第6話 おじさんは聖女の言葉で胃が痛い
ダンジョン【黒犬のあなぐら】内での戦闘では、ガナーシャの出る幕はなかった。
「喰らえ! 〈大火球〉!」
リアの攻撃魔法は強烈で次々に黒犬たちを焼き尽くして炭にし、
「どらあああああああ! しねええええ!」
ケンは黒犬の攻撃を躱しながら一刀で首を落とし、死体の山を築き、
「はいはい、油断はしないようにね」
回復魔法の出番がない為に、完璧な強化魔法でニナが二人を支えていた。
「役には立てそうにないなあ」
ガナーシャがぼそりと呟くと、同じく後方にいて支援をしていたニナが話しかける。
「ガナーシャさん、戦闘で出番がなくてもやれることはありますよ?」
「そうよ、戦うだけが冒険者じゃない、でしょ」
「それ、師匠の言葉だろ。ったく」
戦闘を終え、黒犬の死体の山を背景にほとんど無傷のリア・ケンが戻ってくる。
ニナが二人に近づき小さな傷の治癒魔法を行おうとするとケンが手で制した。
「いや、いいって。ニナ」
「ダメですよ、ケン。小さな傷でも罠などで毒が入り込んだりしたら致命傷になるんです。もし、ケンがいつも通りやせ我慢をして戦闘中に足を引っ張ったら? それで、他の人たちに迷惑を掛けたら? ケンはどう思いますか?」
「ぐ……! わ、分かった! わかったよ!」
ニナの圧力に負け、ケンが黒犬の爪によって切り裂かれた腕を差し出すと、リアが笑う。
「ぷぷー! ケン怒られてやんの」
「リアもですよ。何故先ほどの戦闘で、隊列を崩してまで私のカバーに?」
「そ、それは……その、ニナが危ないと思って」
「声を掛ければ済むはずです。ケンの傷も貴方が空けた穴をフォローしたことが切欠ですよ。ケンを信頼してのことでしょうが、私も信用してください。はいじゃあ、ケンは治りましたので、リアその足の傷治しましょうね」
涙目のリアが唇をきゅっと結んだまま、足を差し出す。流石に十分と思ったのかケンはリアに同情の目を向けながら、ゆっくりと離れていく。
「ガナーシャさん、何か他にいう事はありますか?」
リアの治療を行いながらにこりと微笑んだニナがガナーシャの方を向く。
「い、いやあ……全部ニナに言われたかな、はは」
ガナーシャも胃の辺りをぐっと抑えながらゆっくりと一歩下がった。
ニナはこの中では最年少だが、誰も逆らえない雰囲気があった。幼くして聖属性に目覚めたせいか何とも言えないひれ伏したくなるオーラのようなものがあり、誰もニナには逆らわない。
「はい、治療完了です。では、行きましょうか」
「「「はい」」」
リア達は大人しくニナに従い、ギルドでの依頼をこなし始める。
リア達の今回の依頼は魔物討伐。
【黒犬のあなぐら】にいる黒犬たちを狩ってくることだ。ダンジョン内にはダンジョン核というものが存在し、それがダンジョンの命と言われる場所になっている。
それが発生する魔力がダンジョンそのものに影響し破壊されればダンジョンそのものがゆっくりと消えていく。
では、すべてのダンジョンを破壊すればいいのではないかというとそうではない。
ダンジョン内でとれる魔石という魔力を含んだ鉱石は非常に貴重な資源で金になる。また、モンスターの身体からも魔石はとれる為に、ダンジョンとうまく付き合っていくというのが今の人々の暮らしであった。
だが、魔物が増えれば大発生の危険も起きる。なので、冒険者は定期的に潜り魔物を狩る。
その最も効率が良いのがダンジョン核の周りなので、強い冒険者たちはダンジョン核を目指しながら魔物を狩る。
「ところで、ガナーシャさんは、気にしていないんですか?」
「何が?」
ニナの突然の質問にガナーシャは首をかしげる。
「あの男たちにあんな風に言われたことです」
ゾワカ達のことだろう。
ゾワカ達は、しばらくの間リア達の背後をついて回っていた。冒険者パーティー同士が組んで攻略に臨むことがあり、その場合に前方で戦闘・攻略と、後方で休憩という役割分担をすることはあるが今回は完全にリア達を利用しようと企んでいるようだった。
本来、これは冒険者たちの中でもかなり悪質な行為なのだが、ゾワカ達はリア達を良く思っていない冒険者たちが多いのを分かったうえで、張り付いていた。
ケンとリアが苛立ち始めたこともあり、ガナーシャが直接ダンジョン核へ向かう本道と呼ばれるルートでなく脇道を提案した。すると、ゾワカは待ってましたと言わんばかりに先行し始め、リア達を嘲笑った。
『じゃあな、未熟な後輩たち。偉大な先輩の背中を見て、学べ~。おっさんは、まあ、教えても意味ねえか』
その言葉にキレたケンをなんとか押さえつけながら、脇道の一つを進み始めたのだ。
ニナはその時はただただ笑っているだけだったがやはりひっかかってはいるようだった。
「ああー、まあ、事実だしね」
「悔しいとか思わないのですか?」
「う~ん、思わないかな。僕が弱いことも事実。彼らが追い出したのも彼らに僕がついていけなかったからってのも事実。そこに悔しさはないよ。あ、リアさん、その辺りは魔法罠がよく発見されているので気を付けて下さいね」
黒犬のような獣系モンスターが多くいるダンジョンでは亜人系モンスターのダンジョンに比べ罠が少ない。単純に亜人系モンスターは罠を自分たちでも作るからだ。
では、獣系モンスターの罠は誰が作るのかというと、ダンジョンでは、と言われている。
『悪魔の悪戯』と呼ばれるそれらは、魔法系の罠で回避するには、魔力探知等の魔法やスキルによってか、じっと集中し魔力を感じ取るしかない。ただし、大体多い所というのは決まっており、冒険者ギルドにある記録や自分たちの冒険・経験で大体の予想がつく。
「追放自体は悪くないと思うよ。合理的判断に基づくなら」
ガナーシャは、警戒しながらもニナとの話を続ける。
「……ガナーシャさんは自分を良くない冒険者とお思いですか?」
「弱い冒険者であることは間違いないね。良くないというのはそれぞれだからねえ、一部を除いて」
「一部、というのは?」
「うーん、そうだね……自分を分かっていない冒険者、かな? 弱いことが分かっている冒険者が悪い冒険者だとは僕は思わない。ただ、自分の弱さが何で、所属しているパーティーが何を求めているかを理解できない人は良くないと思うかな。そういう意味ではよい冒険者かもね、僕は。自分の弱さだけは痛いほど理解している。ケン、ちょっとここで休憩とってもいいかな。この先は、あまりゆっくりできる場所がないから。申し訳ないけどおじさんを休ませてほしい」
少し開けた場所でリア達は休憩を始める。リアは魔導具を目の前に置いて瞑想を、ケンは身体を冷やさぬようゆっくりと型を見直し始め、ガナーシャとニナは簡単な食事の準備をしながら話を続ける。
「先ほどの話だと、情や縁で繋がっているのは間違っていると言えませんか?」
リア達は同じ孤児院で育ち、同じ孤児支援を受けパーティーを組んでいるが目的はそれぞれ違う。そのことがひっかかったのかニナは幾分かの冷たさをもってガナーシャに問いかける。その冷たさを感じ取ったのかガナーシャはそっと自分のおなかに手を添えながら苦笑う。
「間違ってはないよ。大切なのは何を最後の一つ手前で選ぶかだ。情や絆であるならば、強さに差が出てきたときにどうするのか、弱者を置いていくのか、時間をかけ努力を重ね差を埋めるのか、それをちゃんと話し合って判断すればいい」
「最後一つ手前というのは?」
「死だね」
