第57話 月は沈み日は昇る


 アビル西方に生きる民族固有の褐色肌に白い髪を携えた少女は、ともすれば艶やかな黒髪が特徴的な山の国の民ばかりの会議場では目立つ存在である。


 そして、そんな彼女が声を張り上げたモノなら、その場の人間全員の注目を集めてしまうのも仕方がない話しだ。


「……私に、提案があります」


 しかし、僅かにひるみながらも、少女は――マクアは王族らしく堂々とした態度で、改めてその言葉を紡ぐ。


「私はマクア。山の国の隣国たる流砂の国の王族です。時に、流砂の国の王族は水属性と密接なかかわりがあることはご存知でしょうか」

「ふむ……一時が惜しいこの状況で、君の演説を聞く価値があるのか?」

「価値を語るには、全てを聞いた後でも十分ではないでしょうか? 少なくとも、聞かずにすべてを判断することは、未来を見る力でもなければ不可能ですし、そんな力はこの世にありません」


 自信満々に胸を張ってマクアがそう言い切ったところで、バラムがちらりと申し訳なさそうにルードの方へと視線を向けるが、静かにしろと喋ってもいないのにジェスチャーでルードに注意されてしまった。


 とほほ。そんな言葉が聞こえてきそうな凹み方をしたバラムの隣で、マクアの演説は続く。


「ともかく、我々アビル家は代々水属性に対する高い適正を持ちます。その歴史は1000年前にも遡る先祖から由来するもの……そして、かつての先祖は強大な水魔法を使い、地中を走る水脈すら見つけ出したと言います」

「つまりは、何が言いたいんだ?」

「私は、水属性の中でも探知系の魔法を得意とし、この山の国に走る水脈のほぼすべてを把握しております。つまり、その知識を使えば、地中から西家に急襲することも可能――影たちに気づかれず、かつ戦闘になっても気づかれにくいルートを辿ることだって可能です」

「ほぉ……」


 なるほど、と鏑はマクアの言葉を聞いて感心した。鏑が支配する南家領土は流砂の国と隣接する場所だ。故に、彼の耳には、閉鎖的な山の国の中でも、流砂の国に関しての情報だけが流れてくる。


 コーサーでの一件や、ルードの活躍を知っていたのもそのためだ。


 そして、その知識を使えば、確かに流砂の国は偉大なる水魔法の使い手が建国した砂漠の国であることは、知っていて当然の事実であり、マクアの言は先ほどルードの口から語られた悪魔云々よりかは信憑性に足るものがある。


「ならば、この地図に使えそうな水脈を書いてみるがいい」

「わかりました」


 筆を渡されたマクアは、言われるがままに会議場の真ん中に置かれた巨大地図に、西家領土を中心として利用できそうな水脈を書きこんでいった。


「水脈と言えど、歩いて渡れる場所が好ましいかと。幸い、土魔法を併用すれば通ることができそうなルートがありました」

「……なるほど。これならば、十分作戦に組み込むことができるな。……しかし、いつの間にこんなにも詳細な水脈の位置を割り出したのだ?」

「天守閣に閉じ込められている間、毎日のように遥か高みから西の地を見渡していましたので」


 鏑を相手にして自らの価値を示すマクアを見て、ルードは一週間前に一方的に聞かされた黒曜の言葉を思い出した。


『もし、西家が何かをやらかしたのならば、そしてそのやらかしをもってして西家に攻め入らなければならなくなったとしたら、北天守に幽閉されていた小娘を使うのだ。一度だけ奴と話したことがあるが……あれは相当な傑物だぞ』


 果たして、黒曜はどこまでマクアのことを知っていたのか。ただ、黒曜の言葉をもってして、ルードはマクアへの評価を改めた。


 彼女は救出されるのを待ち焦がれていたお姫様じゃない。モアラと同じ、いついかなる時でも自分にできることを見つけ、こなす、似たモノ姉妹であると。


「わかった。鏑さん。俺たちはマクアの示したルートを使って西家に乗り込む。異論はないな?」

「そちらがどう動くのかについては、生憎と俺たちが口を挟める問題じゃないな。ああ、でもこちらの手勢も連れて行ってくれ。ちょうどここに、いきのいい奴らが居るからな」


 そう言って鏑が指で示したのは、なんと先ほどからルードの言葉を妄言とし対立し続けた延見を含めた南家最大戦力である南朱三傑であった。


「南朱三傑の助力とは頼もしいな」

「殿の言葉ならば、殉ずる次第です」


 忠誠心に溢れる延見は、時に己の意見すらもねじ伏せて鏑の言葉に同調する。だからこそ、今の彼が何を考え、どんな感情を抱いているのかは誰にも――延見本人にだってわからない。


「ともかく、これで決まりだな」

「ああ、決まりだ」


 作戦は決定した。


 冒険者と山の国の民。それぞれが全く異なる戦場で戦う作戦は、空論ながらも机上で決定し、その異論を交えながらもそれぞれが戦いに備えるためにその場を後にした。


「ルード殿。出発はいつだ?」

「この後、改めて会議するつもりだが……多分明朝。相手が動き出す前に、こっちが先に動く」

「なるほど、初めて意見があったな」

「そりゃ嬉しいな。このまま仲良くいこうぜ」


 南朱三傑を加えた、西家急襲先行部隊は一度解散した。


 再集合は一時間後。それまでにすべての準備を終わらせろという言外のメッセージは、おそらくはメンバー全員に伝わっていることだろう。


 月は登り、今、坂を下り始めた。


 彼誰時夜明けまであと六時間。寝る間も惜しいと生き急ぐ彼らに登る太陽は、果たして希望の光か、それとも歯向かうことも叶わない絶望の火か。


 どちらにせよ、どちらにしろ――


「ねぇルードちん」

「ん、どうしたバラム」

「なんかさぁ~……ルードちん、変な感じする」

「あぁ、どういうことだ?」


 彼は覚悟したのだ。


「正直、人の感情の機敏とか、私そういうのに全然疎いんだけど……だからかな。ルードちんってさ――」


 後には戻れないと。


「ルードちんってさ、私たち悪魔に似てるよね」

「はぁ? ヴィネやバラムならともかく、プルソンに似てるって話だったら怒るぞ」

「いやいやいや! そういう性格な話じゃないよ! こう、もっと根本的なさ……価値観って言うの?」

「的を得ないなぁ……まあいい、ちょっとやらないといけないことがあるから話はあとにしてくれ!」

「あ、うんわかった」


 気づかない。気づけない。


 今さら気づくことなんて彼にはできない。


 いつから自分は後戻りができなくなったのかなど、彼に気づくことはできないのだ。


 いつ、何の覚悟を決めたのかすら――


「絶対に、負けられねぇな」


 彼がその事実に気づくのは、いくつもの困難を乗り越えた先のことになるだろうが――そう遠くないうちに、彼はその真実の片鱗に触れることになる。


 いや、彼はのだけれど、しかしその核心に気づくことはできていない。


 とにもかくにも、戦いは、物語は、運命は進む。時計の針を進めるように、周り巡りながら進んでいく。


 ここは山脈に囲まれし閉ざされた国。


 世界の中にぽっかりと空いた陸の孤島。


 大いなる陰謀のさきがけが、全てを呑み込まんと大口を開けた今、腹の中に収まる未来を変えることができるのは、故知らぬ逸脱者か、白竜に認められし巫女か、はたまた……。


 とかく舞台の幕は上がる。


 後に山河戦争と呼ばれる戦いの幕が上がる。


 すべてが終わった暁に残るのは――


 


 誰にもわからない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る