第13話 おじさんに届くメッセージはいっぱい
アキと手が重なってしまい慌てて離れたガナーシャを見るリアのほっぺたは何故か膨らんでいて、ガナーシャは首を傾げる。
「リ、リア?」
「は……! あ、あの! 違うのよ! その! あんまデレデレすると、向こうに気持ち悪いと思われるかもしれないから気をつけなきゃだめよ! そう! それをリーダーとして怒ってるの! リーダーとして! わかった!? わかったらいいの!」
とても早口だった。ので、ガナーシャはその勢いにおされただただ頷いた。
「あ、うん……気を付け、ますね。それで買い足しとかはしなくて大丈夫?」
「あ、え、あ、だ、だだだ大丈夫よ! さ、行くわよ!」
その様子にガナーシャはより首をかしげていたが、それ以上に心の中で首をかしげていたのがリアだった。
(なんでなんでなんで!? 別にいいじゃない! 手を重ねるくらい! そりゃ物語とかで手を重ねあってどきっとし合う素敵な場面とかあるけど! 別に、そういうんじゃないでしょ! あの二人は! っていうか!!!! なんで!? そこをあたしが気にしてるのよ! あたし、ばかあ!?)
ある意味リアのその感情と感覚は合っているのだが、ガナーシャとアシナガがまだリアの中で一致してない以上事実と理屈が存在しないために、リアはただただ自分の中で沸き起こる謎の嫉妬の感情にただただ振り回されていた。
だが、
「ケン、そっちに行ったわよ!」
「おう!」
ダンジョンに入れば人が変わったようにリアは素早く周りに指示を出しながら、魔法を駆使し見事に立ち回る。
三人の中で最も知識を持つリアは、本の虫だった。
孤児支援を受けるまでは、読み書きはほとんど出来なかったが、支援者アシナガへのメッセージで文字を覚えて以降、リアは手当たり次第に本を読み漁った。そして、そのことを知ったアシナガ、ガナーシャは、かわいいわが子に本を買い与えるように可能な限り本を送り続け、リアは与えられたその全てを味わい尽くし自分の血肉に変える。
そして、得た知識がリアを英雄候補と呼ばれるまでの魔法と知識の持ち主にのし上げた。
その凄さを当然ケンとニナも認めており、リアの指示にはよほどのことがなければ逆らわない。
そんな熟練冒険者顔負けの知識を持つリアにとってガナーシャは不思議な存在だった。
『リアさん、ケンの歩き方が一定ではないので、ちょっと休みませんか』
『ああ、これはですね。薬草を蒸したもので、足に貼っておくとちょっとだけ疲れがとれやすくなるんです』
『この糞があるということはモンスターはこの辺には来ないようです。多分、あの木の匂いをいやがるからでしょう』
その知識は本には書かれていないような事ばかりで、本に書いても目を引かないようなちょっとした事だった。だが、
『【ビュコ】の村で言われてたもので『緑猿はグエグエ鳴いて嵐を呼ぶ』というのがあるんですが、正確には風が強くなって天敵である鳥系モンスターが出てこなくなるから緑猿が沢山出てきて鳴き声が良く聞こえるようになるんです。なので、風が強い日この辺りでは、上空よりも樹上に注意した方がいいんですよ』
ガナーシャが話すものは自身の経験からきた生きた話でリアの心をわくわくさせた。
その一方で、
(は! アタシったら何おじさんの話に聞き入ってるのよ! こんなおじさんよりアシナガ様の方がステキでしょ! ああ、ごめんなさい! アシナガ様~!)
