再会の海

第7話 初戦闘は唐突に

2050年7月8日


出航から約5日、初航海は順調に工程を消化していた。トラックまではあと2日ほどで到着する。


無論、その間ずっと艦橋に張り付いて操艦をしているわけにもいかない。機械の体とはいえ食事は必要とするし、睡眠だってとらねばならない。


幸いにも大和には自動航行機能があるらしく、少なくとも奇襲の可能性が少ない昼間は自動航行に操艦を任せて私は艦内を自由に見て回ることができた。


私は、この5日で艦の全体をくまなく見て回った。

本格的な戦闘が始まる前に艦の機能をすべて把握しなければならないからだ。


見て回って分かったことは3つ。

1つ目は武装、機関、艦内設備の殆どは1945年当時の物が採用されている事。ただし弾薬の自動装填機構などの兵士を必要としない為の装置が見受けられた。


2つ目はダメコン関連。かつてのような消火用ポンプは無く、代わりに自動消火器やスプリンクラーが各所に設置されている。

喫水線下には大和型自慢の注排水式傾斜復元機構が存在しているが、万が一を想定してか喫水線下に位置する艦内の通路には細かな隔壁が用意されていた。



そして3つ目は、それらの殆ど全てを自分で操作しなければならないという事だ。


はっきり言えば、すごく辛い。


対空火器を自動化できるのがせめてもの救いだが、主砲、副砲の運用だけでもかなりの技量と集中力を必要とする。

それに加えて巨大な船体に設置された無数の設備をたった一人で動かさなければならないのだから、重要区画の被弾時なんてもう想像したくない。


やっぱり無理を通してでも多少は本土で教習を受けてから出てくるべきだったと、今では後悔している。

しかし、今更本土に戻るわけにもいかない。残り約5日の間に何としても、せめて基本操作位は出来るようにしておかなければ・・・



ビー!ビー!ビー!


突如、艦内に警報音が響き渡った、いきなり大音量で鳴ったので肩が跳ね上がる。


「何事だ!?」


咄嗟に私はコートのポケットからインカムを取り出し、護衛の駆逐艦に通信を求める。


「どうした、何があった?」

『敵艦隊を発見しました、敵は重巡1隻、軽巡2隻、駆逐艦6隻の中規模艦隊。まだ交戦状態ではありませんが、念のため艦橋にお戻りください』

「了解だ!」


私は急いで艦橋に上がり、双眼鏡を覗く。


報告に合った通り、重巡洋艦1隻を旗艦とした艦隊がこちらと並走している。

艦影からして高雄型だろうか。周りには護衛の駆逐艦と軽巡らしき影が見える。


向こうは9隻、こちらは4隻。いくらこちらの旗艦が大和であっても数的不利には変らない。予断を許さない状況ではある。


戦闘はしないに越したことは無い、撃ってこないといいが・・・


などと思った矢先、敵重巡の艦影が一瞬光った。恐らく探照灯ではない、とすれば後は1つしかない。


『敵艦発砲!』

「やっぱりか!」


思うと叶う、と言うのは本当だったらしい。そんなもの、こんな時に発動しても面倒なだけだがな。


敵の放った弾は隣を航行していた駆逐艦、陽炎のすぐそばに弾着した。幸いにも被害は無さそうだ。


久々の感覚、立ち上る水柱と響き渡る轟音が、此処は戦場なのだと私に自覚させる。


「クソッ、戦うしかないのか・・・!」

主砲の発砲訓練も行っていない現状でまともに戦えるか分かったもんじゃないが、やらねばやられる、戦場とはいつもそういう所だ。


幸い、大和は世界一と言っていいほどの重防御が施されている。巡洋艦の砲程度であれば容易にはじく事が出来るだろう。


しかし護衛の駆逐艦たちにとっては巡洋艦はおろか駆逐艦からの砲撃ですら脅威になる。誰が言ったか駆逐艦は「魚雷発射管にガワを着けたようなモノ」らしい。

装甲なんて無いに等しい、当たればどこでも大損害だ。



そうこうしているうちに2射目が飛んでくる、今度は大和の右舷前方、またもや護衛駆逐艦の時津風ときつかぜの至近に着弾した。


敵はどうやら周りの駆逐艦を排除してから大和に攻撃を集中させる算段らしい。駆逐艦だけに砲火を集中させている、沈むのも時間の問題だ。


『敵からの砲撃を受けています、大和による砲撃支援を要請します!』

「分かってるよ!」


悲痛な陽炎の声が耳に響く、駆逐艦たちは吹っ飛んでくる砲弾を避けるのに必死で、まともに反撃すら出来ていない状態だった。


「えぇと主砲はどうやって動かすんだ?!」

分かってる、とは言っても動かし方は相変わらず分からないままだ。コンソールをガチャガチャと触り、何とかできないかと模索する。


「あ、これか!」

「MAINE/SUB GUN」と書かれた部分に触れると、主砲を動かすためのものと思われるコンソールが新たに現れた。


1~3の数字が書かれた主砲を動かすためのものと思われる円盤型のコンソールと、それより一回り小型の、副砲を動かすためのものと思われる同型の物が二つ、目の前に浮かび上がった。


