろうと思った。


「え〜、誰この子〜?」

「俺の後輩の冒険者だ。まだ銅級だからよぉ、色々教えてやってんだ。な!」

「あ、はい」


実際にはろくに喋ったこともないが、まあ女性の前で口裏を合わせるくらいはしてやろう。


「先輩にはいつもお世話になってます」

「ほらな〜!」

「え〜本当ぉ〜?全然そんな風に見えな〜い!」


2人はギャハギャハ笑いながら色街の方へ歩いて行った。


「すげー。まだ日も高いのに…」


俺は燦々と輝く太陽を見上げて目を細めた。


「羨ましい…」




俺ももう14歳。

この世界は15で成人だから、そろそろ彼女くらい作らないとやばい年齢になってきた。

中世くらいの文明世界において、結婚しないという選択肢は無いに等しい。

娯楽も少ないので、異性とイチャイチャする時間は重要。

というか1人だと時間を持て余すのだ。

世間一般の例に漏れず、俺も彼女が欲しかった。

が、ダメ…!

恥を忍んで白状するが、俺はモテないのだ。


「何か女々しくて嫌」


俺が飯屋のお姉さんに振られた時に言われたセリフがこれだ。

最初は意味が分からなかった。

一体何がいけなかったのか?

顔か?

でもそんな悪い方じゃ無いと思うんだよなあ?

やはり、銅級冒険者なのがダメなのか?

銀級に上がった後にもう一度告白すればワンチャン?

そもそも年上を狙ったのがまずかったのではないか?

でも転生者的に年下はなあ…などなど。

だが、しばらく考えて分かった。

全ては飯屋のお姉さんの言葉に詰まっていた。


「何か女々しくて嫌」


そう、俺はこの世界において男らしさに欠けるのだ。

というか、この世界では「雄々しさ」のハードルがくっそ高い。

色恋に対してみんなガチだから、がっつかない奴はその時点で敗北者なのだ。

男は野蛮なくらいが丁度良い、みたいな感覚だ。

そんな肉食系が跋扈する社会において、転生者の俺はどうしても草食系に見えてしまう。

誰が草食くさばみだバカヤロー。

もちろん世の中には色々な人がいるから、草食系男子が好みの女性もいるだろう。

例えば貴族とか上流階級には結構いるのかもしれない。

でも俺は一般平民の銅級冒険者だから、貴族の御令嬢との出会いなんか無えんだわ。


(あーあ、何故か貴族令嬢だけを乗せた馬車が、丁度魔物に襲われかけている場面に遭遇して、命の恩人になってめちゃめちゃ好意を持たれたりしないかなー)


当然そんな奇特な場面などそうそう訪れるはずもなく。

俺は今日も1人寂しく休日を過ごすのだった。




オフで特に予定も無かった俺は飯屋に向かった。

色々考えてるうちにテンション下がってきたので、美味いもんでも食って元気を出そうと思ったのだ。

昼食には遅い時間だが、こんな時間でも飯を出してくれて、なおかつ美味い店を俺は知っている。

大通りに出て真っ先に目に入る大きな建物。

そこが今日の目的地だ。

この大きな建物は町一番の宿屋で、その1階は飯屋になっている。

宿には高くて泊まれないし、飯の方も良いお値段するけど、味は絶品でちょくちょく通っている。

夜は繁盛し過ぎて席が無かったりするが、昼の中途半端な時間に行ったので客は誰もいなかった。


「すいませーん」

「あいよー」

「飯食いに来たんですけど、何かありますか?」

「昼の残りで良ければー」

「じゃあそれで」

「あいよー」


店内は薄暗く、石造りの壁がひんやりとした雰囲気を作っている。

木窓から差し込む光が唯一の光源で、全体的に落ち着いた印象だ。

窓際の奥の席に座り、日の暖かさを感じながら、しばし待つ。


「お待ちどー。跳び赤魚の網焼きと、こっちは山盛り春野菜ね」

「お、魚かあ!」

「お客さん、確か魚と野菜好きだよね」

「りょ、料理長さん…!」


トゥンク…!

一瞬胸が高鳴りかけたが、料理長は男なのですぐおさまった。


「ワインもお願いします。グラスで」

「あいよー」


ワインを待つ間に焼き魚の香ばしさを堪能する。

匂いだけで涎が出てくる。

大ぶりの白魚の切り身に、網焼きの縞々しましまがめちゃくちゃ美味そう。

跳び赤魚は海の魚で、ここから北に少し行ったところにある港町で獲れたものである。

この町の良いところは海の幸が普通に出回っていて、なおかつそこそこ大きい町であるところだ。


「ワインお待ちー」


魚には白ワインが良いと聞くが、赤ワインしか出回ってないので、赤だ。

ちなみに、飲酒に関して年齢制限は無い。

水質の関係で、飲める水はワインよりも貴重だからである。

だからみんな幼い頃からワインやエールをガバガバ飲んでいる。


「いただきます」


俺は自前のナイフとフォークを取り出して、魚を切り分け、口へ運んだ。

シンプルな塩味。

だが、魚そのものの旨味を感じられて、良い。

そこへワインを一口。

苦味と酸味が口の中で広がる。

やや重たいので、添えてある春野菜で口の中をリセット。

再び魚を頬張る。

うまい。


(ご飯食いてえ〜)


