第4話 事の真相
「基地案内では無かったのか?」
「この要件が終わり次第、案内します」
数分後、私と弥生は港で初雪と別れ、先ほど見たビルの中を歩いていた。表札には「国防海軍呉艦隊統合司令部」と書いてある通り、ここは艦隊司令部らしい。
前は艦隊旗艦の艦内に設けられていたが、今は陸上にあるようだ。
・・・こんなに立派で巨大な建物、もし本土攻撃でも受けたら格好の的になりそうだが、大丈夫なんだろうか?目測で8階くらいあった気がする 。
まぁ、戦時末期の地下壕司令部よりは数千倍マシと言えるがね。
小綺麗なエレベーターで8階へと上がり、とある部屋の前で彼女は足を止めた。
弥生は3回ノックすると、静かに扉を開けた。
「失礼します」
「失礼する」
弥生に続いて私も扉をくぐる。
中は白を基調としていた他の部屋と異なり、赤い絨毯に立派な執筆机と椅子が備え付けられていた。
そして、その椅子の後ろには白髪交じりの中年の男が一人、堂々と立っていた。
「よくぞお越しくださいましたな、伊藤整一殿」
彼は私を見て笑顔で言った。
「私を、知っているのですか?」
「もちろんです!立ち話もなんですから、座ってください」
私は執筆机の前にあるソファに腰を下ろした。
「では、私は外で待ってますね」
「あぁ、終わったら呼ぶよ。ありがとうね」
弥生は一礼して扉を閉めた。
「どうぞ」
丁度私が座ったくらいのタイミングで、秘書らしき女が茶を出してきた。冷茶か・・・外が暑かったから丁度いいな。
「あ、あぁどうも・・・」
女は一礼すると、さっさと裏へ下がっていった。
「さっきのは軽空母鳳翔です。二線級の空母ですから、任務外の時はこうして私の秘書をしているんですよ」
「ほぉ、あれが鳳翔ねぇ・・随分いい女になったじゃないですか」
「いい女だからってあんまり大事にしすぎると、女房に怒られますがね」
「ハハハ!昔も今も、夫は女房の尻の下ですか」
二人は少し笑い合うと、男はさてと話を始めた。
「まずは、国防海軍統合司令部へようこそ。私はここで司令長官を務めている
「伊藤整一です、帝国海軍で第二艦隊司令長官を務めておりました。宜しくお願いします」
「さて、弥生君からはどこまで聞いていましたか」
「今の私が人型の機械であるということと、艦隊の指揮を執ってほしいということ、それと日本は『国でない何か』と戦争をしているという所までですかね」
彼はなるほど、と小さく頷いた。
「神田さん、一体日本は何と戦争しているのですか?」
彼はふぅと息を一つ吐くと、静かに話し始めた。
「人型艦船については、もうご覧になられましたか?」
「えぇ、特型の初雪と会いましたよ。技術の凄いですな、人間の女学生とてんで見分けがつきません」
「我々が戦っている相手は、あの人型艦船たちなのです」
彼の口から重々しく呟かれたその一言は、私の頭を混乱させた。
「・・・どういう事です?」
「あぁ、少し語弊がありました。我々の軍が保有している艦船たちが敵なのではではありません。敵となったのは暴走した艦船たちです」
「暴走・・・?」
私が小首を傾げると、彼は少しづつ事を話し始めた。
「2025年の事です。世界は新たな海防手段として、当時陸軍の分野で相当の注目を集めていた人型兵器『ヒューマノイド』を海軍に転用できないかと言う話が各国の海軍部から持ち上がりました、そうして生まれたのが、二次大戦期の軍艦をモデルとして建造された彼女たち人型艦船です。巨大な軍艦を人型のモジュールが単独で操作するというものは、有人艦が当たり前だった我々にとっては画期的なもので、その存在は海軍戦力の有りようを大きく変えました」
「多くて数千人の乗組員を総動員して動かしていた時代の我々にとっては、考えられない話ですな」
「えぇ、本当に。試験的に配備がされたときは大いに驚きました。なにせ人間の動かす艦よりも正確に動き、余程のことがない限りエラーも起こさず、おまけに疲れ知らずと来たものですから。当時は誰しもが考えました、この先人の動かす軍艦など無くなるのではないか、とね」
