第6話 新たなる船出
「ん、んぅ・・・」
外が少し明るくなっている、もう朝なのだろうか。
私はベッドから起きて軍服を羽織る。随分狭いベッドで寝ていたが、無事首は痛めずに済んだようだ。
壁に掛けられた時計を見ると時間は4時5分を指していた、出港は5時らしいのでまだ多少の余裕はある。
厨房で昨日の余りの米で作った握り飯をさっさと口に突っ込み、第一艦橋へと上がる。
「相変わらず狭いなぁ・・・」
人がギリギリすれ違える程度の入り口を抜け、長官席へと向かう。艦橋の設備もあの頃のままだ。
「・・・で、どうするんだろうな?」
なんとなく艦橋まで上がってきたが、操艦方法は未だ分からない。というか、そもそも場所は第一艦橋で合ってるんだろうか?
ビー、ビー、ビー
長官席に座ろうとした直後、艦内電話が鳴った。おかしいな、艦内には誰も居ない筈だが・・・
ガチャ
「もしもし?」
『伊藤さん?私です、日下です。無事寝坊しなかったようですね」
「子ども扱いしないでくれ。敗軍の将とはいえ中将なんだぞ」
彼女はふふっと笑うと、話を進める。
『さて、今から早速出航となるわけですが、操作方法を今からお教えしますね』
「うむ」
『まず、操作用のインカムを着けてください』
「いんかむ?」
『昨日渡したやつですよ』
そういえば昨日、弥生が帰る直前に渡してきたものがあった。あれがインカムとかいうやつか。あんなものでこの巨大な大和の操艦が出来るのか?
ポケットから取り出す、どうやって使うんだろうな?
『ありました?』
「ああ、うん。これどうやって使うんだ?」
『えっと、頭につけてください。マイクが口元に来るように調整して・・』
「こ、こうかな・・・?」
試しにつけてみると、輪っかの部分がちょうど頭にはまった。
「つけたぞ、これでどうするんだ?」
『えっと、付けたら電話は切ってもらって大丈夫です」
「え?そ、そうか。じゃあ切るぞ」
ガチャ
言われた通り電話を切った、さてどうするんだか。
『聞こえますか?』
「うぉ!?」
耳元からいきなり弥生の声が響く、驚いて変な声を上げてしまった。
「どうなってるんだ?」
『そのインカムは艦の操作以外に通信端末の役割も担っているので、きちんとつけてくださいね』
こんな小さいので無線通信が出来るのか。全く技術の進歩は凄まじい。
「で、肝心の操艦はどうやるんだ?」
当たり前だが普通の視点から見てこんな巨大な軍艦を一人で動かせるわけはない。
どれだけ省人化したとしても数百人は必要になるだろう。
『簡単です。自分が艦をどう動かしたいか、それを頭に思い浮かべればその通りに艦が動いてくれますよ』
なるほどなるほど・・・・
「何をアホな事言っとるんだね君は」
いくら未来でもそんなこと出来るわけなかろうよ。
『本当ですって、他の軍艦だってそうして動いているんですよ?』
「本当かな・・・・」
『もう、信じられないって言うんなら試しにやってみてくださいよ』
まぁ、たった一人で巨大な軍艦を動かすにあたってはとんでもない技術が必要になるのは目に見えていた話だ。それにここは遥か未来の世界、あの頃の技術水準で物事を見てはいけない。
「・・・前進しようと思えば前進するのか?」
『はい』
「じゃあ試しに・・」
私は頭の中で「機関始動!両舷、前進微速!」と念じてみた。
・・・艦橋は静まり返った、何の変化もない時間が艦内を流れていく。
「おい、動かんぞ」
『想像の仕方が悪いんじゃないですか?』
「じゃどうしろと・・・」
『うーん、他の方は大概一発でできたんですがねー』
やめてくれ、何か私が悪いみたいじゃないか。いや実際新しい技術に鈍い私が悪いんだろうが・・・だって出来んだろ、いきなりそんなの。
「どうすればいい?このままじゃ大和はただの水上ホテルだぞ」
『うーんそうですね・・・あ、声に出してみるとか?』
けっこうありきたりな案が出てきた。とはいえ他にいい案があるわけでもないので実行することにした。
誰も居ない艦橋の中で大声で号令掛けるのは少々こっぱずかしいが、大和をホテルにしない為にもやるしか無かろう。
「すぅ・・・機関始動!両舷前進微速!」
恥ずかしさを抑え、艦橋全体に響き渡る大声で号令を叫ぶ。
しばらくの沈黙、やはりだめかと思った瞬間。
・・ォォォオオオオオオ・・・・!
機関が大きな唸りを上げる。と同時に目の前に水色の画面が空中に浮かび上がった。どうやら艦の情報がここに記されているらしい。
艦首方面ではガラガラと音を立てて錨鎖が巻き上げられていくのが見えた。
「お、おぉ、本当に動いた・・・!」
大和がその巨体をゆっくりと前へと進め始める。
「凄い、本当に動いたな!」
『だから言ったでしょう?さて、予定の時間になりましたのでこのまま出航してもらいます』
「え、私まだ武装の使い方とか知らないんだが?」
武器もそうだが電探の使い方とかダメコンの仕方とか、分からない事が多すぎるんだが?
『まぁその辺は前線で何とかしてください、大丈夫、習うより慣れろですよ』
「昨日から思っていたが、君ちょくちょく対応が雑過ぎじゃないか!?」
大和型戦艦って、習うより慣れろの精神で動かしていい物ではないと思う。
『湾外に護衛の駆逐艦を待たせています。彼女たちが基地まで先導しますので、それに従って行動してください』
「・・・了解した」
ダメだコレ、人の悲痛な叫びをまるで聞いていない、本当に自分で何とかするしかなさそうだ。
人の話を聞かないサポートにため息をつき、私は再び窓の外へと目を向ける。
先ほどはノロかった艦の速度も、艦首が大きく白波を立てるまでに速くなっていた。
湾を出れば、しばらくの間は本土を見ることも無くなるだろう。随分早いが、日本ともしばしの別れだ。
『こちら第三護衛艦隊、駆逐艦浜風、応答願います』
インカムから弥生とは別な声が聞こえてきた、駆逐艦と言うことは、これが先導する駆逐艦隊か。
「えーこちら大和、伊藤整一だ」
『これより貴艦をトラック島海軍基地まで先導します。到着までは出来る限りこちらの指示を優先してください』
「了解した」
護衛の駆逐艦五隻と共に湾外へと出る。艦隊の編成はさながら天号作戦を思い出すが、あの時の悲壮感はこの艦隊にはない。
『では、私の役目はここまでですね』
少々名残惜しそうな弥生の声がインカムから聞こえる。呉を離れれば彼女と話すことも無くなるだろう。
「日下さん、ここまで色々とありがとうございました。しばらく会えないでしょうが、どうかお元気で」
『えぇ、伊藤さんも。本土から武運をお祈りしています』
ブツッ
どうやら基地との通信が切れたらしい、インカムからは何も聞こえなくなった。
瞬間、窓がオレンジ色に光る。
「ッ・・日の出か」
日が昇る、新しい日が。
私の覚悟と、新たな使命を乗せて大和は進む。
切り裂く波頭のその先は、まだ誰も知らない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます