◎2
ディカリア王国は壊滅的な被害を受けながらも竜災復興の狼煙はすでに上がっていた。その火種の中には当然アルコとキンタロウもいた。
「キンタロウはこれからどうするんですか?」
「俺はこの国を出る」
その答えを聞いて、やっぱりとアルコは思った。
キンタロウは続ける。
「妹を取り戻さなきゃならねェ」
「そうですか。なら私も国を出ます」
「は?」
キンタロウは鳩のように面喰らった。
「国籍すら持ってねェ俺はともかく、王女がなにほざいてんだ。国はどうすんだよ?」
「私にとっておきの考えがあります」
そう言って、アルコは復興作業中の黄色いヘルメットを被った毛深い巨漢を呼び寄せた。
「こんなクソ忙しいときになんだ、このクソアマヤロー」
と、暴言を吐きながら、間抜け面を引っさげてゴリオがノコノコとやってきた。
「まさか……だよな」
「そのまさかです」
顔を引きつらせたキンタロウに構わず、アルコはゴリオに告げる。
「ゴリオ、私がディカリア王国に不在の間、あなたをこのディカリア王国第16代目国王代理に任命いたします」
「マ、マジかよ」
ゴリオはキンタロウと顔を見合わせてから大きくジャンプした。
「ウッホホーイ! この国はオレのもんだ! 成り上がったぜ! ゴリオファイアー!」
「……こんな
「誰が阿呆だと?」
聞きとがめるゴリオだったがふと我に返ったように疑うような眼差しをアルコに向ける。
「つか、あんた誰だよ」
「……知らずによく喜べましたね」
アルコは軽く不安になりながらも王女の風格を備えて答える。
「私はディカリア王国が元王女、アルコ・ドラゴンハートです」
そんな最高貴なアルコをなめ回すように見てからゴリオは言う。
「テメェ、オレをはめるつもりじゃねえだろうな?」
「そんなことしませんよ。あなたはモルドでの求心力もあり先の
アルコは確信していた。
「それにセバスチャン・サトーが復帰して補佐すれば万事何とかなるはずです」
「なんだ生きてたのか、あの執事。てっきり死んだのかと思ってたぜ」
キンタロウは歯に衣着せずに言った。
「うちの執事を勝手に殺さないでください」
「いや、あんたもややこしい言い方してただろうが……」
そうだっただろうか?
ここぞとばかりにアルコは天然を発揮してから切り替えるように両手を胸に当てる。
「この竜災を通じてわかったんです。私がいなくなっても民のいる限り国は滅びません」
「これから愚王が国を滅ぼしそうだけどな」
「キンタロウ、グオウってなんだ?」
「おまえそのものだ」
そんなキンタロウとゴリオのやりとりを眺めつつアルコは苦笑した。
「ゴリオさん、すみません。お母様の形見なので菌を呼ぶ笛はお渡しできませんが
私もお兄様の代行で預かっているだけなのだから仕方ない。
と、アルコは心の中で言い訳する。
「そんな奇妙な形の笛なんかどうでもいいぜ。毎日たらふくうまいもんが食えれば幸せよ。ガーッハッハ!」
「ならよかった」
そしてアルコとゴリオはアルコール消毒したのち固い握手を交わした。
「どうか豊かな国を」
「任せとけ。おまえさんが帰ってくる頃にゃもっとでっかくしといてやる」
ダーッハッハッハ! と、ゴリオは豪快に笑った。
一方のキンタロウは苦虫を噛み潰したように毒を吐く。
「笑ってる場合かよ」
「ですが、こういうときの笑顔は何よりの薬です。私のお母様がよくおっしゃっていました」
この世でもっとも強い毒は孤独である。孤独は逃れられない永遠の毒なのだ。でも、だからこそ孤独への薬はきっと出会いなのだろう。
母親を思い出してつい感極まってしまうアルコだった。
そんな彼女に気遣いつつ、キンタロウは問いかける。
「ところで、あんたは国を出てどうすんだよ?」
「キンタロウと麹菌を世界に広める旅に出ます」
「おいおい……俺たちで麹菌の運び屋をやるってことか?」
「ええ。キンタロウが私を生かしたんですから責任取って付き合ってくださいね」
「やり方が汚ねェ」
「『汚くなって出直してこい』って、言ったのはキンタロウじゃないですか」
過去の発言を掘り起こされたキンタロウはバツ悪そうに頭を掻く。そして足下のカビルを見つめてから目を閉じる。自分の菌臓のなかに蠢く無数の鼓動を感じている様子だった。
「オリゼーがそういうなら、まあいいっか」
「キンタロウ、それって要するにオーケーってことですよね? やったー!」
歓喜するアルコを無視してキンタロウは歩き出した。
「勘違いするな。あくまで妹の捜索優先だ」
「もちろんです」
「まずは誘拐犯どもを追わねェとな」
キンタロウに早足で追いついたのち、アルコは自分の知っている先方の情報を教える。
「それに関して耳寄りの情報があります。どうやらハートハザードは世界竜を追跡しているようなんです」
「どうしてだ?」
「風の噂ではなんでも竜痘ワクチンを開発・独占して世界征服を企んでいるとか」
「ふーん。つまり世界竜を追えばあの連中もその近くにいるってことか。先生?」
「そういうことです」
「よし。そうと決まりゃあ早く世界竜に追いつかなくちゃな、先生」
キンタロウが言うと、カビルは元気よくジャンプして応える。
「というかキンタロウ、さっきから私のこと先生先生って言って馬鹿にしてません?」
「してねーよ、先生」
なおも懲りずにしつこく続けるキンタロウにアルコは癪に障る。
「別にまだ医師免許は持っていませんし、普通にアルコでいいですよ。むしろ名前で呼んでほしいです」
「なんて呼ぶかは俺の勝手だろ、先生」
「じゃあ私もキンタロウのことを助手って呼んじゃいますからね」
「ご自由にしやがれ、お姫様」
「あら、元・お姫様ですよ」
アルコは取り澄まして答えた。
人の細胞はなぜ腐らないのか。それは遺伝子に描かれたアポトーシスにより自ら死にまた新しく生まれ変わるからだ。約5年周期で人間の細胞はすべて入れ替わるといわれている。
二人と一匹はひとまず同じ道を並んで歩く。門出を祝う菌たちが道を空けて送り出してくれているようにアルコは感じた。そしてどことなくこれから隣の菌男とは末永く腐れ縁になる予感がひしひしとしたのだった。
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