第8話 旧友

『待たせたな、正義のヒーローの登場だ!』


通信機から聞こえる何ともメリケンらしいセリフを吐く女の声と、上空を飛ぶ主翼に星を描かれた機体。どうやら私はアメリカの艦隊に助けられたらしい。


向こうでは飛来した米軍機が敵残存艦に対して爆撃を敢行していた。敵の全滅も時間の問題だろう。


「こちら大和、伊藤整一だ。貴官らの救援感謝する」

『アメリカ海軍第三機動部隊、空母エセックスだ。貴方が無事で何よりだよ』


通信機越しに彼女――エセックスは、軽く自己紹介を済ます。敵意は無いようで良かった。


『そういえば、護衛の艦はどうしたんだ?多少は付けると聞いたが、見た感じ居ないようだぞ』

「後ろの残骸たちで察してくれ、皆よく戦ってくれた。私の力不足だ・・・」

『なに、貴方が悔やむ必要はない。彼女たちはここまで貴方とその戦艦を護衛するという任務をしっかりと果たしたのだから、きっと悔いはない筈だ』

「そう・・だといいな」


わずかばかりの慰めを終えて、エセックスはさてと話を戻す。


『では、ここからは我々が護衛する。よろしく頼むぞ』

用候よーそろー


私は波間に沈みゆく陽炎に敬礼すると、前へと向き直る。


マストに星条旗を掲げた艦たちを護衛に付け、艦隊は再びゆっくりと針路そのままに進み始める。目標は変らず、南方トラック諸島だ。









7月10日 午後5時27分


エセックス率いる米機動艦隊と合流してから二日、トラック島にはもう間もなく到着する。

その間、各所を周り艦の損害を確認したが、相手が駆逐艦を集中して狙っていたからか幸いにもほとんどなく、せいぜい飛び散った至近弾の破片が機銃や高角砲のカバーに多少の傷を入れている程度だった。


『アドミラル整一、聞こえるか?』

「あぁ、どうした」

『まもなく基地に到着する。自動で停泊するから、画面の指示に従ってくれ』

「分かった」


艦橋に戻り、ウィンドウの中からCONTROLと書かれた画面を開く。まだ変化は無い。


遠方に夕日に照らされて透けた建物のシルエットが見えた。


『アドミラル、見えているか?あれが我々の本拠地、トラック島海軍基地だ。これから貴方が着任する基地だ』


トラック島海軍基地と呼ばれたそれは、南国の島には違和感でしかない白いドーム状の建物で、夕日の照り返しで茜色に染まっていた。


そこから突き出している数本の桟橋には、大小様々な軍艦が数隻停泊している。


屋根の上に突き立っているポールには日の丸と星条旗がはためいている。


空母や戦艦もいるようだ。かつて日本領だった頃の通り、かなりの戦力がここには駐屯しているらしい。


コントロール画面に「自動停泊」の選択肢が出る、文字通り自動で指定の場所に停泊作業を行ってくれる機能のようだ。

初めての接岸で舷側をこすりでもすれば目も当てられないので、これは非常に嬉しい機能。付けたヤツを褒めてやりたい。


艦は徐々に速度を下げていき、寄ってきたタグボートに助けられながらゆっくりと右に旋回し始める。


隣には大和と同じくらいの巨艦が停泊している、薄灰色の船体に米国製の両用砲や対空機銃をハリネズミの如く乗せているあたりどう見ても米戦艦だろうが、こんなのもいたんだな。


