幕間 決戦前夜・上


「ちょっといいかしら」

「あなたは……確か、コルウェットさんでしたね」

「年上の王族に敬語を使われるのは、少しソワソワするわね……」


 先行部隊解散後、コルウェットは真っ先にマクアの元に訪れていた。


 ただ、いついかなる時も畏まった態度を取るマクアに対して、どう対応していいか迷ってしまう。


「まあまあ、一応コルウェットさんも立場上は現女王であるモアラのご友人です。姉として、そして王族として礼節を払うのは当然のことですよ」

「ごめんなさい。礼儀に関しては少しばかり不作法なの。何分、突き上げみたいな方法で冒険者としての地位を上げたものだから」


 16歳にして冒険者最高位の地位である真一級にたどり着いた才媛であるコルウェットは、現在そんな自分の地位に複雑な思いを抱いている。


 多くの理由が、真一級にたどり着いたばかりの時の横柄な態度に由来するものであるが……しかし、あれよあれよと気づけば世界でも大国に類する国の女王の友人となっていたのだから、それなりに裕福な家庭でしかなかった感覚が混乱しているのだ。


 そんなコルウェットに対して、マクアは至ってい平然と、ともすれば友好的に接していた。


 畏まった態度が友好的というのかわからないけれど、マクアのそれは、生まれてから繰り返すことで染み付いて取れなくなってしまった仮面のようなものだ。


「いいんですよ。少なくとも、私と目を合わせて、話してくれる。最低限の礼節です」

「逆にそれすらも守れない人間がいるのかしら……」

「人の胸ばかりを見る下種はちらほらと」

「私には縁のない話ね……」


 ぺたぺたと自分のものを確認するコルウェットは、その絶望的な差にため息をついた。


 かくいうコルウェットも、平均値で見れば小さいというわけではないのだけれど、目の前に佇む丸々と実ったスイカと比べれば、未成熟もいいところ。


 思えば、女王としてアビルに君臨しているモアラにも、数年先には爆発しそうなほどに大きな成長性を感じられる果実が実っていた。


 やはり姉妹。やはり遺伝子。そこには屈辱的なまでの差があった。


 別の目的があったとはいえ、西家当主白明がマクアを無理矢理にでも囲い込んだのも無理のない話だ。


 とはいえ、誰とは言わないがまったくの凹凸も成長性もない悪魔も居る手前、そこまで悲観することはないとコルウェットは自分に言い聞かせてから、マクアを訪ねた本題を口にした。


