第12話 おじさんに向けられる矢印がいっぱい

『お兄様、今、どこにいらっしゃいますか? まだ、タナゴロですか? 私は、今、ジョワにいます』

「げ」


 妹が、こちらに向かっている。


 その事実を伝言の魔導具で知ったガナーシャは顔を顰める。

 出来ればガナーシャは妹につかまりたくはない。

 捕まればきっと家を継ぐ話をされるだろう。それだけならまだマシでリア達にガナーシャの事が色々知られてしまう可能性がある。妹であるサーシャはとにかくガナーシャの事を話したがるのだ。だから、出来ればタナゴロから離れたい。

 だが、パーティーはこのタナゴロで、現役で評価上位三組に入るまではしっかりやっていくという目標を持っている。

 タナゴロは、多種多様なダンジョンがある為に、統一性がなく面倒で、その上、あまりランクの高い魔物は現れないので貢献度や評価が上がりにくいため、ある程度旅の資金を溜めたらすぐ次の大きな街へと向かうものが多い。

 だが、それだけに身に付く技術・知識が多い為にリア達パーティーはここで評価と実力を上げてからより魔物やダンジョンの凶悪なところへ向かうと決めていた。

 勿論、ガナーシャの思惑であり、アシナガとしてアドバイスしたものだった。


『リアへ 最初に【ニノーデ】【ボウエル】【タナゴロ】のどれかでしっかりと実力をつけるのが良いと思うよ アシナガ』


 アシナガとして、『ニノーデ』『ボウエル』『タナゴロ』の三つを候補として挙げた。

 国境に近くモンスターが多種存在する『ニノーデ』、王都隣にあるダンジョン数最多の『ボウエル』、そして、海が近くダンジョンの種類が豊富な『タナゴロ』。

 どれもダンジョンの数が多く、冒険者のいろはを学ぶには丁度いい。

 リア達の孤児院のある【トリス】から王都へ。そして、そのまま国境へ向かえるニノーデかボウエルを選ぶだろうとは思ったが、彼女たち自身が選ぶことが重要だと選択肢を持たせた。

が……何故かリア達はタナゴロの方に戻ってきたのだ。

 それとなく理由を聞いてみたが、


「勘」


 と言われ、ガナーシャは「お、おお……」としか言えず、さらに、


「なんとなく一番アシナガ様に近づける気がしたから」


 と言われ、ガナーシャはそれ以上何も言えなくなった。

 恐るべきはそれにより物理的にも近づけたリアの運だが、よくも悪くも出会う事も出来たのだから、これは神の采配、彼女たちの運命と考えるべきなのだろう。

 なので、三人が目標を達成するまでか、もしくは、いらないと追い出されるまでは彼女たちの力になろうと考えていた。


 なので、自分の都合でここを離れるつもりはない。

 例え、サーシャがやってきて、なんだかおなかがちょっとじくじくしているとしても。


「まあ、状況を見つつかな。いくつか対策だけは準備しておくか……」


 そう言ってガナーシャは鞄の中から三つほど伝言魔導具を取り出し、メッセージを打ち込む。


「ガナーシャいる!? いくわよ!」


 リアの元気な声が聞こえ、ガナーシャはふっと笑い、足に力を入れ立ち上がる。


「よし、行くとしようか。よっこいしょ……!! ああ、足が痛い……いやな予感がするなあ」


 ガナーシャはぼやきながら部屋を出ると、ご機嫌なリアが出迎えてくれた。

 だが、それは一瞬だった。


「ガナーシャさんっ! 来てくれたんですねっ!」


 相変わらず冒険者ギルド職員であるアキの顔が近い。

 そして、それに困るガナーシャの顔を見て、リアの頬は膨らみ、眉間に皺を寄せる。


 リアは元々男性に対する拒否感が強く、特に性的な目で見られるのが自他関係なく好きではない。ガナーシャも勿論そのことは分かっているのだが、分かっていないのは冒険者ギルドで巨乳美人でファンも多いアキだ。

 今日も書類を丁寧に書き始めたガナーシャの頬をぷにと突き、


「あ、あの、アキさん? 何か?」

「ふふふ、なーんでもないですよ」


 楽しそうに笑う。そして、冒険者ギルド内の殺気は高まり、男たちは殺意の笑みを浮かべている。

 冒険者ギルドでの手続きは、依頼書を見つけ、サインを書けば終わるのでこのタナゴロでも簡易手続きで済ませる冒険者がほとんどだった。

 だが、ガナーシャが丁寧に記入と情報確認を行っている間アキがちょっかいをかけるのを見て、ちゃんとした手続きをし、情報を求める者が増えた。それによりタナゴロの依頼達成率は格段に上がっているのだが、それを理解しているのは冒険者ギルドの職員ばかり。

 どんどんとガナーシャの評価が上がり続けていることを本人さえも知らない。ただただ、冒険者ギルドの職員の特別待遇に怯えるばかりだった。


「あ、ガナーシャさん、寝癖が……」


 ガナーシャが慌てて手を伸ばすと、すでにそこにはアキの手があり、


「あっ……」


 重ねてしまったアキの手は柔らかく、本当に自分と同じ人間の手なのかとガナーシャが疑問に思うほどで固まってしまう。


「何をじーっと手を重ねて固まってらっしゃるのですか?」


 いつの間にか傍にいたニナが笑っている。だが、笑っていない。

 ガナーシャは何とも言えないニナの迫力に、思わず手をそのまま後ろに回し頭を掻く。

 アキも触ることはあっても触られるのに慣れていないのか、いや、正確にはガナーシャに触られることに対して顔を真っ赤にして慌てて手を引っ込め、そして、逆の手でそっと包み込む。


「え、えーと、じゃあ、この依頼を受けようと思うけどいいかな、みんな?」

「ええ、とっとと行きましょう」

「そ、そうだそうだ! ちんたらしてんじゃねえぞ! おっさん!」


 ニナは時が止まったかのような微動だにしない微笑みのままゆっくりと頷き、ケンは顔を真っ赤にし眉間に思い切りしわを寄せ叫び、ガナーシャに背を向けていたリアは無言で頷く。


「えーと、リア。持ち物は」

「触らないで」


 そう言って振り返った彼女は、ぱんぱんにほっぺたを膨らませていた。

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