そして、またアシナガへの懺悔の言葉を送る。
そして、またアシナガへの懺悔の言葉が届く。
ガナーシャの元に。
『アシナガ様、心揺らいだリアを叱って下さい』
(う、うう~ん。えーと、うう~ん……)
アシナガとしても、ガナーシャとしても、返事に困り、ただただ、
『リアはまだ若いんだからいっぱい色んな経験をするといいよ。そうだね、色んな人に目を向けてもいいかもしれないね』
そう返した。
すると、
『色んな人を見れば見る程アシナガ様の素晴らしさに気付かされますね!』
こう返ってきた。
そして、
『そっか。ありがとう』
ガナーシャは考えることをやめた。
このあと、そっけない返事をしたせいで長文の謎の謝罪文が送られてきて焦ることになるのだが、とにかく、リアはアシナガ関連だけは馬鹿になる。
それ以外は、
「ガナーシャ! 〈暗闇〉でケンの援護を! 鎌蠍には効きやすいのよね!?」
「はい! では、援護します! ニナのフォローをお願いします」
「勿論よ!」
パーティーの司令塔として抜群の活躍を見せる。
「ニナ! 大丈夫」
「ええ、ありがとう。こちらは粗方片付いたから。ふふ」
「なに? 〈火球〉!」
「いえいえ、ガナーシャさんとの相性抜群だなーって。〈光矢〉」
「なあ!? か、〈火球〉!!」
ニナの悪戯っぽい声に火球並みに顔を赤くしたリアが焦る。
「だって、二人とも息ぴったりでカバーしあうんだもの。妬けちゃうわ」
「そ、そんな! ち、違うわよ! ニ、ニナの方が大事よ!」
その言葉に目を丸くしたニナから少し離れながらリアは敵を殲滅し始める。
(だ、誰があんなおじさんと相性抜群なのよ! いや、でも、おじさんは強くはないけど、戦い方をしっかり理解しているし、こっちの考えも汲んでくれるからやりやすくはあるけど、その、息ピッタリとかじゃないでしょ!)
「〈火球〉! 〈火球〉! 〈火球〉!!!」
焦りを含んだリアの略式詠唱で放たれた火球がモンスターをどんどんと倒していく。
実際、リアに戦い方の基礎や効率的なやり方を教えたのはアシナガであるガナーシャだ。伝言の魔導具を使って文字で教えられることは出来るだけ教えた。
なので、『アシナガ式』とも言える教科書通りではない戦い方でリアと最も息が合うのはガナーシャで間違いはない。そして、その結果。
「ふう、無傷での勝利ですね。リアさん」
「そそそそそうね! べ、別にこれくらい誰と組んでも出来るかもしれないけどね!」
無駄のない圧倒的な勝利を手に入れるのだった。
「おい、リア。まあいいけどよ、おっさんあんま前に出させるなよ。おっさんよえーんだから」
「まあまあ、ケンが守ってくれてるし大丈夫でしょ。ケン、騎士みたいでかっこよかったよ」
「ぼっ……! ぼーっとすんなよ! おっさん! おだてても次守ってやれるかわかんねえぞ、ばかやろー!」
「あ、うん」
(『僕が騎士みたい!? でも、危ないからね。気をつけるんだよ』とか言いたかったんだろうけど、まあ、余計な事は言わないでおこう)
ガナーシャは照れて背を向けるケンは置いといて、リアの方に向き直る。
「リアさん、休憩にしましょうか」
「そ、そうね! ちょっと落ち着くわ」
そう言って森のひらけた場所で休憩を取ることになりリアが指示を出す。
ある程度の確認を終えると、それぞれがそれぞれの方法で休憩を取り始める。ガナーシャは腰を下ろし足をさすり続ける。ケンは型を確認しながら呼吸を整える。ニナは祈りを捧げたり、みんなに声を掛ける。リアは、瞑想をする前に伝言の魔導具を触る。
そして、
ちかちか
鞄の中のガナーシャの伝言の魔導具が輝き、大量の伝言がガナーシャに届く。
狂信に近いリアはアシナガへの信仰を見せることで精神集中を行う。それについてはガナーシャも理解しているので以前『迷惑だったらやめます』と言われたが、目に見えて動きが悪くなったので続けさせるようにした。
(まあ、子供の頃は憧れや感謝を混同しがちだろうし。本当に好きな人を見つければ落ち着くだ、ろ……!)
