◎2

 世界竜の青い大火によって首都・無菌城は焼却された。一方アルコとキンタロウたちがモルド街の中枢に戻ってくると、ふたりの見覚えのある毛深い大男が避難活動に従事していた。


「ゴリオ!」

「ゴリオさん!」

「ウホッ?」


 ふたり同時に名前を呼ばれたゴリオは振り向むくとアルコたちに気づく。


「キンタロウ……それからおまえは! アルコールマンじゃねえか!」


 ゴリオがそう言うと取り巻きたちが一斉に構えたのを見てアルコはガスマスクを外して即座に否定する。


「ひ、人違いです」

「「なーんだ、人違いか」」

「……よくわかんないですけど信じてもらえました」


 絶対いい人たちだ。

 アルコが胸をなで下ろしているとゴリオは全身を舐めるように見回す。


「だいたいよく見りゃあこいつは女じゃねえか」

「そうですよ」

「タッパがあるからわからなかったぜ。ガハハ!」

「身長が高くて悪かったですね!」


 アルコは怒鳴った。

 やっぱり悪い人たちだ。

 しかし当のゴリオは聞いていない。


「というか何しに来たんだ? おまえらもさっさと逃げろってんだ」

「ああ、そうしたいのはやまやまだが……ゴリオ、俺の妹は見ちゃいねェか?」

「見てねえな」


 ゴリオは首をひねる。


「だけど、そのお隣さんを探してる野郎ならいるぜ」

「私?」

「そうだ」


 驚くアルコに構わず、ゴリオは「こっちだ」と青い火の粉が舞うなか、とある廃墟まで案内する。


「こいつだ。おまえさんを探していたのは」


 そのアルコを探していた人物とはセバスチャン・サトーだった。


「サトー!」

「アルコ姫様、ご無事で何よりです」


 しかし再会できた喜びも束の間、サトーはひどい火傷を負ってもはや瀕死状態である。

 アルコは驚きをおくびにも出さずに落ち着いた声音で言う。


「だいじょうぶ。私が来たからには絶対だいじょうぶですのでどうか安心してください」

「はい」


 サトーは浅い呼吸のまま頷くと涙を流した。その表情を見て察しながらもアルコは聞かねばならぬことを聞く。


「サトー、私のお母様とお父様はどうなされましたか?」

「誠に残念ながら国王と王妃は、もう……」

「――ッ! ……そう、ですか」


 込み上げる涙を瞳に溜めてグッとこらえるアルコ。


「ディカリア国王は王妃に連れ添って無菌城とともに立派な最期を迎えられました」

「はい」

「わたくしはおふたりの遺言を伝えるためにアルコ姫様を探しておりましたが、道中このような有様で……」

「お気になさらないでください。お身体に障ります」

「もったいなきお言葉」


 サトーは慇懃いんぎんな口調で言った。そしてアルコは続きを促す。


「それでサトー、その遺言とは?」

「はい。では王妃の遺言を僭越ながらわたくしの口から伝えさせていただきます。代理のため敬称は省きますぞ」


 サトーはそう断ってから王妃の遺言を代言した。



『アルコ、あなたがこの遺言を聞いているということは私はもうこの世にはいないことでしょう。ですがたとえ私がいなくなっても、国民のいるかぎり国は滅びません。だからどうか生き抜いてください。

 本当に大切な言葉は『あ』から始まる。

 それはあなたのことです。アルコ。あなたに会いたいわ。愛してる。

 それからミソスープおいしかったわ。料理が上手になりましたね。ありがとう』



「お母様……ごめんなさい」


 お母様のご病気をぜったい私が治すって誓ったのに……約束守れませんでした。

 涙をちょちょ切れさせるアルコをおもんぱかるように一瞥してからサトーは続ける。


「お次は国王の遺言になります」



『この国で起こった出来事は国王のわたしの責任である。

 誰も悪くない。わたしが悪いのだ。

 アルコ、わたし亡きあと、このディカリア王国を任せたぞ。

 わたしの娘にして最愛の王女に捧ぐ』



「……お父様」


 アルコは国王を、父親を尊敬しない日は一日としてなかった。


「Rest in peac.――たとえ血の繋がりはなくとも家族でした」

「……そうだったのか」


 アルコの呟きを隣で聞いていたキンタロウは反応する。国情に疎いキンタロウはそんなことさえ知らなかった。

 するとアルコは王家の黒い歴史について恥を承知で説明した。


「私の実の父は稀代の悪王と呼ばれる人でした。名はリンドウ。とっくの昔に島流しされた元国王の名です」

「島流しって何したんだ?」

「当時の王宮内の王妃と実子以外を全員殺害したのです。お爺さまもお婆さまも殺害され、私もあやうく手をかけられそうになったところをお母様に守られたのです。当時の私はあまりのショックに気を失ってしまいました。そして意識を取り戻したときにはリンドウは王国から姿を消していたのです。流刑に処されたことはあとからお母様に聞きました」

