第5話 再会、戦艦大和

「さて、だいぶ長話をしてしまいましたが、本題に入りましょうか」

神田は私に向き直ると、早速話を切りだした。


「伊藤さんにやっていただきたいのは、弥生君からも言われた通り艦隊の指揮です。これから前線の基地に赴き、そこを拠点として行動を取っていただきます」

「基地はどこです?」


神田は自身の後ろに飾られた世界地図を指さした。南方の島であろうか。


「伊藤さんの艦隊には、トラック島の基地を拠点にしてもらいます。アメリカ海軍と共同で使用している基地ですが、この前唯一あそこを使用していた第3水雷戦隊が損傷で帰投してから日本艦隊の枠が丁度空白になってしまいまして」


「トラックですか、懐かしいなぁ」


「穴を埋めるために修理が終わった別の艦隊を派遣したのですが、如何せんクセモノぞろいのメンツに基地に赴任している米艦隊の司令官も手を焼いているとのことでして・・・」

「そ、そうですか。大丈夫かな・・・」


ちゃんと言うこと、聞いてくれればいいけど。


「・・・ところで、アメリカの艦隊にも私のような提督が居るのですか」


戦後とは言え、多少は身構えてしまう。もう何十年も前の話だがかつては敵同士、上手くやれるかは分からない。


「ええ、いますよ。誰だったか忘れましたけど、アメリカ海軍の太平洋第三機動部隊を指揮している方ですから、それなりに格の高い提督であるだろうと思います」


なら話は通じるかな・・・出会い頭にピストルぶっ放してこないといいけど。


「既に日本から司令官を送ると通達してありますので、伊藤さんには明日にでも出航していただきたいのですが・・・」

「ず、随分急な話ですね。第一、海には敵が居るんでしょう?どうするんですか」


一応、大東亜戦争中でも前線と内地を一式陸攻などで移動することはちょくちょくあった。

もっとも、制空権の取れていない状態では大型で鈍重な双発機など敵機にとって格好の的であるし、そんな中での長距離飛行は大変危険極まりない。その悪い例が海軍甲事件なわけだが。


「大丈夫ですよ、軍艦はありますから」

無かったら困る、というか無かったらどうするつもりだったんだろうか。


「ただ、その艦は伊藤さんご自身に操艦していただくことになります」

「ちょ、ちょっと待ってください。いきなり操艦ですか?私、艦の指揮をしたことはあっても舵を握ったことは一度も・・・」


艦長職は何度かしたことがあるが、自らの手で舵輪を回したことはほとんど無い。それに現代の軍艦の動かし方なんざ、100年近いブランクのある私が知る筈もない。


「大丈夫ですよ。伊藤さんの体に搭載されたCPUには最初から操作方法がインストールされていますから、艦船と接続すれば動かし方も自然と分かる筈です。習うより慣れろですよ」

「そ、そうですか・・・分かりました」


まさかここで駄々をこねるわけにもいかないので、渋々私は首を縦に振った。


「では・・・弥生くん!」

「お呼びでしょうか」

「伊藤さんを『例の艦』のところまで案内してください」


例の艦?指揮官用の特別な艦でもあるんだろうか?


