第9話 おじさんは美女のお小言で耳が痛い
「ふいー、いやあ、足が痛い痛い」
【黒犬のあなぐら】から帰ったガナーシャは、自分の部屋に戻りベッドへ寝ころんだ。
あの後は大変だった。
街へ戻り、状況の報告、そして、再度ダンジョンへ突入し、確認。さらに改めての報告と。とにかく、動いたし、喋った。
こういう対人の作業は自分の、大人の仕事だと分かってはいたが疲れた。
「僕が詳しい報告をしておくからみんなは早く宿へ戻るといいよ。僕はみんなほど働いてないからね」
ガナーシャがそう言うと三人は複雑な表情でガナーシャを見た。
冒険者ギルドで、【黒犬のあなぐら】での一件をアキに報告すると、慌てて駆け出し『ギルド長を呼んできます~』と去って行った。
これは長くなるなと思ったガナーシャは三人を早く帰らせようとした。
モンスターを殺すことはもう大分慣れているだろうが、それでも、あんな風にずっと殺し続ければ少なからず心に影響は出てくる。その証拠に、リアは相当参っているようだったし、ケンも大人しくなっていた。
なのでガナーシャは早く帰り休むよう促したのだ。
リアは何か言いたそうだったが結局は折れて宿へと戻っていった。
そして、ここからは大人の時間だと三人を入り口で見送ったガナーシャは冒険者ギルドに向かったのだ。
「もう少ししたらギルド長が来ますぅううう! とにかく! ガナーシャさんが無事でよかったですぅううう!」
(だけど、こういう大人の時間は求めてないんだけど……)
包み込む大きな胸の柔らかさに震えながら、なんとかアキを剥がそうと藻掻くガナーシャはそう思っていた。
必死に離れ、冒険者達の血の涙を流す目から光矢のように突き刺さる視線に耐えガナーシャは報告を続けた。
「こほん、というわけで大発生の可能性は暫くないかと」
「そうでしたか……本当に有難うございます。出来れば、この後確認の為に潜って頂くことは」
「勿論、大丈夫ですよ。三人は帰らせましたが、ほとんど討伐したので大丈夫だと思います」
帰り道では本道を通って行ったのだが、ダンジョン核前でまとめて倒していたせいかほとんど黒犬の気配がなく何事もなく帰ることが出来た。
「あ、そう言えば、【紫炎の刃】は帰ってきてますよね?」
「ああ、アレですか……帰ってきましたよ。帰ってくるなり何か言ってきたので……」
「ガナーシャ、行くぞ」
アキの話を遮って、眼鏡をかけた凛々しい女魔法使いが現れる。
「サーラギルド長」
長い灰色髪の立ち姿が美しい女魔法使いの名は、サーラ。
タナゴロ冒険者ギルドのギルド長であり、元上級冒険者。
冒険でもギルド業務でも圧倒的実力を持ち誰も逆らえない事で有名な鉄の女は、ガナーシャを睨みつけた。
「ガナーシャ……全く君は、無茶をするなと何度言えば分かるんだ。あの英雄候補達を君がちゃんと指導してくれると信じていたのに……」
「あはは、すみません。サーラギルド長」
困ったように頭を掻くガナーシャを見ながら眼鏡をくいとあげたサーラは溜息を吐く。
「はあ、まあ、英雄候補達が大きな傷を負う事はなかったようだし、よかった。それでは、行くぞ」
「いや、でも、え? サーラギルド長とぼく、いえ、わたしだけですか?」
「なんだ? 私の実力では不服か?」
「あ、いえ、それは全く心配していませんが、分かりました。行きましょう」
そうして、なんだか羨ましそうな目をするアキに見送られながらガナーシャとサーラは【黒犬のあなぐら】に潜っていった。
「まったく、君はほんとにまったく……」
「あのー、サーラギルド長。そんなにどんどんと潜って行って大丈夫、ですか?」
「大丈夫に決まってるだろう! 君と英雄候補達が潜ったんだ! それに私だぞ! 大丈夫に決まってる! まったく! まったくもうだよ! 私がどれだけ心配したと思っている」
「あはは……すみません……」
サーラの剣幕に押されながらガナーシャは何度目かというくらい謝った。
「いいかい? 君をギルド職員として無事に迎え入れないと私がどれだけ責められると思っているんだ。まったくもう」
そう、ガナーシャはギルド職員のスカウトをサーラから何度も受けていた。
ガナーシャは、冒険者達からの評価は低いが、冒険者ギルド職員から絶大な支持を得ていた。
報告の丁寧さ、人当たりの良さ、そして、ほっこりするおじさんスマイルととにかく人気だった。
アキが英雄候補とガナーシャの専属に決まった時は、冒険者ギルドの事務所では阿鼻叫喚となったくらいだった。
それほど人気な為に、逆に冒険者達からは疎まれているというのは皮肉な話だなとガナーシャは笑った。
「相変わらず、いい仕事だな……こういった事が現在の冒険者達やギルドの上から評価されないというのは腹立たしい話だが」
サーラはガナーシャの報告をまとめたものを見ながらそう悲しそうにつぶやく。
「まあ、強さが大事なのは分かるよ。僕と英雄、どちらかを残すなら英雄を生き残らせるべきだ。そうだろう」
「そう、かもな……だが、もし、君が英雄……」
「なれないよ。僕は英雄になれないし、なるべきじゃあない。僕は弱いからね」
ガナーシャは困ったように笑いながらダンジョン核の元へ向かう。
その背中をサーラはじっと見つめていた。
「ん? どうしたの? 何か言いたいことが?」
「あるぞ。言いたいことはいっぱいある! 今日は道中ずっと聞いてもらうからな! まずは、お前のよくないところだが……」
その後ガナーシャはサーラのお小言にひたすら苦笑いを浮かべ続けた。
「あああぁああ~、疲れたなあ」
漸く宿に戻った頃には、もう日はしっかりと沈み、年老いた内臓では食べる気も起きず、酒を一杯だけ入れて部屋に戻った。
ベッドで寝転び、何度か足を擦ると、身体を起こし鞄の中を漁る。
「う~ん、やっぱりそうだよなあ」
伝言の魔導具が輝いている。
実家と繋がったものではない。いや、実家と繋がった伝言魔導具も輝いている。
妹の怒り顔が見えるようだ。
だが、今はそっちじゃない。
心なしか点滅が他よりも早い伝言魔導具を手に取り、そこに浮かぶ文字を読む。
『アシナガ様、明日も頑張りますね。アシナガ様の為に』
『アシナガ様、おはようございます。良い夢は見られましたでしょうか』
『アシナガ様、今、休憩です。今日はなんだか調子が良いです。ぜったい指輪のお陰です』
『アシナガ様、戻りました』
『……ということがありました』
『私のせいです』
『私の判断が』
『あの、きらいになりました?』
『ごめんなさい、弱音なんか吐いて』
『がんばりますから嫌いにならないでもらえるとうれしいです』
『そのためならなんだってします。許してください』
「う、う~ん、相変わらず、この子は重いなあ……」
ガナーシャはリアからの大量の〈伝言〉を見ながら苦笑いを浮かべた。
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