残念なことに、この辺りの主食はパンだ。

米っぽいものには出会ったことさえない。

まあ、中世西洋風ファンタジー世界に転生しておいて、米まで欲するのは強欲というものだろう。

俺は大人しくパンとチーズを追加で頼んで腹を満たしたのだった。


「ごちそうさまでした。すいません、お会計を」

「銀貨1枚と大銅貨2枚になりまーす」


高え…。

一食でこのお値段は貧乏銅級冒険者には厳しい額である。

やっぱ銀級冒険者目指すか…。




美味いもん食って元気になったが、懐は寂しくなったので冒険者ギルドに寄った。

ギルド内は未だ閑散としていたが、じきに依頼を終えた連中が帰ってくるだろう。

その前にさっさと用事を済ませなくては。


「すいません、バーナードさん」

「何だ」

「そろそろ今月の読み書き教室やろうと思うんですが、掲示板使ってもいいですか?」

「勝手にしな」

「あざーす」


この世界の識字率は極めて低い。

特に冒険者志望の奴なんか脳筋しかいないから、「依頼書に頻出する単語だけはギリ読める」みたいな奴ばっかりだ。

文字を読めないことが原因で揉め事になることもしばしばで、読み書き教室はそういったトラブルを減らすための措置である。

発案者は俺。

参加費は無料。

だが、講師役の俺にはギルドから金が出る。

1回銀貨1枚だ。

大した足しにもならないが、銅級冒険者なんてコツコツやってなんぼである。


「紙とペンとインクだ」


バーナードさんから渡された物は、正確には魔物の皮と、羽ペンと、魔物の血で作ったインクもどきだ。

全体的に臭い。

ギルドの掲示物には大体これらが使われている。

ちなみに、とても書きにくい。

まあ、文句を言っても羊皮紙なんて高価な品は出てこないので、粛々と筆を進める。


『読み書き教室 4月3週土の日 昼 エドワード』


完成。

そもそも文字が読めない人向けのポスターなので、文章はなるべく簡単にする。

あとは掲示板に針で止めて今日の仕事は終わりだ。

帰ろ。




そして土の日の昼、ギルドに行くと見覚えのある金髪のガキが1人いた。


「おせーよ、エド」

「遅くねーよ、ちゃんと昼に来ただろ」


昼というと漠然として聞こえるかもしれないが、特に指定が無ければ正午の鐘が鳴った時か、更にその3時間後に鐘が鳴った時のことを指す。

ご飯時に読み書き教室なんかやってられないので、今回の場合は3時の方である。


「まさか昼飯時に来たのか?」

「そんなわけねーだろ」


普通にちょっと早めに来て待っていただけらしい。

早めの行動偉い。


「今日はお前だけか?」

「そうだよ」

「マジかよ…何かやる気無くなってきたな…」

「おい!待たせておいて何言ってんだよ!」

「てかお前、前回も来てなかったっけ?」

「何だよ、2回受けちゃダメなのかよ」

「いや、ダメではないけどさ…」


珍しくはある。

冒険者志望の奴なんか全員脳筋しかいないからな(2回目)。

大体みんな1度目の講義でいなくなるもんだ。


「お前、名前なんだっけ?」

「キッドだ!人の名前忘れんなよな!」

「キッドね。じゃあ、読み書きは前回やったし、今日は簡単な計算でもやるか」

「おう!」


問題、大銅貨は銅貨何枚分でしょうか?

答え、5枚。


問題、銀貨は大銅貨何枚分でしょうか?

答え、6枚。


問題、金貨は大銀貨何枚分でしょうか?

答え、8枚。




1時間ほどの授業で、キッドは簡単な計算なら完璧に出来るようになった。

こいつめちゃくちゃ物覚えいいな。


「お前、歳いくつ?」

「12!」

「冒険者にはなったばっかりか」

「おう!早く銅級に上がりたいぜ!」


俺はキッドの身なりを見る。

年齢よりも小柄で、痩せていて、ボロボロの服。

装備は腰に提げたボロい短剣が一本。


(貧民上がりっぽいな)


