(4)

「わかってんですか? 冒険者は一般市民の憧れなんですよッ‼ 一般市民を殺してケロっとしてるなんて……」

「でも、私、今は冒険者じゃなくて、元だし……ケロっとなんかしてなくて、殺しちゃった後、頭が真っ白になったし……」

「あと……下手に精神操作系の魔法は使わないで下さい」

 私がイルゼを落ち着かせるつもりでやった精神操作魔法は、イルゼには効かず、この部屋の前に居た冒険者ギルド本部の衛兵を直撃してしまった。

 魔法の制御が巧く出来なくなってるだけで、魔力そのものは、まだ有るようで……イルゼが調べた所、私の「落ち着いて‼」と云う精神操作のせいで、ギルドの衛兵さん達は、脳内の感情を司る部位の活動が完全に停止している上に、これまた完全に、私が死ねと命令すれば迷わず自殺する操り人形になってるらしい。

 ちなみに、こうなった人間は柔軟な判断力を失なうので、可哀想な衛兵さん達は、下手したら、残り一生、マトモな社会生活・日常生活を送れない可能性が有る。

「わかった……わかった……。言う事聞くから……お金貸して……。必ず返すから……」

「はぁ?」

「いや、もう、今晩の酒代も無いのよ……」

「酒で、そこまで零落おちぶれて、まだ、飲む気ですか?」

「だって……飲まないと……あれを夢に……」

「わかりました。残りの一生、好きなだけお酒を飲めるほどの金を用意します」

「ほんと、ちょうだい、今すぐ」

「今すぐは駄目です」

「何で、嘘吐き? 騙したの? 騙したの? 騙したの? だまし……」

「やめて下さい。条件が有ります」

「うん、何でもする。大通りで裸になって犬の真似をしろ、って言うんなら悦んでやる。あなたの性奴隷になれっていうなら、オ○○コでも、尻の穴でも、いくらでも舐める。だから、まずは、お酒飲ませて。この店に有る一番強いのを一番大きいジョッキに満タンで……一杯だけでいいから……」

「何で、ここまで酷い事になったんですか?」

「あいつよ、あいつのせい……」

「奴ですか? 冒険者ランキング第1位の……通称『鋼の男』」

「あああああ……その名を口にしないでええええええ〜ッ‼」

「姉さん、落ち着いて下さい……」

「いやいやいやいやいや……あいつが……あいつが……あいつが……あそこに……」

「居ませんよ」

「いるいるいるいる……あそこにいる……いる……みえないの? みえないの? ああああ……そうかぁッ‼ わかったああああッ‼ あんたも、あいつとグルか‼ グルか‼ グルか‼ グルか‼ 私を殺すつもりだなぁ〜ッ‼」

「だから、落ち着いて下さい」

「あわわわわわ……」

「落ち着け、このアマッ‼」

「や……やめて……怒らないで……落ち着くから……落ち着くから……落ち着くから……」

「わかりました……」

「落ち着くから……お酒ちょ〜だい。この店に有る一番強いのを一番大きいジョッキに満タンで……ニ杯だけでいいから……おつまみは要らない。お酒さえ有ればいいから」

「お酒の話は後にしましょう。冒険者ギルドからの依頼です。それを果たしてくれたら……お金もお酒も好きなだけ差し上げます」

「はぁ? 何て言った?」

「冒険者ギルドからの依頼です。それを果たしてくれたら……お金もお酒も好きなだけ差し上げます」

「何だって?」

「何度言わせるんですか? 冒険者ギルドからの依頼です。それを果たしてくれたら……お金もお酒も好きなだけ差し上げます」

「ごめんなさい。私、耳か脳味噌が悪くなったみたい……。『冒険者ギルドからの依頼』って聞こえたけど……?」

「そうです」

「あの……ここ1年、酒びたりの私に何が出来るの?」

「冒険者ランキング第一位『鋼の男』を殺して下さい」

 ……。

 …………。

 ……………………。

「なるほど……ん? どうしたの?」

「あの……何で、落ち着いてんですか?」

「そりゃあ……断わるからよ」

 そう言いながら、私は、妹弟子に向けて「魔法の矢」を有りったけ放ち……。

 ドゴオッ‼

 防がれた。

 イルゼの防御魔法で逸らされた「魔法の矢」が、壁や天井や床を破壊し……。

「うわあああ……ッ」

 床が崩れたせいで、私の体はベッドごと落下……そして、頭上からは……無数の瓦礫が降って……あれ?

「何てことするんですか?」

 あれ? 瓦礫が空中で静止し……私とイルゼの体は宙に……。

 あ……魔法か……。

 1年前までなら、私もこれ位の事は出来た。

 力は残ってるけど……精密な制御は出来なくなってる今は無理だけど……。

「あんたこそ……何て事すんの?」

「はぁ?」

「楽になれるかも知れなかったのに……」

「やめて下さい。少しは……前向きに……」

「前向きに生きたって……毎晩、毎晩、仲間が死んだ時の事を夢に見るのよ」

「その悪夢を止める方法は有ります。あいつを……」

「無理」

「何で、最初から諦めてんですか?」

「無理だから」

「何で無理なんですか?」

「正気の時にも手も足も出なかった相手だよ? 今の私なら、もっと無理」

「ああ、そうですか?」

「んがぁ〜ッ‼」

 イルゼの真ん前に魔力で出来た球体が出現する。

 その中には小型マスコット化した私の使い魔……。

「こちらの言う事を聞かないと、こいつを殺します。そうすれば……こいつの主である姉さんも死にます」

「だから……私、死ぬのが面倒臭いから死んでないだけで……楽に殺してもらえるなら大歓迎なんだけど……」

「だから、誰が楽に死なせると言いました?」

「あ……? あ……? あ……? ひ……卑怯者ぉぉぉぉぉぉッ‼」

「あたしだって……こんな事やりたくないんですよ……でも……姉さんでさえマシな方なんです」

「マシ? マシって?」

「だから、『鋼の男』に壊滅させられたパーティーの生き残りを探しても……恐怖で自殺した奴に、かなりマズい違法薬物クスリを過剰摂取した阿呆に……アル中で力を制御出来なくなった魔法使いでも、まだ、かなりマシな方なんですよッ‼」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る