第3話 海軍基地散歩

「では改めて基地の方をご案内しますので、付いてきてください」


前世とは全く持っての別人と化して混乱する私をよそに、弥生は基地案内を決行しようとしていた。

まぁこの調子ではいつまでも話が進まないので、気になることはまだ山のようにあるが、今はこのまま案内してもらうとしよう。


人型の駆逐艦、初雪も私の後ろをついてくる。歩く仕草も実に自然だ、人間と全く遜色無い。本当に機械なのだろうか?一度解剖とか・・・


いやいや、流石に無い。なんということを考えてるんだ私は。



長い廊下をしばらく歩く。途中何人かとすれ違ったが誰も私や初雪に驚くことは無かった。普通にすれ違いざまに会釈をして何事もなかったように去っていく、やはりこういった存在がいるのは普通のことらしい。


「ん?」


廊下の途中にあった窓から見えた滑走路に、随分と懐かしい物が見えた。

「これは・・・零戦か?」


緑のシャープな機体に、翼と胴体に大きく描かれた日の丸、間違いなく零戦だ。尾翼に書かれた番号を見るに、これはどうやら空母飛龍の搭載機になるらしい。


飛龍と言うことは、山口多聞殿もおられるのだろうか。「飯が少ない!」とか言ってないといいけど。


「あそこは艦載機の無人操作モジュールの試験場ですね。今伊藤さんが見ている零戦のコックピット部分に四角い機械が乗っていると思います。あれが自動操縦用モジュールの新型らしいです」


確かに零戦の本来人が乗る筈のスペースには、見慣れない黒い機械が取り付けられていた。


「じゃあ、あれは無人機なのか?時代も変わったなぁ」


艦爆や艦攻も無人なのだろうか、それを何十機と一気に動かすのだから、操作する側の労力はとんでもないことになりそうだが・・・まぁ、何とかなるんだろう。


「空母や戦艦に搭載されているレシプロエンジンの艦載機は全て無人機です。もっとも、国土の防空を担う本土配備の戦闘機はほとんど有人ですけどね」


無人機技術が確立しても、人間のパイロットはやはり必要だということか。


「艦載機見学も良いですけど、そろそろ行きますよ」

無人機だという零戦を横目に、私と弥生は再び長い廊下を歩きだす。


それとなく窓の外を再び眺めると、人を乗せない新時代の銀翼は今まさに、エンジンの音を響かせて大空へと飛び立っていった。



--------------------------------------------------



廊下を抜け階段を降りて目の前の扉をくぐると、既にそこは屋外だった。


中だけでこれだけの事があったのだから外の世界はどうだろうと思ったが、格別のことは無い。

海岸沿いには造船所や軍関連のものと思われる施設が立ち並んで随分と様変わりしていたが、海に浮いているものはあの頃と大して変わらない。皆懐かしい軍艦たちだ。


私の出てきた建物の表札には、旭日の旗と共に立派な字で「日本国国防海軍呉技術研究所」と書かれていた。国防海軍の名は聞きなれないが、恐らく帝国海軍と同じような軍組織なのだろう。


しかし呉も随分寂しくなった。海岸線に沿って設置されている岸壁には駆逐艦と巡洋艦がいくらか停泊しているに過ぎず、湾内はがらんとしていた。

ほとんど出払っているのか、それとも単に艦が少ないだけか?


「ここは本当に呉なのか?やたら軍艦が少ないが・・・」

「今は殆ど前線の基地に出払っていますのでこんな感じですけど、ホントはもっといますよ。そのうち見れると思います」

「その、さっきから言っている『前線』と言うのは何なんだ?日本はまたどこかと戦争しているのか?」


だとすれば一大事だ、こんな悠長にはしていられない。


「ええまぁ、戦争と言えば戦争ですね。と言っても国同士の戦いではありませんが」


私は半分冗談で言ったのだが、この女サラッととんでもないことを言いやがった。


「で、では、何と戦っているんだ?」


国同士の争いでなければ何と争っているというのか。どこかの星の宇宙人とかか?

「その辺は後々詳しくわかりますよ、とりあえず今は付いてきて下さい」


そう言ってまた彼女は歩き出す、謎は更に深まるばかりである。

彼女の目指すその先にはやたら巨大な白いビルが建っていた。


「あれ?おーい初雪ー」


後ろを付いてきていた初雪は、ビルに向かおうとしていた私と弥生と反対の方向へ歩き出していた。呼び止めようとするが、応答は無い。


「彼女はあれで良いんです、これから定期哨戒に出ますから」

「そうなのか・・・」


哨戒任務に出るという初雪の奥には、煙突から黒煙をごうごうと上げる『軍艦の初雪』が停泊していた。


周りに停泊していた数隻の駆逐艦たちも初雪と共に哨戒に出るのか、少しずつ動き始める。


そうこうしないうちに艦は速度を上げ始める。白波を蹴立てて征く初雪の姿は、かつての帝国海軍を思い出すような頼もしさがあった。


「では、私たちも行きましょうか」

「うむ」


出航した初雪を見送った私と弥生は、踵を返して謎の巨大ビルへと足を向けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る