第56話 妄言の霧 渦中の獲物 敵は机上に在り


「基本的に包囲からの総力戦になる。目指すは西の城郭。影の総数が不明である点から、慎重に前進する予定だが……場合によっては、電撃戦を採用し早期決着を目論む場合もあると考えてほしい」


 作戦会議室にて、この場における最高権力者である鏑による大まかな作戦方針が告げられた。


「南家が用意できた戦力は六千。数日待てば東家と北家から合計して一万の増援が来ることになっている」

「西家の兵力は、間者からの情報によれば四千程であるが……影の兵力に関しては全くの不明だ」


 三家勢力の、質を求めない純粋な兵力は一万六千人ほど。数的差で見れば、一万六千対四千と圧倒的な差ではあるが、しかして西家には影という人造の魔物がいるため、大きな差とは言えないだろう。


 なにしろ、影は個々が二級冒険者に近しいパワーを持っており、また土魔法に似た攻撃を仕掛けてくるという報告もある。


 少なくとも、そんな影の軍勢が最低でも1000か2000体は居ると予想され、平均的に三級~四級の実力者ばかりである北東南の三家の軍と比べると、数以上の影響を覚悟した方がいいだろう。


「アズロック。コルウェット。影について、魔物退治のスペシャリストである真一級の冒険者として何かあるか?」

「此方としては、影を無視して進軍することは避けるべきという意見だが――ただ、何も手がないわけじゃない」

「そうね。例えば、殲滅力に長けた魔法使いを軸にして、陣形を横に展開。敵を囲い込んで大魔法で一網打尽――あなたたちが得意な戦法よ」

「問題は、我らの連携の要となっていた白竜術士が不在であることか」


 多勢に対する殲滅は南家の十八番だ。


 そして、冒険者が魔物に対して最も警戒することは取りこぼしである。ダンジョンに置いても自然環境に置いても、魔物との戦いで警戒するべきは不意打ちであり、そして影はそれを戦闘中であろうと平然と行ってくる手練れ。


 彼らを無視して戦おうものなら、どこからともなく表れた影の軍勢に急襲され、軍隊は壊滅的なダメージを受けてしまうだろう。


 しかし、機を見計らうように戦闘を伸ばしたところで、爆発的に増加した影たちが、どうやって増えているのかがわからない以上、リスクが多い選択だ。


「途中参加で悪いが、少数精鋭の先行部隊を提案する」


 ただ、長くなりそうな議題にメスを入れる男がいた。名を、ルードという。


「先行部隊とは? 何を、どう先行するつもりだ?」

「聞き入れては貰えるみたいだな。じゃあ、俺の考えていることを一から説明するぞ」


 一国の王ともいえる南家当主を前にして堂々とした態度を取るその男は、かつて世界的に名を馳せたソロモンバイブルズに所属していながら、所属していた際の戦歴が全くの不明である謎の人物だ。


 ソロモンバイブルズの初期メンバーという噂もあるが……定かではない。


 ただ一つ言えることは――


「西家を支える戦力の要は三つだ。影、無明、白竜。それぞれが別々の対処をしなければならない存在であり、かつ常道の方法では対処しきれない存在だ。そこで俺は、少数精鋭の先行部隊を派遣することで、この三つを西の城郭から引き離し、四つの戦場を作りだすことを提案する」


 白竜が敵に回り、未知の魔物が溢れる、過去から逸脱した前代未聞の戦争において、そんな状況に適応しようと彼もまた過去から逸脱した提案を口にすることができる人間だということだ。


「進言を」

「好きに口にしろ、延見えんけん

「御意。では、僭越ながらわたくしめが、ルード殿が口にした作戦に対する異論を述べさせてもらおう」


 ルードが口にした机上の空論に対し異を唱えたのは、南朱三傑の一人である、南朱家の暗部を率いる延見という男だ。


 それに際し、コルウェットやアズロックのようなルードを知っている人間は口を噤み、事の成り行きを見守る形だ。


「まず、貴方の言う三つの戦力の要に対して、常道の方法で倒すことができないとわたくしたちは思わない」

「そうか?」

「ああ、そうだ。我々が最も危惧すべきは、白竜を下した西家の持つ魔導兵装にあり。影は異様とは言え倒せないわけでは無し、数の力で押せば良し。無明という剣客がいかに強かろうが、数万の軍勢をどうにかする力があるとは思えない。そして、年老いた白竜が地に落ちたのは道理。命乞いをするほどの傷がたかだか六日で治るとも思えない手前、白竜もまた警戒に値しないはずだ」

「なるほどな」


 ルードは深く息を吐き、コルウェットは静かに首を振った。


 確かに、延見の言葉は正しい。普通ならば、という枕詞が付属されるものの、おおむねは正しい。


 その見識が山の国に限られているという欠点を除けば、やはり正しい意見である。


 問題があるとすれば――ルードたちが知り、コーサーを戦火に沈めた脅威に対する知識がないことか。或いは、西家と他三家の天秤が釣り合っていると考えていることか……。


「白竜が年老いてる云々に関しては異論はねぇが、生憎と俺が言う脅威ってのは白竜本体じゃなくて、白竜ジョブに付く人間だ。十中八九だが、奴らは障害として俺たちの前に現れる」

