第7話 おじさんはドキドキして足が痛い
「ふ、ふざけんなよ! くそが!」
ボロボロなゾワカ達の罵声を無視しながら、リア達は先へ進む相談を行っていた。
「うう~ん」
「どうしたの? 何かあった?」
もじゃもじゃ頭を掻きむしりながら唸るガナーシャにリアが尋ねる。
「ああ、いやあ、そのね……この先の部屋、ダンジョン核のある部屋、ちょっと良くないかなあって」
「罠ってこと?」
その言葉に、ガナーシャはゆっくり首を振る。
「まあ、確認した方がいいでしょうし、行きましょうか。ですが、その前に……」
「おい! 待てよ! こら!」
動き出そうとしたリア達にゾワカがしつこく食い下がる。
「……なにか?」
「お、お前らな! オレの話を聞いてなかったのか? 今日は死ぬほどモンスターが多いんだよ! そういう時はパーティー同士で連携を組むのがセオリーだろうが!」
リアの冷たい視線にたじろぎながらもゾワカは叫ぶ。
分かりやすくため息を吐き、リアは視線を動かす。
「おい! どこ見てんだよ! ちゃんと人の話を聞け! 大人なめんな!」
「ああ、大人なんですね。さっき理屈の通らない子供の癇癪みたいな事を言ってたので勘違いしてました。でも、じゃあ、大人なら後片付けくらいちゃんとして欲しいわね」
「はあ? って言うかさっきから何を見、て……」
ゾワカが振り返るとそこには黒犬の群れ。
ゾワカ達が強行突破し、抜けてきた群れたちだろう。ところどころに傷を負った黒犬がおり、怪我のせいかひどく興奮しているものもいた。
「な……!」
「ずいぶん、考えなしに暴れたみたいですね。本来縄張り意識の強い黒犬がここまで追ってくるなんて……」
「た、たす……」
「それ以上、喋らないで。〈火球〉」
再びリアの方を振り返ろうとしたゾワカの鼻先を火球がちりとかすめて飛んでいく。
そして、黒犬の群れに命中し3,4匹まとめて炭に変わる。
その様を見てあんぐりと口を開けたままのゾワカがゆっくりとリアの方を向く。
「あんたに求められるとやる気なくすから。アタシたちはアタシ達の為に、せん滅する。行くわよ!」
「おう!」「はい」「了解」
ゾワカ達を踏みつけながら飛び出したケンが、炭となった黒犬たちを思い切り打ち砕く。
勢いよく剣の腹で叩かれたそれは飛び散り黒犬たちの身体や顔、そして、目に突き刺さる。
「ギャイン!」
悲鳴をあげる黒犬達の中で比較的無事だったものたちが飛び込んできたケンに襲い掛かろうとするが返しの横薙ぎ一閃、剣の間合いに入った黒犬は全て切り裂かれる。
運よくタイミングが遅く間合いに入らずにすんだ黒犬が飛び掛かると、
「〈火炎〉!」
「〈光矢〉!」
リアとニナによる魔法攻撃が黒犬を襲う。その様子を【紫炎の刃】は呆然と見つめる。
その戦いは圧倒的で、そして、一瞬だった。
英雄候補たちのその力に驚いたのか黒犬たちの群れはあっという間に陣形を崩し、なす術も無くやられていった。
自分たちが逃げるしか選択できなかった相手を簡単に屠っていく子供たちを見て【紫炎の刃】は漸く英雄候補と呼ばれる者達との差に気付く。
しかも、傷一つない完勝で最早笑う事しか出来なかった。
「じゃあ、センパイ。お先に行きますので」
リアは足元でへたりこんでいるゾワカにそう告げ、先へと向かう。
そして、それをケン達が追う。
ゾワカはぼーっと見ていたが、ガナーシャが視界に入った瞬間、鼻を鳴らす。
(確かにすげえ。だが、結局あのおっさんは何をしてた? 俺達とこれだけの差があるんだ。アイツは本当にお荷物でしかない)
自分より弱い人間を見てゾワカは安心したように嗤い、ただ才能の差を与えた神を呪った。
「ああ、やっぱりかあ……」
「な……」
「マジかよ……」
「まあ……」
ゾワカ達を置いて進んだ道、ダンジョン核があると言われている部屋の前でガナーシャはぼやき、リア達は目を見開きながら息をのむ。
その先には、虫か何かのようにわらわらと群がる……黒犬の群れがあった。
本来、犬であっても狼であってもここまで群れることはない。
異常な光景。
そして、それが意味するものは誰もが理解していた。
「
「まあ、大発生の卵ってやつですね。あの奥の、大きな卵みたいなやつ。あれが、異常肥大化したダンジョン核です。あの中に、今のあれ以上の黒犬の素みたいのが入っていて割れたら……まあ、大発生でしょうね」
「ガナーシャ、あと、どのくらいだと思う?」
リアの真剣な目の問いかけに、ガナーシャもまた応える。
「あれだけの状態です。明日、いや、今夜でもおかしくはありませんね。」
全員の緊張感がさらに張りつめていく。
黒犬は彼らからすれば手ごわい相手ではない。先ほども十何匹の群れを一瞬で片付けた。
だが、目の前にいるのは間違いなく百匹近い。
