第10話 おじさんは色んな意味で胸が痛い
『アシナガ様……』『アシナガ様……』『アシナガ様……』『アシナガ様……』『アシナガ様……』『アシナガ様……』『アシナガ様……』『アシナガ様……』『アシナガ様……』『アシナガ様……』『アシナガ様……』『アシナガ様……』
ガナーシャはリアからの大量の〈伝言〉を見ながら苦笑いを浮かべる。
噂のアシナガは、ガナーシャの事。支援者名として付けた名、それがアシナガだった。リア達がアシナガと呼び慕う支援者の正体は、ガナーシャ。
ただ、ガナーシャ自身はこの状況に対し心苦しく思っていた。
「そもそもこうなったのもあぶく銭を使うためなだけだったのになああ」
昔、ガナーシャは、様々な偶然が重なり莫大な財産を手に入れてしまい、その使い道に困っていた。
そもそもこれは自分が持つべき金ではないと考え、金の扱いがうまい商人の友人に相談した。すると、友人はこんな提案をしてきた。
『ガナーシャ、孤児院に寄付したらどうだ?』
孤児院への寄付。それは彼にしては平凡な答えだったが続きがあった。
『今な、孤児への投資が貴族の間で流行っていてな』
友人曰く、とある冒険者が孤児出身で有名になったことで孤児の中にも才能が眠っている者たちがまだまだいるのではないかと考えられ、投資し始めた貴族が何人かいるらしいのだ。それによって、孤児達も自分に能力があれば投資してもらえると理解し努力をし始めたので、国自体がそれを推奨していたのだ。
そして、ガナーシャにとって心揺さぶったのはその制度での小さなメリットだ。
『文字が読み書き出来るようになったら最低月に一度、伝言が送られてくる』
これは、ガナーシャのようなおっさんにとっては非常に魅力的な話だった。
おっさんはさびしい。
独り身の男冒険者なんてとてつもなく孤独だ。
それを酒や風俗で満たそうとする者はそれなりにいたが、ガナーシャは臆病風に吹かれ溺れることはなかった。だが、さみしさはある。
そんな中で子供たちが自分に向けて手紙を送ってくれる。そのメッセージのやり取りはひと時の潤いとなるに違いなかった。
しかも、相手が投資してくれる人間であるため、好意的な内容やほめたたえるようなものが多いらしく、例として聞いたものもそれだけでガナーシャをにやつかせた。
そして、ガナーシャは友人を通じて、孤児投資を行い、数年後から毎月送られてくる彼らの伝言を楽しみにしていた。
そして、そのメッセージは、夢と希望と幸せに溢れていて、
『アシナガさん、おかねいつもありがとう』
『アシナガさん、ごはんありがとう! がんばります!』
『アシナガさん、アドバイスありがとうございます! 上手にできました!』
『アシナガさん、庭のお花が咲きました。とっても綺麗でお見せしたいです』
『アシナガさん、遂に旅立ちます。どきどきとわくわくが止まりません』
『アシナガさん、街の人に感謝されました。貴方のお陰です』
それだけでアシナガを、ガナーシャを幸せにしてくれていた。
のだが、
「まさか、出会ってしまうとはなあ」
ガナーシャからすれば、伝言だけで十分だった。
だが、ガナーシャは強さの才能がなくても経験と勘が備わっており、それは孤児の才能をも見抜いてしまった。
リア達もめきめきと頭角を現し、英雄候補と呼ばれるようになったと伝言で教えられた。
そこまではガナーシャも嬉しく、そして、誇りに思っていたのだが、まさか、出会って同じパーティーに入るとは思っていなかった。
ガナーシャは、自身の職業が黒魔法使いであることから、黒魔法使いの有用性をリアたちに説いていた。そのせいというべきかおかげというべきか、リア達は、自分たちのパーティーに入ってくれる黒魔法使いを探していた。
そして、漸く見つかったのが、ガナーシャだったのだ。
ガナーシャも最初は迷っていた。
名乗り出るべきではないかと。
だが、偶然聞いたリアの一言。
『アシナガ様は、きっとあたしたち孤児でも分け隔てなく接してくださる優しい身長も高くて筋肉も凄くて男前なお方に違いないわ』
やめた。いうのをやめた。
荷が重すぎると。
それに、別に教えなくてもいいとそのうち考えるようになった。