ただ、元気は良い。

悲壮感が無い。

口調は荒いが、雰囲気は良い。


「まあ、お前なら大丈夫だと思うよ」

「本当か!」

「ああ。向いてない奴は結構雰囲気で分かるからな」

「なあ、エドって魔法使えるんだろ?」

「何で知ってんだよ」

「前に森の中で見たんだよ。手の平から火の球出すやつ。あれどうやるんだ?」

火球ファイヤーボールね。どうって言われてもなあ…」


俺は人に教えるほど魔法が上手くない。

独学だし、修得できたのも初級魔法がいくつかだけだ。

魔法技術は貴族がほぼ独占しているので、これでも結構頑張った方だ。

旅の商人とかに魔法見たことあるか聞いたりしてなあ。


「まず人間には元々魔力がある。それは知ってるな?」

「当たり前じゃん!」

「当たり前ね…。で、魔法は体の中にある魔力を外に出して使う技術なんだが、まずこの『外に出す』ってのが難しい」


最初にして最大の難関である。

俺も随分失敗した。

思いっきり気合を入れたり、座禅組んで瞑想してみたり、「波ーーーー!!!」とか言ってみたりしたけど何の成果も得られませんでした。


「そこで俺がどうしたかというと、物理的に穴を開けてみたんだよな」

「穴?」

「手の平をナイフで切って、魔力の出口を作ってみた。その状態で力むと…どうなったと思う?」

「魔法が出た!」

「残念!血が出ただけでした!」

「えー、何だよそれ!」

「まあ、そう慌てるな。俺が偉かったのはそこからよ。手の平に溢れる血を見て、俺は『この血にも魔力が入ってんじゃないか?』と思い立ち、何やかんやあって、こうよ!」


俺は手の平を浅く切って血を出し、それを操って宙に浮かせてみせた。


「うわ、すげー!」

「俺が最初に使えるようになったのは水魔法だった、ってわけ」

「俺もやってみる!」

「まあ、言葉にしたら結構あっさりだったけど、実際に血を動かすまでには相当な時間を要してな…」

「出来たーー!!」

「は?」


見れば、キッドの手の上には小さな赤色の球が浮いていた。


「う、嘘だろ…」

「すげー!すげー!血が思った通りに動く!これって魔法!?」


キッドは血の球を手の平の上でグルグルと回転させた。

紛れもなく魔法だ。


「お前、天才か…?」

「なあ、エド。これどうやったら火の球になるんだ?」

「え?ああ…そっから火の球は無理だぞ。一回その血の球は捨てろ」

「えー、せっかく作ったのに!」

「火の球が作りたかったら、水じゃなく風の球を作るんだよ」


水から風への発想の転換が必要だったので、ここでも偉く時間を使った。

俺が風の球を作れるようになったのはつい数年前のことである。


「出来たーー!!」

「いやいやいや待て待て待て!!」


キッドの手の上では風の球が踊っていた。

早すぎんだろ…。

俺という教師役がいるとはいえ、恐ろしく早い修得。

俺でなきゃ見逃しちゃうね。


「それで、こっからどうしたらいいんだ?」

「…風の球の内部に嵐を起こすんだよ」


めちゃめちゃ回転させるイメージだ。

内部に高エネルギーを作って、摩擦で雷が生まれたら、あとはすぐに火がつく。


「今光った!うわっ、燃えた!で、出来たーー!!」

「…」


煌々と燃ゆる炎の球。

それをキラキラした目で見つめるキッド。

こいつには明らかに魔法の才能がある。

多分、間違いなく、俺よりもある。


「わー!すげー!」

「…キッド」

「え、何だ?」

「お前、すぐに銅級まで上がれるよ」

「ええっ、本当か!?」


銅級の昇格条件は「低級の魔物5体の討伐」だ。

低級の魔物の代表といえば小鬼ゴブリンだな。

雑魚のイメージがあるかもしれないが、実際戦うと結構厄介な魔物だ。

好戦的で残忍。

基本的に知能は低いが、待ち伏せや不意打ちを仕掛ける奴もいる。

1番の問題は群れを作るところで、剣や短刀で戦おうとすると囲まれて袋叩きに遭う場合がある。


「だが、魔法が使えれば話は別だ。遠距離から一方的に倒せる。小鬼に遠距離攻撃手段なんか無いからな」


強いて挙げるとすれば、武器や石ころの投擲攻撃だが、十分距離を取ればまず当たらないし、避けるのも容易だ。

小鬼以外の低級魔物も似たり寄ったりである。


「そうなんだ!俺、今すぐ森に行ってくる!」

「待て待て落ち着け!今日は散々魔力を消費してんだろうが。明日にしろ明日に」

「ええーー」


不満気なキッドだったが、もう陽が暮れるぞと言ったら流石に諦めた。


「エド、今日は色々教えてくれてありがとう!でも、のんびりしてたら俺が先に銀級になっちまうぜ!」


俺は鼻で笑ってやろうとしたが、顔が引き攣って上手くいかなかった。

キッドの魔法の才能を考えれば、全然あり得る話だ。


(本気で目指すか…銀級冒険者)

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