桟橋に舷側がぶつからないギリギリを保ち、ゆっくりと進んでいた艦は完全に停止する。ミスなしの完璧な操艦だ。


桟橋からはラッタルが自動で伸びてきていた。左舷の丁度中心の辺りに設置される。


細いラッタルを降りて桟橋に立つ。浮桟橋だからなのか、私が下りる時の衝撃で僅かばかり揺れた。


大和と名も知らぬアメリカの巨艦。二隻に挟まれると絵にも言われぬ圧迫感を感じる。まるで壁に挟まれているようだ。


「おーい!」


巨艦の雄大さに浸っている所に、エセックスの明るい声が響いた。腰ほどまである銀の長髪を靡かせて、こちらへ駆け寄ってくる。


「やあ、やっと会えたなアドミラル整一。エセックスだ」

「あぁ、声で分かったよ。護衛の任、ご苦労だった」


私とエセックスは互いに敬礼を交わした。


・・・つくづく軍隊に女性が居る違和感がどうにも拭えない。いや、時代も変わってそれが当たり前の世界になったのだから、私が慣れればいいだけなのだが。


「さぁ、私たちの司令官を紹介するから付いてきてくれ!「時は金なり」だぞ!」


そんなことを考えて、恐らく渋い顔をしているであろう私をよそにエセックスはずんずんと先へ行ってしまう。


日本語のことわざも知っているとは。流石旗艦、それなりに教養があるらしい。

感心だな。


「・・ところで、トキハカネナリってどういう意味だ?」


意味は知らんのか。


「はぁ・・・今行くよ」







見た目が綺麗なら、やはり中も綺麗だった。


「どうだアドミラル整一、我々の基地は」

「うん、見事だな。実に綺麗だ」


通されたエントランスは、白を基調として均整がとれており、見るものを驚かせるような美しさがあった。

はたして軍事施設がこんなに綺麗でいいのかとも思うが、これが最近の流行りなのだろうと思って納得しておく。


しかし綺麗だ、果たして建造費はいくら掛かったのだろう?


「おかえり、エセックス。そちらが日本の提督かい?」


あちこちを眺めていた私の背後で、呉を出てから久方ぶりに聞く男の声がした。

長身の金髪、典型的なアメリカ人だ。


「レイモンド!あぁそうだ、無事に連れてきたぞ!」

「レイモンド?」


私にアメリカ人の知り合いは多く居ないが、聞いたことのある名だ。


「よくやった、お疲れ様」


エセックスを褒めながら、レイモンドと呼ばれた男はこちらを向いた。


「初めまして、ですかな。私は・・・」

「レイモンド・スプルーアンス殿、ですか?」


私がその名を口にすると、彼は驚いたような表情を見せる。


レイモンド・スプルーアンス。米海軍の将校であり、私の数少ない外人の知り合いである。かつて私がアメリカへ派遣された際に交友を深めた人物であったが、果たして彼は覚えているだろうか。


・・・というか本当に彼はレイモンド何某で合っているんだろうか、これで同名の別人なら初対面にしてあまりにも失礼なんだが。


「・・なぜ、私の名を知っているのです?」


良かった、あっていたと私は胸をなでおろした。


「私は伊藤整一という者です。昔、米国へ派遣された際にあなたにお会いしまして。もっとも、貴方が覚えているかはわかりませんが・・・」


私がそのことを告げると、彼は思い出したと言わんばかりに目を丸くした。


「あぁ、貴方でしたか!えぇ覚えてますよ」

「よかった、私が一方的に覚えているだけならどうしようかと思いましたよ」


彼も覚えていてくれたようだ、戦争が始まって敵将の事など忘れてしまったかと思った。


「なんだ、二人とも知り合いだったのか?」


意外と思ったか、頭上に疑問符を浮かべたエセックスが問う。


「あぁ、この人は私の知り合いでね。昔開戦より前に本国の日本大使館にいたんだ」

「あの時はよくお話ししましたね、懐かしい」

「あの頃、私は海軍大学校を卒業して間もないころでしたねぇ。いやぁ懐かしいな」

「最初アメリカの指揮官と共同でとのことを聞いて内心心配だったんですがね、貴方でよかったですよ」

「それを言うなら私もです、出合頭に鬼畜米英と拳銃でも出されたらどうしようかと・・・」


私は思わず吹いてしまった、考えることは同じらしい。


「おーい、二人とも募る話があるのは分かるが、とりあえずその辺にしてくれないか?アドミラル整一に関しては基地の案内やら日本の艦船たちの紹介やら、やることはいろいろあるんだからな」


すっかり蚊帳の外になりかけていたエセックスが、二人の話に待ったを掻ける。

着任してすぐに旧友と再会したものだから、私としたことが少ししゃべり過ぎてしまった。


私は少し笑いながら手を差し出した。


「あはは・・・まぁ、これからも仲間としてよろしくお願いしますよ」

「えぇ、お互い頑張って生き残りましょう」


がっちりと握手を交わし、互いの信頼を確かめる。


一度は国の争いごとで離れたこの手は、きっと今度は離れない。


今はそれを、ただただ願うだけだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る