第9話 駆逐艦電

トラック島基地到着後、スプルーアンスと別れた私はエセックスから基地内の案内を受けた。


軍基地と思えぬほど綺麗な見た目ではあるものの、中には燃料や弾薬の保管庫やら乾ドックなど、いかにも海軍基地らしい設備がきちんと併設されていた。


他にもレクリエーション施設として図書館や小さな喫茶店なんかも完備されているのも印象的だ。一歩外が無法の戦場であることを忘れそうになるほど、ここは居心地がいい。


「随分でかい倉庫だな」

歌手を呼んでコンサートでも出来そうなほど広い倉庫の天井を見上げて私は呟いた。

「そりゃあそうさ、なんせそれなりの規模の艦隊が二つも配備されてるんだからな。このくらいないと足りないよ」


倉庫の奥に文字通り山のように積み上げられた砲弾と装薬の入った箱の数が、艦隊の巨大さを物語る。

その中には四十六糎砲弾よんじゅうろくせんちほうだんと書かれた箱もあった。大和型の配備を見越して先に搬入されていたのだろう。


秘匿名称である九四式四〇糎砲弾と書かれていないのに少々違和感を覚えるが、今は戦後。これが普通である。


デカいのは倉庫だけではない、ドックやその他設備も凄まじい大きさだった。

ドックはエセックス曰く、満載排水量10万トン級までの船が入渠可能らしい。


そんなデカい船あるかと思ったが、彼女によれば戦後にアメリカで建造された空母・・・ニミッツ級と言うらしいが、そいつの排水量は10万トン程なんだとか。機関には原子力とやらを使用し、理論上は半永久的に動くことができるんだそう。


大和より4万トンも大きい。まさに怪物空母だ。もし日本が負けなければ、帝国海軍の戦列にもそんなのが並んでいたのだろうか?



私が次に案内されたのは基地の西側、桟橋から見て左側の部屋だ。

白い扉の上には16状旭日の絵と並び「JAPAN NAVY」と書かれている。


「ここが日本艦寮だ。反対側に米艦寮もあるが、基本的にアドミラルが使うのはこっちだな」

「この中に、艦船達がいるのか?」

「あぁ、皆最ッ高にクレイジーなヤツらだぞ!アドミラルも気に入るハズだ!」


元気なのはよろしいことだが、規律厳守の軍隊において「最高にクレイジー」なのが集まっているのはいかがなものかと。


誇張表現であることを願うばかりだ。


ガチャ、ごちん。


エセックスが扉を押すとともに、何かがぶつかった。小柄な少女だ。

「おぉッすまない・・・って、またいなづまか。相変わらずよくぶつかるなぁ君は」

電と呼ばれた少女は、床から立ち上がると手のひらでスカートの埃を掃った。


電・・・私の記憶が正しければ、特三型最後の艦だ。確かよく衝突事故を起こして自他共にドック送りにしていた記憶がある。そんなところまで行動や人格に反映されるとなると、メンツによっては面倒なことになるな・・・


「エセックスさん、すいません。またやっちゃいましたぁ・・・」

また、ということは何度もやってるのか。


「私は気にしてないけど、気をつけなきゃダメだぞ?ほらしゃんとする!君らのアドミラルの前なんだから」

「・・・ほぇ?」


素っ頓狂な声をあげて電は私の顔を見る。


「あ、あぁ。ついさっきこの基地に着任した伊藤整一だ。電君だったね。これからよろしく・・」

二人の間に一瞬流れた変な空気を遮って、とりあえず挨拶してみた。

「・・・あ!え、えーっと、い、電です。よ、よろしくお願いします・・・」


電は堅苦しくも返してくれた。


「えー・・・」

「・・・」


また会話が途切れた。どうも私という人間は小さな女子と話すのが苦手らしい。

生前は娘もいたんだがなー、どうも身内と話すのとは勝手が違う。


「(エセックス、こういう時どうすればいい?)」

「(知らん!自分でなんとかやってくれ)」

「(何とかって、何をどうすれば?)」

「(それは自分で考えてくれ)」

「(えー・・・)」


目線でエセックスに助けを求める、その間コンマ2・7秒。

結果、収穫無し。


「あ、あのぉ。私はどうすれば・・・?」


不安げな面持ちの電が質問を飛ばしてくる。よし、ここは上官らしくビシッと命令しよう。


「ん゛んッ(咳払い)、では電、よければここを案内してくれないか」

「は、はい!了解です、提督!」


固い動きで歩き出す電を微笑ましく眺めながら、エセックスと別れて私も後に続く。


ごちん


「いったぁ・・・」


歩き出して数秒で廊下の角にぶつかった電を見て、内心先が不安になりながら電の進む方向に足けた。



この後、私は寮艦について軽く頭を悩ますことになる。


この「艦歴が性格や行動に影響を及ぼす」という、一見当たり前にも感じられる仕様がいかに恐ろしいか、この時の私は知る由もなかった。

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転生NIPPON帝国海軍 陸奥ノ国 @mutunokuni

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