第2話 スローライフじゃないの?

 僕の視線は、猫耳に釘付けになった。


「どうしたの? あぁ。私のこと、分からない?」


 そう言うと、女の子は後ろに宙返りをした。すると金色の煙が一気に広がって、僕まで煙に包まれる。


「うわぁ! なんだ?」


 僕は金色の煙を、手で払う。すると、目の前には白いネコが、ちょこんと座っていて、金色の瞳が僕を見上げている。


「えぇ? ララ?」


 ララは「にゃーん」と返事をするように鳴くと、前に宙返りをした。また金色の煙が発生して、何も見えなくなり、煙がなくなると、女の子が現れる。


「これで分かったでしょう? 私は、白猫のララよ」


 金色の目をした獣人の女の子は微笑ほほえんだ。


 たしかに今、ララが獣人の女の子になったのは、目の前で見た。でも、一度に色んなことが起こって、理解が追いつかない。考えようとすればするほど、頭の中が真っ白になって行く。僕は言葉もなく、呆然ぼうぜんと立ちくしていた。


 すると、そんな僕を置いて、ララはスタスタと赤いカーペットの上を歩いて行く。


「えっ? ちょ、ちょっと待って!」


 僕は必死にララを追いかける。突然、どこかも分からない場所にきて、今頼れるのは、ララだけだ。


 そして、赤いカーペットの真ん中辺りまで進むと、玉座の上にあった薄いグレーのかたまりが、むくりと動いた。動いたってことは、生き物なのか。


「国王様。人間を連れて参りました」


 ララが言うと、もふもふしたものはくるりと回り、肉球がある手足が生えた。玉座の上には、薄いグレーの毛がふわふわとれ、椅子に足を投げ出して座ると、それは猫だった。大きな青い目が、僕を見つめる。


 王冠をかぶっているということは、王様なんだろうか。ただの、まるまると太った猫なんですけど。


「よく来たな、人間の子供よ」


 しゃべった! ララは獣人の姿になると、言葉をしゃべれるみたいだけど、猫が普通にしゃべってる。


「私はこの国の王、セルギである」


 やっぱり王様なんだ……。猫なのに。いや、それよりも、どうして僕はここにいるんだろう。ララと王様の間では、話がついているみたいだけど、訳が分からない。


 もしかして、漫画で読んだ異世界ってやつ? もふもふとスローライフ系の漫画、好きなんだよなぁ。ララや王様の他にも、しゃべる猫っているのかな。会ってみたいな。


 でもその前に、状況を説明してほしい。聞いたら答えてくれるかな……。


「あのぉ……僕はなぜ、ここにいるんでしょうか」


 おそるおそる声を出すと、セルギ国王は、じっと僕の目を見た。


 なんだ? やっぱり、聞いてはいけなかったのだろうか。


 するとセルギ国王が、目をカッと見開いた。大きな青い目が飛び出しそうだ。


「お主には、ララと一緒に世界をめぐり、この国を救って欲しいのだ!」


 ……はい?


 もふもふとスローライフじゃないの? なんか、すごい大変そうなこと言ってきた!


「無理です! 僕はただの中学生なんです。学校もあるし、そんな国を救うとか、できません」


「なぜだ、何が気に入らないのだ!」


 何がって、全部だよ? どうやら勝手に連れてこられたみたいだし、どうせ漫画で読んだ世界みたいに、命懸けで剣で斬り合ったり、ドラゴンに火を吹かれたりするに決まってる。


 帰宅部で毎日ゲームばかりしていた僕に、国を救うとか、そんなことができるわけないだろ。冗談じゃない!


 僕は少しずつ後ずさりするが、セルギ国王は玉座から下りて、どんどん近付いて来る。猫の姿なのに、2足歩行。両手をこちらに伸ばしているのが、なんか怖い!


「大丈夫よ。ユウリなら、必ず成しげられるわ」


 ララが横から僕の手を取り、にっこりと笑った。


 あぁ、ララは獣人の姿になっても、可愛いな。猫耳さわりたい。ふさふさの尻尾が後ろでれてる。あれに抱きつきたい!


 じゃなくて! いやいや、無理だよ。


「僕なんかじゃなくて、もっと強い人にお願いして下さい! 何かの大会で優勝したマッチョな人とか、どこかの世界から、勇者を召喚するとか!」


 僕が言うと、セルギ国王がピタリと足を止めた。


「国を救ってくれたあかつきには、いくらでも褒美ほうびを出すぞ」


 ニヤリと笑った顔は、もう王様じゃなくて、完全に極悪人の顔だ。


「そういう問題じゃないんです! 僕は本当に普通の中学生で、剣も使えないし、ドラゴンと戦ったりなんて、できません!」


 僕が叫ぶと、セルギ国王とララは、ポカンとした顔をした。そして次の瞬間、2人は顔を見合わせて「ぷっ」と吹き出す。


 あ。なんか、イラっとした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る