ガナーシャは苦笑いの表情を崩さないまま淡々と告げる。
「死ねば終わりだという考え方だけは弱者強者関係なく同じだという事だけは忘れてはいけない。僕はそう思う。その為に、今はごはんをちゃんと食べようか」
そう言ってガナーシャはゆっくりと立ち上がり、リア達を呼ぶ。
食事をしながら現状の報告や自分たちの意見を述べ今後の指針を決める。
ガナーシャはそれを微笑みながら聞き頷く。
基本的にガナーシャは個人的な意見を言わない。彼自身はリア達のパーティーに入れてくれるだけありがたいと思っているからだ。
「うっし、いくか」
「ケン、ちゃんとお礼を言いなさいね」
「う、あざした……」
「いや、いいんだよ。ダンジョン内だしこのくらいしか出来ないけど」
「それでも美味しかったわ。ありがと。じゃあ、行きましょう!」
ニナを横目に見ながらのリアの掛け声でパーティーはダンジョン核を目指し動き出す。
時折ガナーシャがふらふらと動き危ない目に遭っていることをリアに怒られたり、ケンの無謀な戦い方にニナが絶対零度の微笑みを浮かべたりなどはあったが、大きな問題なくダンジョン核近くまでたどり着く。
リア達のパーティーは。
「あれ? あれって……」
リアの視線の先にいたのは、【紫炎の刃】、ボロボロのゾワカ達だった。
「ああぁ~……あ、お前たち! い、いつの間に!?」
「いつの間にって、あたしたちは……きゃ!」
気づけばガナーシャが隣で耳打ちをしようとしてきていてリアは可愛らしい声をあげ飛びのく。
「失礼。ですが。……リアさん、彼らはおそらく、本道を突き進んでいったせいで、モンスターを呼び寄せたんでしょう。僕たちのルートのモンスターが少なかったですし。あとは、いくつか罠を喰らって、それらをなんとかしようとして強行突破、落ちた勢いと体力で漸くたどり着けたんじゃないでしょうか。リアさん?」
顔を真っ赤にしぷるぷる震えるリアにガナーシャはまた首をかしげる。
「な! なんでもないわよ! そ、それより、そういう事ね……まったくもう、どこがセンパイなんだ、か……ニナ?」
ぷんぷんと怒るリアの横をニナが微笑みながら通り過ぎていく。
ゾワカ達は、聖女と呼ばれるニナがこちらに来てくれることに喜びを隠せない。
「あ、ありがてえ……いやあ、今日はついてない日だったんだ。まさかあんな目に遭うなんて……実は」
「結構です。なるほど、こういうことですね」
ニナは一人納得したようにゾワカ達をみて頷く。
ゾワカ達はここ最近調子を落としていた。
そして、その理由はガナーシャがいなくなったことであると気づいていない。
ガナーシャは弱い。だが、経験は豊富でモンスターにもダンジョンにも冒険そのものにも詳しく、戦闘以外の技術には優れている。
だが、ゾワカはそれに気づいていなかった。
弱い者はステータスが低いだけでなく、愚かで馬鹿で何も出来ないと思い込んでいた。
故に、戦闘で役に立たないガナーシャは愚かで馬鹿で何も出来ない役立たずだと。
「お、おい、治療してくれないのかよ! 聖女なんだろ!?」
「聖女は人が勝手に呼んでいるだけです。私が治癒すべきと考えているのは、最善を尽くし傷ついた人、理不尽に傷つけられた人です。無意味に人を傷つけたり、傲慢さ故に勝手に傷ついたりした人に治療は……ああ、そうそう、『馬鹿につける薬はない』ということです」
ニナはにこりと微笑みながら、ゾワカ達に言い放ち振り返り、ガナーシャさの方を見る。
「ね? ガナーシャさん?」
聖女の神々しい微笑みにガナーシャはお腹を押さえ顔をひくつかせた。
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