「夢のような話ですね」
「夢のままに、しておけばよかったのですがね・・・」
「・・・・」
彼は話を続ける。
「2030年、米国と英国主導の海防プロジェクトが設立されました。海の上に巨大な人工島を建造し、そこで人型艦船を主体とした戦力のほぼすべてを運用するというものでした。これが完成すれば、広域に渡る海上防衛を効率的に行うことが可能となる・・・各国は次々と建造を開始し、我が国も2040年に太平洋上と日本海にそれぞれ建造しました。そして各国はそれぞれの基地に艦隊を派遣し、艦隊の旗艦にはリーダーの立場を与え、島の管理を任せました。これで海防の新体制は完成した・・・筈だったのですが・・・」
「・・・暴走したのですね」
「はい、理由は不明ですが2043年に突如、世界中の人工島に配備された艦船たちが一斉に各国の有人艦隊に対し攻撃を開始したのです。我が国の本国艦隊も攻撃を受け、多大な被害を被りました。国は事態を収拾しようと必死になりましたが、何せ海軍戦力のほとんどを洋上の基地に置いていたものですから、空はともかく海上戦では戦線の維持すらまともにできない有様でした」
「人の管理を離れた兵器の危険性と言うものを、考慮はしなかったのですか?」
完全に自立した兵器など考えたことも無かったが、新しいものを導入するときは何事も慎重になるものだろう。それを主力化すると慣ればなおさらだ。
大艦巨砲と航空主兵の狭間を生きた私にとっては、嫌と言うほど身に染みた話だ。
「もちろん、導入にあたって議論はされました。しかし当時人員不足に悩んでいた当時の海軍首脳部は『無人で運用できる』というメリットに目がくらみ。一定数あった反対意見を押し切って導入を決定してしまったのです。お恥ずかしい話ですが」
「なるほど・・・」
大体話は見えた。帝国海軍の様に過去に固執しすぎるのもよろしくないが、新しい物に即座に飛びつくのも、こういうのを聞くといささか考えものだな。
「で、要は私にその尻拭いをしろと言うのですな?」
私がそう言い放つと、神田は申し訳なさそうな顔をして言った。
「言ってしまえば、そういう話になります。事件の前は旗艦を担当している艦に指揮をさせていたので良かったのですが、無人前提で人事異動をしてしまったせいで今はまともに前線で指揮を執れる者がいなくなってしまったのです」
「なるほど・・・」
普通に考えれば勝手な話だ。自分たちの采配で起こした問題を、過去の人間である私に解決させようというのだから。
「誠に勝手な話であることは重々承知しています、しかしこれ以外に指揮できる人材を確保する手段も無かったのです」
「一つお聞きしたいが、宜しいですか?」
「なんでしょう?」
「日本は、この国はあの大戦後、どこかの国と戦争をしていませんか?平和を愛する国になりましたか?」
私がこんなことを聞いたのは他でもない。
私が死ぬ前に祈った事――「平和を愛する海軍に身を捧げる」という願望を、叶えられる海軍になったかどうか。それが私にとっては一番の問題だ。
「はい、曲がりなりにも我が国は、かの大戦後一度も他国との戦争はしておりません。人型艦船たちとの戦闘が始まるまでは戦死者も出していませんでした。それが、我が国の誇りです」
「そうですか・・・」
「非常に勝手な話であるとは承知しています。しかし、それでもあえてお願いします。我が国を護るためにもう一度、力を貸してくれませんか」
神田は深々と頭を下げた。無論、返答は決まっている。
「顔を上げてください神田さん。日本の為とあらばこの伊藤整一、精一杯尽させていただきましょう」
「そうですか・・!ありがとうございます」
私の新たな人生は、この瞬間から始まったといっても過言では無かった。
組織が変わり、戦う相手が変わっても、私のやるべきことは変らない。前世では全うできなかった国防の務めを、今度こそ果たして見せる――
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