扱いははたから見ればよくなかったかもしれないが、ガナーシャは全てを知っていたので気にならなかった。例えば、リアは、
「ちょっと! 出来ないおじさんは出ていけば!?」
などと言うが、伝言では、
『またうまく伝えることが出来ませんでした。どうにも年上の男性には構えてしまって。リアはただ、これ以上危険な目に合わないうちにやめた方がいいんじゃないかと言いたいだけなんですが……リアはダメな子です。ダメな子でごめんなさい、アシナガ様』
と本心を明かしてくれる。そして、
『リアへ。きっとそのおじさんにもリアの気持ちは伝わってるんじゃないかな。仮に伝わってなかったとしたらただ気にしてないだけではないかと思うよ。だから、リアはそのままのリアで頑張ればいいと思う。ただ、忙しいだろうから無理はしなくていいからね。伝言とかも月一度で大丈夫だからね』
『ありがとうございます……アシナガ様にそう言ってもらえて頑張れる気がしてきました! そうですね、気にしすぎないようにはしようと思います。伝言の件ですが気にしないでください! 私が好きでアシナガ様に送っているだけなので。ですが、もしおいやなのであれば、控えますので』
『うん、大丈夫だよ。リアのやりたいようにやって大丈夫』
と、少なくとも伝言の頻度や内容以外の、ガナーシャ本人に対する行動はある程度コントロールできるので気にはしていなかった。伝言の頻度や内容以外は。
ケンも同じように、
「おい! おっさん! 死にてえのかって聞いてんだよ! ぼっ……けえええええ!」
『ぼくはだめにんげんです。きしになりたいのにぜんぜんことばづかいがうまくなりません。三人のなかで一番へただし、ことばがでてきません。きょうもおっさんにびびってしまいました。びびるとことばがでてこないし、ぼくっていうのがはずかしいし、ぼくはだめにんげんです。せかいさいきょうのアシナガししょうの弟子としてはずかしいです。ぼくはごみかすくそむしやろうです』
『ケンへ 努力している事実が素晴らしいよ。努力は全て結果に繋がるわけではないけれど、自信には繋がるはず。私も、それを信じて日々頑張っている。だから、諦めないで頑張ろう。あと、ゴミカスクソ虫野郎はとっても悪い言葉だから使わないようにしようね』
『アシナガししょう はい! どりょくはだいじ! ぼくはくそやろうだけどがんばります!』
環境のせいもあり言葉遣いが汚いのとコミュニケーションが下手すぎるだけでアシナガへの伝言で言いたいことは伝わっていた。
そして、ニナに至っては、
「アシナガ様……じゃなかった。今はガナーシャさんと呼んだ方がいいですね」
「ニナ、勘弁してくれよ……」
ノックをしながら部屋に入るなり、にこにこ笑顔のニナはそんなことを言う。
あれだけの激闘の後なのにニナは大分余裕そうだなとガナーシャは苦笑いを浮かべる。
ニナはすぐにガナーシャの正体に気づいていた。
他二人がアシナガさんを変に美化させすぎなのだと笑いながら、ニナはこっそりガナーシャに、アシナガはあなたではないかと聞いてきた。
夢見がちな二人の夢を壊すまいと黙っているようにニナに頼むとニナは条件を出してきた。
その条件とは、『ニナのいう事を聞くこと』。
大きなものは『相談なくパーティーを抜けないこと』だけ。あとは、買い物の荷物係や時折やらされる、今もやらされている髪の毛のブラッシングとかなので、ガナーシャにとっては大した条件ではなかった。
それに、伝言を貰い成長を見守り続けた彼女達に情も移っている。
だから、彼女たちを支えられることはガナーシャにとっても嬉しいことだった。
ガナーシャは、美しい銀色の髪の毛を梳かされ気持ちよさそうにしているニナに向かってぼそりと話しかける。
「ところでさ、ニナ。その、リアの重い感じと、ケンのネガティブさというか謙虚さってなんとか」
「なりませんねえ。そうだ、アシナガ様から伝言すればいいじゃないですか。いつものようにアドバイスとして」
した。
ガナーシャはもちろん何度もそれとなく言ってみた。その度に、リアの尊敬兼重たすぎる思いは山よりも大きくなっていったし、ケンの謙虚さは海よりも深くなっていった。そして、ガナーシャの胃と足はどんどん痛くなっていった。