「根拠はあるのか?」

「悪いが勘だ。鏑さん。あんたが助力を願った、冒険者の勘でしかない……ただ、危惧すべき点が一つある」

「ふぅむ。続けろ」


 勘と言い切ったルードの言葉に対して延見が怒りを込めた言葉を口にしそうになったところを、鏑が手で諫めてルードの言葉を続けさせた。


「最高難易度ダンジョン。その最深部に座する超常の存在の力を、西家は――いや、西家が要する無明は有している可能性が高い」

「なんだと?」


 悪魔。その言葉に、南朱の勢力全員がきょとんとした顔をした。それもそのはず、悪魔というのは先々月にコーサーにて初めて騒動を起こした世間の目に触れた存在であり、閉鎖的な山の国の住人たちが知らなくても仕方がない。


 ただ、鏑は一人興味深そうに笑みを浮かべて、ルードの言葉に疑問を投げかけた。


「最高難易度ダンジョンというと、山の国にもある至峰バアル

と同じもののことを言うのか?」

「ああ、それで間違っていない」

「なるほど……なるほどなぁ……」


 はてさて、そのやり取りの間に何があったのかはわからないが、鏑は返って来た答えを聞いて、一人何かに納得するように言葉を零した。


「ともかく、悪魔は白竜に並ぶ超常の存在だ。白竜がいかに年老いていようと、そちらを無視することはできないはずだ」

「だが、悪魔というもののを生憎と我々は聞いたことがない。消えた白竜ジョブはともかくとして、そちらも勘と言われたらどうしようもないのだが?」


 さて、更なるもっともな疑問が鏑から齎されたところで、にやりとルードが笑った。


「安心しろ。悪魔の方には、既に来てもらってるから」

「なにっ!」


 その言葉に警戒を示す南家一行。敵方に手を貸している悪魔とやらがここに現れたと勘違いした様子であったため、ルードは慌てて訂正した。


「いや、違う違う! 悪魔ってのは最高難易度ダンジョンにそれぞれいて、あっちについてる奴とこっちについてる奴は違う悪魔だ!」

「なるほど。さしずめ、今から現れる悪魔は流砂の国にある最高難易度ダンジョンの悪魔、ということか」

「そ、そういうことだ」


 嘘ではあるが、大きくは間違っていないので良しとする。


「ともかく、改めて紹介する。彼女は俺たちに協力してくれる悪魔のバラムだ」

「ど、ども~」

「な……目が!」

「眼が、六つもあるぞ、この女!」

「ほぉ……確かに、ひと際異彩を放っていたとは思ったが、まさか悪魔という存在とはな」


 話の流れで姿を現したバラムは、自分が悪魔であることを明確にするために、普段は閉じている頬に並んだ四つの目を開眼した。


 ともすれば人に化けた魔物のようにも見えるバラムの姿に、作戦会議の場に居た一堂に衝撃が走る。


「一つ聞くが、悪魔とはどれほどの強さなのだ?」

「本気を出せば流砂の国の王都を数分と経たずに消し飛ばせるほど、と言っておこうか」


 コーサーの一件は知っていても、その主犯格が悪魔であることを知らないらしい鏑に対して、仄めかすようにルードはそう語った。


 もちろん、バラムにできることはせいぜい数分かけてコーサーの王城の支柱を粉々にする程度であるため、プルソンと比べてやはり強さの格が落ちてしまう彼女であるが――それでも、六つの目を持つ巨大な女という視覚的なインパクトが強かったおかげか、彼らはすんなりと悪魔という存在を受け入れた。


 いや、白竜という存在が語られる山の国では、手の届かないほどに強力な存在がこの世にいることに対して、一種の慣れがあるために、受け入れやすかったと言った方が正しいか。


 どちらにせよ、話しは悪魔という卓上の元に進んでいく――


「現在、無明は俺たちの仲間であるナズベリーと、山の国の伝説白竜を、何らかの方法で洗脳し仲間に引き入れた――」

「つまり、それが悪魔の力、ということでいいのかルード」

「……そういうことだよな、バラム」

「あ、えっと。うん。多分、あれは悪魔の力だよ」


 正直な感想を言えば、確信をもって言い切ってほしかったけれど、この場でその訂正をするわけにもいかないので、ルードはそのまま話を続けた。


「大まかなあたりは付けられるか?」

「そこは問題ないかな。実際、候補の内片方は、既に倒されちゃってるし」


 倒されてる、という言葉から、バラムの中で人を操ることのできる悪魔の候補にプルソンが上がっていたことを悟るルード。


 そして、それが片方ということは……可能性として挙げられた悪魔は二人だけ、ということらしい。


「多分、無明についてるのはアスモデウスだと思う」


 そして、バラムはおそらく無明に手を貸しているであろう悪魔の名を口にした。


「アスモデウス、というと奸街アスモデウスの悪魔、ということでよろしいのかな?」

「そうだね。もちろん、結果から逆算した答えだから、無明がどうやってアスモデウスと契約を交わしたのかなんてわからないけど……少なくとも、アスモデウスの能力なら、あのなら、似たようなことができると思う」