十匹と十回戦うのと百匹と一回戦うのでは全く意味が違う。
一斉にかかってくればリア達は……。
そして、その奥の卵が割れれば……。
街が蹂躙される光景が頭に浮かびリアは頭を振る。
ケンもニナも瞳を揺らし戸惑っている。
ガナーシャは……リアをまっすぐ見つめていた。
「……っ!」
ガナーシャは、才能ない冒険者だった。
だから、命の危機も何度も迎えなんとか生き延びてきた。経験値だけは豊富なのだ。
リアは、ガナーシャの瞳に問われた気がして、自分の人差し指に嵌まった指輪に視線を落とす。そして、握りこぶしを固め、考える。
その時だった。
「足が痛い」
ガナーシャのその一言に。だれもがぽかんとなり、そして、目を吊り上げた。
「ちょっとあんたこんな時にまで何を……!」
「僕は、足が痛い。みんなは? 痛いところはないですか? 状況確認をしましょう。治しておくにしても魔力を節約するにしても今情報を共有しておきません?」
ガナーシャは苦笑いを浮かべながらゆったりした調子で静かに語りかける。
リアはぼーっとその様子を見ていたが、急にはっとし、
「そ、そうね……あたしは……ちょっと身体全体に疲労を感じる。長期戦を覚悟するなら今回復しておきたい」
「俺は、いけるぜ。ただ、さっきの戦闘で大分使ったから、武器が不安だ。おっさん、念のために剣を借りておいてもいいか」
「私は問題ないですね。魔力もおかげさまで温存できていますし」
「僕は、足が痛いくらいだ。みんなのお陰で魔力も十分。体力はまあもともと少ないからそこまで減ってはないかな」
それぞれの声を聞き、情報を受け、リアは考える。
先ほどまでと違い、靄がはれたような感覚。あとは、判断するだけだ。
「じゃあ、話を……いえ、覚悟を聞かせて。いずれにせよ、一刻を争う。あたしはあの街を守るためには、今、あの卵を破壊すべきだと思う。少なくとも今、数を削れれば大発生をある程度抑えられると思うしあたしたちが帰らなければギルドは調査して此処に気づいてくれると思う。不本意だけどさっきのもいるし。だから、アタシは戦うわ。みんなは、ついてきてくれる」
「おう」
「はい」
そして、少年少女の視線は一人のおっさん、ガナーシャに向けられる。
「……君たちみたいな若い子がそこまで命を張らなくても、あの街が耐えきれるかもしれませんよ?」
「かもでしょ? それじゃダメよ。それじゃダメ。今、出来る最善の策をとらないなんて、そんな事したら、あたしたちはアシナガ様に顔向けできなくなる。あたしたちは【アシナガの子】。人を救う為に全てを賭けられる」
リアは自分の懐に入れていた伝言の魔導具を取り出し握りしめる。
まるでそれが自分の命であるかのように。
ガナーシャはその様子を見て、もじゃもじゃ頭を掻くとため息を細く深く吐いた。
「ふぅぅ……命は、大事にした方がいい。だけど、まあ、そうですね。分かった。がんばろう……まあ、大丈夫、死にはしないさ」
「いや、死ぬわ。油断したら間違いなく死ぬわ。おっさんは、くくく、ほんとバカかよ」
ガナーシャの言葉にケンは唇を吊り上げながら悪態を吐く。
そして、何度も手を閉じては開き、手のひらの汗をふき取り、剣を握りなおす。
「まったくもう気が抜けたわ。ふふ、でも、おじさんのお陰と言ったら癪だけど肩の力も抜けたみたい。アシナガ様も言ってたわ。危機の時ほど笑えって。楽しむ心と自分なら出来るという自信を心に漲らせろって」
リアは魔導具をおさめ、人差し指の指輪を何度も愛おしそうに擦りながら、魔力を淀みなく循環できるよう呼吸を整えていく。
「では~いきましょうかね。大丈夫、みんなは私が死なせませんから」
ニナは、ゆっくり微笑みながら、みんなを安心させるように笑う。
「よし……! 行くわよ! ……大火球!!!!」
リアの特大の火球が大発生の卵に向かって飛んでいく。だが、庇うように数匹の黒犬が飛び込み、その火球を防ぐ。
そして、リア達の存在に気づくと一気に威嚇の声を上げる。
「んなもんでビビるかよ! こい! おらぁああああああ!」
ケンが黒犬たちの大合唱を吹き飛ばすほどの絶叫をあげると、それに当てられた黒犬たちが飛び掛かり返り討ちにあう。
「〈速度上昇〉〈力上昇〉〈魔力上昇〉! みんな、気を付けて」
ニナの強化魔法がリア達を包み込む。その見て分かるほどの強大な聖の魔力による支援で一瞬黒犬たちはびくりと身体を震わせる。
「さあてと、やれることをやらなきゃね……」
ガナーシャがこきりと指を鳴らすと、ニナの魔力で静かになった黒犬の一匹が大声で吠える。
その声を合図に【黒犬のあなぐら】最深部、肥大化ダンジョン核の前で戦闘が始まった。
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