そのさらに上に表示された画面には、測距儀からの物と思われる敵艦の映像と、敵針、敵速などの情報が長々と映し出されていた。


「えっと、こうか・・・?」


私は試しに、1と書かれた円盤を左に80度回してみる。


ガゴン!グォォォ・・・・


金属的な音を響かせて、眼下の主砲塔のうち、最も艦首に近いものが回り出す。どうやら私の見立ては当たっていたらしい。


『時津風大破!』

護衛の駆逐艦の大破の報が届く、状況は刻一刻と悪化していく。


・・・覚悟を決めよう。私とて海の男だ、巡洋艦が何だ、この大和の前には巡洋艦の1隻や2隻沈める事なんぞ、赤子の手をひねるが如く容易いことなのだから。


「よし、やるぞ・・!」

私は主砲の操作用コンソールに手を掛ける。


「主砲塔旋回!左七十度、仰角二十五度!」


測距儀からの情報を元に3機の主砲塔を動かし、砲塔の旋回と共に砲身の仰角も付け、敵艦への狙いを定める。狙いは約8キロ先の敵艦隊旗艦の巡洋艦だ。


強装薬で発射する徹甲弾では過貫通してしまう可能性があるため、砲弾は徹甲弾のままに装薬を減らすことにする。

砲弾、装薬の装填が完了し、砲塔と砲身が固定される。


発射の準備は整った。


「全砲、斉射ッ。撃てぇぇ!」


一瞬の静けさの後、オレンジ色の閃光と共に耳をつんざくような爆発音が轟く。


号砲一発、大和の主砲が火を噴いた。


しかし撃っても当たらなければ意味がない。相変わらず敵艦の映る画面を、固唾をのんで凝視する。


十数秒の間を置いて、敵艦の周りに水柱が立ち上った。

着弾したのだ。それも初弾夾叉しょだんきょうさ、初めて主砲を操作したにしては上出来すぎる結果だろう。


ここで大きく外れれば修正をする必要があるが、敵は大きく回避する様子もないし、この場合は下手に修正せず撃ち続けた方が賢明だ。


二発目を装填し、同じ要領で発砲させる。

この際副砲も使おう。敵艦を狙えるものを、主砲に追従させるようにして、敵巡洋艦を狙わせる。


三射目を発射し終え、次弾の準備をしていた時、画面に映る敵艦から火柱が上がった。


「命中したか!よし!」


第二主砲塔下部に命中したらしい、よく見れば砲塔が吹き飛んでいる。


「よし、次弾装填完了。撃て!」


敵艦隊は旗艦が壊滅的な損害を負ったことで混乱状態となっているらしく、艦隊は既に散り散りになっていた。

敵の被害が収まらぬうちに次々とダメ押しの砲弾を叩き込む。


そして遂に五射目を放った瞬間、敵艦は爆発と共に真っ二つに折れ、破片をまき散らしながら海の底へと沈んでいった。


「よし・・・!敵巡洋艦撃沈!」


初めて沈めた大型艦が日本重巡洋艦とは何とも皮肉な話であるが、ともかくこれが私の知る限り大和にとっての初めての戦果らしい戦果であった。


次の敵に狙いを定めようとするが、海上に漂う煙や火の粉のせいで上手く狙えない。

もっとも、旗艦がやられた現状、あちらが攻撃してくるとも思えないが。


案の定、近づいてくる敵艦の姿は無い。


ザザ・・・


『こち・・かげろ・・・』


ノイズ交じりの通信が届く、上手く聞き取れないが恐らく陽炎からだろう。


「どうした陽炎、何があった?」


同じ艦隊にいる以上、通信にノイズが混じるほど遠いところまでは行かない筈だ。

あったとすれば陽炎の身に何かあったとしか考えられない。


私は艦隊の状況を確認するべく、別な画面を開く。


「ッ・・・」


そこには、大和と陽炎以外の艦は映っていなかった。恐らくその他の駆逐艦は戦闘中に落伍してしまったのだろう。撃沈されたか、あるいは損傷で速力が出なくなったかだ。


「陽炎?」

『敵・・・駆逐・・接近し・・ま・・対処・・』


ブツッ、ツー、ツー、ツー


ウィンドウから陽炎が消えた。その意味は、今更語るまでもあるまい。


「陽炎?陽炎!返事をするんだ!クソ・・・」


しかし、私には陽炎の轟沈を悲しんでいる暇は無かった。陽炎が残した最後の忠告、恐らく敵駆逐艦が接近してきているのだろう。


「どこだ、どこにいる?」


私は電探から送られてくる電波の波形に食らいついた、確かにその画面の端に反応がある。恐らく陽炎の報告にあった駆逐艦だ。その位置は・・・


「後ろか!」


その位置は大和のすぐ後ろ。しかし、私にはどうしようもなかった。


何故なら、駆逐艦は既に主砲の死角に入っていたのだ。副砲も斜め前に向けていた為、旋回が間に合わない。


「ダメだ、間に合わん・・・!」


大和の装甲がいかに堅牢であろうとも、駆逐艦の大型魚雷の直撃は生半可なダメージでは済まないだろう。


互いの装備がはっきりと見える距離まで接近してくる、舷側には「キユツハ」と書かれていた。

大損害を覚悟した、その瞬間。



敵の初雪は火柱を上げて真っ二つに吹き飛んだ。



「な、なんだ・・・?」


何か起こったのか分からない私の上を、航空機の編隊が通過していく。あれは、アメリカ軍機のシルエット。


ザザ・・・・





『待たせたな、正義のヒーローの登場だ!』

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