「……なるへそ」

「しかし、そののちに悪王リンドウとモルド街の踊り子との間に隠し子がいたことが判明しました」

「国王の隠し子か」

「はい。それが私のお兄様です。要するに私には腹違いの兄がいます」


 アルコも最初は戸惑ったものの兄を一目見たとき兄妹だと直感した。お兄様はお世辞にも綺麗な格好とは言えなかったが隠しきれない気品があった。全身の細胞と菌が高揚していた。


「で、急に現れたそのあんたの兄貴はどうなったんだ?」

「それからというもの国王不在のまま私とお兄様との夢のような生活が一年ばかし続きました。そんなお兄様に対して周辺貴族たちから多少の反発はありましたが王族の長男ですから一年後、お兄様は王位継承権の筆頭に上がりました。しかしお兄様はそれを放棄してモルド街時代のふたりの幼馴染みとともにディカリア王国を出て行かれました」


 それからお兄様と王位継承権を争っていた今のお父様ディヒガルドがドラゴンハート家に婿入りして国王になられたという経緯である。

 アルコが回顧にふけっているとサトーは問う。


「不躾なのですがアルコ姫様、わたくしのお願いをひとつだけ聞いていただけますか?」

「なんですか? なんなりと何でも言ってください」

「はい。すこしばかりいとまを出していただけますでしょうか?」

「ええ、もちろんですとも。怪我が完璧に治るまでしっかり療養してください」


 そう言ってアルコはサトーの手を握った。


「ありがたき幸せ。感謝いたします」

「サトー、こちらこそありがとう」


 しかしサトーからの返事はなくするりと手から力が抜けると、慣れた手つきでアルコはサトーの手の脈を測る。一拍置いてからその穏やかな顔に労いの言葉をかける。


「お疲れさまでした。ゆっくりおやすみなさい」


 そして何かを吹っ切れたようにアルコは立ちあがった。


「キンタロウ、セツちゃんを探しましょう」

「あ、ああ」


 キンタロウとアルコに道を空けるとゴリオ一味も気合いを入れ直す。


「野郎ども! 生き残ってる民間人を助けるぞ!」

「「おっす! 団長!」」


 竜災の爪痕に青い火の雨がそぼ降ると、じんわりと血の溶ける熱さをアルコは感じた。すると青く燃ゆる大地からむせかえるような噴煙が上がるなか、白鯨が立ち上がったような飛行船が飛んでいるのをアルコは発見した。飛行船の側面には青いハートマークが描かれておりその中には『H2』と書かれている。


「あっ、あれは……まさか」


 そこで立ち止まったアルコをキンタロウは追い抜いてしまう。


「何やってんだ! 急いで黒雪団地に向かうぞ!」

「は、はい!」


 アルコは胸騒ぎを必死に抑えながらキンタロウのあとを追いかけて大股で駆け出した。


               ***


 白い飛行船タツノオトシ号は黒雪団地の横に着陸していた。団地といっても中心部が凹むように崩落しており断面が丸見えである。そんなオンボロ団地に二人の男が降り立ち船外調査に勤しんでいた。


「世界竜のケツの穴追いかけるのも飽きただいなー」


 ひとりは緑の恐竜の着ぐるみを着た男はそうぼやく。

 そしてもうひとりは高身長かつ白スーツ白髪の男である。ターコイズブルーのループタイを締めており両手には厚手の白い手袋。両肩には白いモフモフの綿毛のような生き物を一匹ずつ乗せていた。そして何よりも異彩を放つのは顔に被ったガラスの仮面である。

 恐竜男はガラスの仮面の男に尋ねた。


「なんかあるだいな?」

「…………」

「?」


 ガラスの仮面の男が無言で瓦礫の一点を見つめているので恐竜男は近寄ってみる。


「おっ、ありゃりゃ」


 二人が発見したのは薄桃色の長い髪の少女だった。左半身が瓦礫に押し潰されてガーゼマスクからは虫の息がこぼれている。


「こりゃ助からんだいね。しかも鱗も出てる。末期の竜痘だいな」

「…………」

「リューリ、もう行こうだいな」


 しかしリューリと呼ばれたガラスの仮面の男はその場から動かない。どころか、なんと少女に覆い被さった瓦礫をどかし始めたではないか。


「おにぃ……?」


 意識混濁の少女はおぼろげに尋ねるが、リューリは無視して作業に集中する。


「お節介焼きだいな」


 それを見かねて恐竜男も瓦礫の撤去に協力して病弱の少女の全身が現れると今度こそ二人は現場を立ち去ろうとした。

 まさに、そのとき――二人の背後からガラガラッと物々しい音がした。リューリは足を止めるとゆっくりと振り返った。


「貴様、その体」


 なんと驚くべきことに潰れたはずの左半身の傷がみるみるうちに塞がって治癒すると少女はむっくりと立ち上がった。竜鱗りゅうりんがペリペリと剥がれて落屑らくせつすると右側頭部のこめかみにはおどろおどろしい竜鱗のあばたが形成された。


「あっははははぁーあ」


 楽しげに笑う少女はいくばくかぶりに深呼吸した。


「いったい何が起こってるんだいな?」


 面喰らう恐竜男をよそに少女は竜のような瞳でギロリとガラスの仮面の男を見つけた。

 そして尋ねる。


「あなた、だぁーれ?」


 ガラスの仮面の男はその質問に黙して答えなかった。

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