「承知しました。伊藤さん、ついてきてください」

「分かった。神田さん、また」

「えぇ、またお会いしましょう。武運長久を、お祈りしております」


互いに一礼してわたしは指令室を後にする。神田はドアが閉まるまで、私を笑顔で見つめていた。


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建物の外に出ると、既に日はだいぶ傾いていた。

弥生と私は先ほど通った軍港の奥へと足を運んでいた。


「何と言うか、疲れたな・・・機械の体でも疲れが出るのか」

「気疲れでしょう。もう少しで休めますから、頑張ってください」

「そうか、それは何よりだ・・・」


歩きながらそれとなく港に目を向ける。

茜色に染まった港には、哨戒から戻ってきたであろう軍艦たちがさざ波の上に船体を並べていた。


こんな風景を眺めていると、昔の事を思い出す。まだ日本が平和で、戦争の影も忍び寄ってこなかった頃の平和な港を・・・


「どこで間違えたんだろうなぁ・・・」

ため息と共に、私はぼそりと呟いた。


日清、日露、日中に太平洋・・・思い返せば、帝国は常にどこかしらと戦争をしていた。戦争の影はあの敗戦の時まで国民を襲う事さえなかれども、常に付きまとっていたのだ。

そして今もまた、日本は戦火の中に身を置いている。まぁ、どこかの国が相手じゃないだけマシとも言えるが。


「平和な世界は、まだまだ遠いな・・・」

私はぼそりと一言呟くと、再び正面に顔を向けた。


軍艦たちの列を横目にしばらく歩き、突き当りまで歩き切ったその瞬間、



目に飛び込んだ光景に、私は目を丸くした。





「これは・・・・!」

「あれが、伊藤さんがこれから乗艦する艦です。名前はご存じですよね?」


当然だ。巨大な船体、傾斜した煙突とマスト、文字通り城のような艦橋、そこから映し出される美麗なシルエット・・・忘れられるわけがない。


「大和・・・」


戦艦大和――我が国の技術が生み出した最強の戦艦。航空機の時代に抗いきれず、遂に海へと没したはずの戦艦が今、私の目の前にいるのだ。


日ノ本の象徴たる軍艦を前に、私は涙があふれて仕方がなかった。



「では、乗艦しましょうか」

「あ、あぁ」


私は軍服の袖で涙を拭くと、おあつらえむきに停泊していた内火艇に乗り込んだ。



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「おぉ、大和だ・・・帰ってきたのか」


内火艇を降りて甲板に上がった私は、そびえ立つ艦橋を眺めて感嘆した。

今見てもやはり凄い、長門や扶桑とは一線を画している。


かつてこの艦に乗艦したときは既に末期戦であった事も相まって感動も何もあったものでは無かったが、今は感動と興奮で胸がいっぱいだ。


「凄い・・・」

「出航は明日の早朝0500を予定しています、今日はもうお休みになって下さい。艦内は当時と同じですし食材もある程度積載していますから、上手いことやってください」


弥生は取り出したメモ帳を眺めながら言った。上手いことってどうしろと・・・


「雑だな・・・まぁ、ありがとう」

「では、私は戻りますね。あ、その前に・・・」

「?」

「これ、明日必要になるのでお渡ししておきますね」


そう言うと弥生はポケットから黒い機械を取り出した。


「なんだコレ?」

「艦の操縦に必要になるものです。詳細は明日説明しますから、とりあえず持っておいてください」

「そうか、分かった」

私は機械を受けとって上着のポケットに突っ込んだ。


「では、私はこれで失礼します」

「うん、お疲れ様」


内火艇に戻る彼女を見送り、私は再び艦橋を見上げる。


「またよろしく頼むぞ、大和」


ぐぅぅぅぅ・・・・


「腹、減ったなぁ・・・」


鳴りやまぬ腹を抑え、私は艦橋の根元の扉を開けた。


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艦内はあの時から時間が止まったかのように、何もかもがそのままだった。

違いを強いて言うなら、乗員が私を除いて誰も居ないことくらいだ。


厨房にあった食材で適当に夕食を済ませた後、私は長官室に入った。

ベッドに横になり、外を眺める。


「ん、ちょっと狭いな・・」


かつての日本人用に調整されたベッドは、身長が170センチを超えた私の体には少々小さかった。


「まぁ、釣り床よりかはマシか・・・」


他に替えも無いので我慢して寝ることにした、明日首を痛めないといいが・・・


窓からかすかに見える夜空を眺めながら、明日の事を考える。

明日はいよいよ出撃だ。入隊の翌日の早朝に操作説明を受けながら出撃とはかなりハードな気もするが、それだけ状況が悪いんだろう。



しかし・・・何だかこうしていると、申し訳なさがつのってくる。


私は今こうして第二の人生を歩んでいるが、この大和には私以外にも大勢の兵や士官が乗艦していたのだ。

だのに、今こうして私だけが生きている。他に生きるべきものは沢山いたはずなのに・・・

ああなるほかなかった、時代が生きることを許してくれなかったと。そう思うほかない現実が、なおさら私の心を抉った。



なればこそ、今度こそ私は守らねばならない。時代に殺されるような事は、二度とあってはならないのだから・・・



だんだん瞼が重くなってくる、疲れが溜まっていたようだ。

明日の朝も早い、早く寝ておくことに越したことは無いだろう。


私は睡魔に抗うことなく、そっと瞼を閉じた。

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