「ふふふ、大丈夫ですよ。もし、痛みが酷いようならわたしが優しく癒して差し上げますよ?」
「いや、大丈夫じゃ……まあ、死にはしないから、大丈夫か」
「ええ、大丈夫大丈夫。正体ばれて仮に失望されて万が一殺されない限りは大丈夫ですよ」
「ちょ……!」
「大丈夫ですよ。ばれませんって、これは、わたしとガナーシャさんだけの、ひみつ。ですから。髪、ありがとうございました。また、お願いしますね」
髪の毛を撫でながら笑ってニナは部屋を出ていく。
ガナーシャは、プレッシャーによってずきずきと痛む足をさすりながらため息をつく。
「ああ……足が痛い……」
そして、再び伝言が届く。
『アシナガ様! 黒犬たちの大発生の卵をつぶした報奨を頂きました! なので』
「ま、まさか……また?!」
『はした金ですが、今まで育てて下さったお礼です! そして、よければこれからも私たちを見守ってください!』
リアから贈られてきた数字は、今回の分配した報酬の8割近い額。それは、支援金のお礼だとしても多すぎるものだった。
そして、それはリアだけでなく、
『アシナガししょうへ じゅぎょうりょうです、これからもよろしくおねがいします』
『ガナー……もとい、アシナガ様、これからも末永くよろしくお願いしますね ニナ』
ケンも8割、そして、嫌がらせか正体を知っているはずのニナも……。
「も、も、もう勘弁してくれ~! あいたたた……足が……痛いよ……!」
足をさすりながらガナーシャは考える。貰いすぎた金の使い道を。
孤児支援はダメだ。このパターンでガナーシャは何度も失敗してきた。
そう、ガナーシャの孤児支援はリア達が初めてではない。
これまで7度ほど行って、全員が大成してしまっていた。
一度目に成功して金が増えてしまい、今度こそはの二度目。そして、二度目も成功し、もういっそと五か所に一気に支援して、すべてが成功してしまっているのだ。
これもガナーシャの眼力なのだが、本人は困るばかり。
なぜなら、
今もガナーシャの鞄に入った大量の伝言魔導具が伝言が届いたことを教えている。
勿論、いやではない。嬉しいのだが、本人はその才のなさ故に自分がアシナガおじさんだとばれて失望されたらと考えて震えている。
「そんな人間じゃないんだってぇえええ……。はあ、ひとまず、この金は全部使って、リア達に必要そうな装備を調達してもらって送るよう手配しよう。リアの指輪もそろそろ交換しないといけないし、ケンの今の筋力に耐えられる武器はあの子が打った剣くらいでないと無理だろうし、ニナは……まあ、買い物の時にまた何か喜ぶものを買ってあげればいいか。そして、僕が貰った分配金は……宿の人間に渡して、また、みんなへの食事やサービスをよくしてもらうよう頼もうか……はあぁああ~、足が痛いなあ……」
ガナーシャは足を擦りながら、ちかちか輝く伝言の魔導具を見つめた。
この物語は、一人の冴えないおじさんと、
「ああー、ダメよ! あたし! 何ちょっといいなと思っているの! あたしにはアシナガ様がいるでしょ! あのおじさんにどきっとしてんじゃないわよ!」
面と向かうと素直になれない気持ちが重い魔法使いの少女と、
「ぼく……ちがう、わたしは、ケン、です。おっさ、あなたさんもすごくがんばって、いますね。すばしい、すばらしいとおもおうますよ、おもいますよ……だああああああ! こんなこっぱずかしいこと今更いえるか、くそがあああああ!」
うまく話せない口の悪い騎士を夢見る少年と、
「ふふふ……おじさま、かわいい。ずっとずっとおそばにいさせてくださいね」
悪女ぶる聖女見習の女の子。
そして、
『『『『『『『アシナガ様、お元気ですか?』』』』』』』
彼に支援され、お礼をしたい英雄たちの勘違いと思いに溢れたへんてこなお話。
世界を救う光り輝く英雄と、そんな彼らをすくった陰の英雄と呼ばれる男の物語である。
第一部「おじさんはいたい」編 完
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