その時だった。
「グゲエエエエ!」
一匹のモンスターがリア達の休憩していた場所に飛び込んできた。
急襲は避けられる位置取りを全員していたのですぐに身構え態勢を整える。
ガナーシャ以外は。ガナーシャは足のせいか座り込んだままモンスターを睨みつける。
「手負いの蜥蜴蛙!?」
リアは一目見てモンスターの名前を叫ぶ。
蛙と蜥蜴を足して二で割ったような姿で尻尾の膨らみが大きなモンスターである蜥蜴蛙だった。
蜥蜴蛙は、そこまで強い魔物ではない。だが、追い詰められると大きな魔力袋のあるしっぽを切り外し、暴れまわるのだ。その速さはタナゴロ周辺にいる魔物の中ではトップクラスに早い。
「に、逃げてください!」
蜥蜴蛙に遅れてパーティーらしき男たちが飛び込んでくる。
どうやら、あのパーティーと戦闘をして逃げてきたようで、しっぽは既にとれており真っ赤に変色している。
最後に巻き添えにするつもりで魔力を燃やし真っ赤になった蜥蜴蛙は一番近くに居たリアに狙いを定めようとぐぐぐと身体を折り曲げる。だが、
(〈潤滑〉〈暗闇〉〈弱化〉)
座り込んだままのガナーシャがとんとんとんと指を動かし黒魔法が蜥蜴蛙の身体に纏わりつく。
右前脚が僅かに滑り視界に一瞬の靄、そして、左後ろ脚がほんの少しだけ力が抜けて、蜥蜴蛙は不格好な状態でリアへと飛び込んでいく。
当然、スピードは落ちているとはいえ、普通の詠唱魔法では今から練っても間に合わない。
リアが身構えた瞬間、ばさりと森の中を突っ切ってきたのか擦り傷だらけの緑髪の青年が飛び込んでくる。
「……と共に吹き抜ける風よ! 我が刃となりて、敵を撃て!」
緑髪の青年が詠唱を完了させ、リアに迫る蜥蜴蛙に向けて魔法を放とうとしたその時、
「大火球」
「「「へ?」」」
リアの放った略式詠唱の大火球が蜥蜴蛙に命中し、蜥蜴蛙は真っ黒な炭に変わる。
「蜥蜴蛙は尻尾を切ると無規則に暴れまわり厄介ですが、こんな開けた場所で態勢を崩したものであれば、アタシの敵じゃありません」
「す、すごい……!」
あっけにとられていた冒険者達だったが、緑髪の青年は、はっと気づくと、リアの元へ駆け、跪いた。
「あの! 貴方は、英雄候補のリアさん、ですよね?」
「え? ええ……そういう貴方は?」
リアはいきなりの行動に身を縮こまらせ、跪いた男の方を見る。
「リアさん、以前から美しい貴方の姿を目で追っていたのですが、今日改めて、貴方の今の素晴らしい魔法、そして、戦う姿に、美しいその姿に感動、そして、心奪われてしまいました……! どうか私の愛を受け入れていただけませんか?」
いきなりの求愛に、ケンも口を大きく開き、ニナは両手で口を隠し、ガナーシャはワンテンポ遅く声を漏らす。
「え?」
緑髪の青年の仲間もぽかーんと仲間を見て、そして、視線をその求愛の相手、リアへと向ける。
そして、ガナーシャは、気づいた。
(場合によっては、リアに恋愛というものを教えるチャンスでは……)
「お断りします」
(……なかったかあ)
ガナーシャの思考を遮るようなそのリアの言葉にガナーシャは頭を掻く。
「アタシには心に決めた人がいるので」
すっぱり切り捨てるリアを見て、そして、その心に決めた人に心当たりがありすぎてガナーシャは、痛むおなかを抑えた。そして、ちらりと鞄の中の伝言の魔導具に目をやる。
『アシナガ様、リアはアシナガ様一筋です』
『この後もアシナガ様の支援孤児として頑張ります』
『がんばったら、出来れば、また褒めて下さると嬉しいです』
『あ、もちろん、しかってくださっても構いません』
『それはそれで嬉しいと言うか』
『とにかく……愛しています。アシナガ様』
腹を撫でる手が、先ほどアキと重なってしまった手が、それさえもなんだか、ちかちか光る伝言の魔導具の言葉によってちくちくしてる気がしてガナーシャはただただ苦笑いを浮かべていた。
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