「最悪、か」


 これから戦う悪魔に対して、余りにも不穏なことを口にするバラムの言葉に、この場の誰かが息をのんだ。


 果たして、その能力とは――


「欲滅の悪魔アスモデウスが持つ能力は、『過去の消滅』っていう、とんでもない能力でさ。多分、無明はその能力を記憶に使うことで、刷り込みに近い方法で白竜たちを味方につけたんだと思う」

「とんでもないな」


 バラムの言葉に対してそんなことを言ったのはアズロックだ。誰しもに存在しうる過去を消滅させる能力か。確かに、それは恐るべき力だ。


「消滅といったが、もし記憶が消されていたとして、戻る可能性はあるのか?」

「ないわけじゃないよ。少なくとも、白竜やナズちんの名前や記憶が私たちの中に残ってる時点で、過去自体が改変されたわけじゃないから」

「逆に言えば、それほどの影響力がある力、というわけか」


 語ることを語ったバラムが口を閉じたことで、急激に会議が静けさの海に沈んだ。シンと鳴り響く静寂の中で、一人の声が上がる。


「進言します。わたくしは、彼らの言葉を妄言と判断します」

「間違いないな。いかに白竜という前提があるとはいえ、話しの規模があちかこちらへと跳びすぎていて現実味がない。例え悪魔という存在が居たとしても、な」


 さて、ここまで話を聞いていた延見であったが、しかして現実的な思考回路を持つ彼は、ルードの語ったすべてを信用しなかった。


 悪魔という存在を受け入れていたとしても、信用はしなかった。そしてそれは、鏑も同様だ。


 しかし――


「だが、悪魔という言葉が信用できずとも、戦略的にルードの言う先行部隊が有効であることは認めよう」

「殿!?」

「もちろん理由はあるぞ、延見。影と西家だけならば、俺たちにもやりようはある。なんたって、ここに集まるのは西家に山の国を統べられまいと集まった精鋭たちだからな。ただ、俺は彼らを使い潰すつもりは毛頭ない」


 そう言った鏑は、ゆっくりとルードとその周囲に立つアズロック、コルウェットらを見ていった。


「果たして、俺たちは真一級の怪物彼らを前にして、どれだけの犠牲を払って打ち勝つことができると思う?」

「……」

「間違いなく、無明や白竜はそこに居るルードやコルウェットと同格以上の存在だ。数的有利では覆しようのない実力を持った個であり、対抗するには同格たる個の力が必要不可欠と言える」


 真一級の怪物。生憎とルードは真一級には至らない一級の冒険者でしかないけれど、その佇まいから彼もそれに近しい実力だと鏑は考えて、その言葉を口にした。


 そして語るのだ。


 真一級の冒険者たちは、魔物という怪物に対抗するべく怪物になった人間たちなのだと。


「さっきも言った通り、現状の戦力で見れば、影と西家を相手にするだけなら、此方が優勢に立ち回れる自信がある。要が居ずとも、その手の戦いには一日の長があるし、幸いなことに、奴らが白竜を使った際に見せた魔導兵装は、家の延鉄が記憶してくれたからな」

「逆に言うと、俺たちの中じゃ多勢に対する戦いを得意とするのはコルウェットの一人だけだからな。そっちはどうしようもないから助かる」


 そうして、会議の場では異論が混じりながらも、一つの作戦が組みあがっていった。


「南家率いる三家軍は後方にて一万六千の陣を敷く。お前たちの合図で、西家の領地に飛び込めるようにな」

「それじゃあ、俺たちの仕事は、家同士のぶつかり合いに際する懸念事項の払しょくだな。白竜に、消えた白竜ジョブの行方。それと、無明と……影を生み出した仮面男。こいつらを西家と三家の戦いの場から引き離し、各個撃破を狙う」


 ルードが提案し、鏑が譲歩した作戦は、コルウェットとアズロックの了承を経て、その形を整えていった。


 残る問題は――


「西家の影を前にして、どうやって気づかれずに城郭にたどり着くかだな」


 いくら各個撃破を狙うとはいえ、本丸に控えているであろう標的にたどり着く前に、影との戦闘になって存在が気づかれてしまっては元も子もない話だ。


 果たして、如何にすればこの問題を解決できることか――


「わ、私が協力します……いえ、協力させてください!」

「……なに?」


 誰が予想していたであろうか。


 その問題に突き当たったその時、彼女が我先にと協力の声を上げたのだ。


 この戦いにおける一番の無関係者であるマクアが、声を上げたのだ――

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