「……なんで、貴方はこの戦争に参画することを選んだのよ」

「まあ、聞かれますよね。普通」

「普通じゃないからね」


 再集合までの一時間を使ってまでコルウェットがマクアの接触した理由は、マクアがわざわざこの戦争になぜ参加したのかを聞くためだった。


 それもそのはず、マクアは他国の要人であり、決して山の国の戦争に軽々に首を突っ込んでいい人物ではないからだ。


「巻き込まれたならばまだしも、声を上げて参戦したとなれば問題よ」

「ですよねー……」


 苦笑しつつもわかっていると笑うマクア。ただ、彼女とて何も考えずに首を突っ込んだわけではない。


「姉として、妹に負けたくなかったんですよ」

「負けたくなかったって……あのねぇ」


 妹、といえば、現在もコーサーで政務に追われているモアラのことを指しているのは言うまでもない。


 確かに、このままマクアが家に帰ったとしても、女王として君臨するモアラの庇護下に入らざる負えないだろう。


 仕方がないことだ。なぜならば、モアラは救国の英雄の一人であり、マクアは囚われのお姫様。動いた人間と、動けなかった人間。いた人間といなかった人間。


 その差は余りにも大きい。


 なによりも――


「全部をモアラに任せたくない。だから、私は私のできることで、モアラを助けたいと思ったんです」

「あなたにできること……が、この山の国の事情に首を突っ込むことだったのかしら」

「あはは……確かに、褒められたものではないですね」


 もしこのまま三家陣営が負ければ、マクアをつるし上げることで流砂の国を非難する正当な理由を、西家が得てしまうのは火を見るよりも明らかだ。


 山の国を焼いた戦の大火の裏で流砂の国の人間が動いていた。この戦争は、隣国を陥れようとしたかの国の仕業だった、と。


 勝てば官軍。いくらでも言うことができよう。


 しかし、だ。


「勝つことができれば、私は山の国に取り入ることができる。間違いなく、その縁は大きいでしょう」


 マクアは、勝った時のメリットを取ったのだ。あまりにも博打な行動のようにも見えるが――マクアは、博打を打つような性分ではない。


 限りなき打算の下で、彼女は選び、行動したのだ。


「妹が中で動くのならば、私は外で動きます。国と国を繋ぎ、流砂の国をより強固なものとする――いうなれば、山の国の戦いはその前哨戦なのです」

「なるほどね」


 コルウェットは思った。

 そういえば、かつてのアビルは交流と算術の国と言われた場所だった、と。


 初代アビル王は、その力によって砂漠の至る所にオアシスを出現させ、町を作り、そしてそれらの町を道で繋げた。


 砂漠は障害物が少ない平地であり、移動にかかるコストは少ない。そのため、それらの道が他国にも利用されるようになって、様々な交流がアビルの中で生まれた。


 コーサーが栄えたのも、ソロモンバイブルズの話が世界中に轟いたのも、それら流通の盛んな交易路があってのことだ。


 ともすれば、マクアの言う繋ぐという行為は、先祖から引き継いだアビルの系譜の表れなのかもしれない。


 そして、交易路を仕切って来たアビルの血が騒ぐのだろう。ここが商機と。

 もしかすれば、それをマクアは本能で理解していたからこそ、あの場で堂々と構え、声を上げたのだろう。


 そこまで予想して、コルウェットは……


「貴方たち姉妹の思い切りには呆れたものだわ」


 かつて、王家の秘宝を守るために騒動の渦中へと飛び込んだ妹の方を思い出しながら、大きくため息をつくのだった。



 ◆◇



「むぅ……安物でもいいから、これと同じものをもう二本用意できるか?」

「難しいなぁ……長刀や魔法媒体ならまだしも、何の変哲もない脇差をわざわざ戦地に持ってくる人間もすくねぇんだ」

「まあ、そうだよなぁ……」


 戦争とは人以上に金が動く一大イベントであり、兵士だけではなく商人にとっても大きな戦いだ。


 もちろん、最前線となる南家の陣地には、話を聞きつけた商人たちが早くも露店を開いていた。


 食料に軟膏。或いは武器や防具など、稼ぎ時を見逃さない彼らは、この機に乗じて多くを手に入れようと声を張り上げて商売をしていた。


 そんな商人たちが集まる広場で、ルードは頭を悩ませていた。


「魔道具ならいくつかあるぞ。値は張るけどな」

「いや、出来るのならば魔法効果が付与されていないのを探してるんだが……ないか」

「ないなぁ」


 というのも、彼は武器を探しているのだ。


 基本的には徒手空拳を得意としている彼であるが、しかして気合を入れなければならない決戦ともなれば、流石に帯刀ぐらいはする。


 いや、どちらかといえば、試してみたいことがあるからこそ探しているわけだが。


「ともかく、この短剣をくれ」

「あいよ、2万ゼーロな。確かに」


 できることなら、予備を含めて三本用意しておきたかったが、仕方がない。そう諦めて露店を後にしたところで、彼の前方より見知った顔が歩いてきた。


「あ、探しましたよルードさん!」


 前方より見えた人物は二人。その片方は、たびたび世話になっているコーサー……もとい低国ヴィネ172層冒険者ギルド職員であるマリアだ。


 ルードを見つけた彼女は、ようやく見つけたとばかりに笑顔を浮かべながら、ルードの元へと走って来た。


「マリアか。悪いな、コルウェットに付き合わせちまって」

「いえいえ、あの人もあの人で危なっかしいんで私から言ったんですよ。あ、それよりも――あちょー!」

「ぐわぁ!?」


 走ってきてから、彼女は無駄に洗練された掌底をルードの顎に向けて打ち放ったのであった。


「痛ぇー!」

「これは心配させた分ですよ!」

「誰をだよ!」

「みんなをです! 特にコルウェットさんを心配させた罪は大きいと私は見てます!」

「理不尽だ……」


 はてさて、コユキやバラムからの矢印には気づいているルードであるが、しかし肝心のコルウェットから向けられる感情には未だ気づいていないのである。


 やはり、直接的なアタックをされなければ気づけないあたり、鈍感と言わざるを得ないか。


 しかし、ギルド職員にしては鋭い一撃だ。そういえば、確かマリアは元冒険者志望だったか……?


 ともかく、余りにも理不尽な(ルード的には)一撃を貰ったところで、もう一人の見知った人物がゆっくりと近づいてくる。


「痴話喧嘩か、ルード」

「わからん。ってか、お前こそマリアと何やってたんだよアズロック」


 マリアと共にルードに近づいてきたのは、真一級の冒険者の一人であるアズロックであった。


「これをな。ありがたいことにコーサーからマリアが持ってきてくれたから、受け取っていたのだ」

「そういえば、武器を使うって言ってたなお前」


 ルードの質問に対してアズロックは、手に持っていたそれを見せた。


 そういえば、とルードが思い出してみれば、山の国に来たばかりの時に、アズロックが武器を置いてきてしまったと言っていたのを思い出す。


「……やっぱり、籠手って使いやすいのか?」

「此方の場合は魔法媒体としての意味合いが強いな。とはいえ、肉体と武器が打ち合えば当然負けるのは拳だ」

「だよなぁ……」


 アズロックはルードと同じ徒手空拳を主体とする戦闘スタイルを取っている。いうなれば、ルードの同輩だ。


 そしてやはり素手での戦闘には限界を感じているルードは、武器を持とうと模索する中で、彼と同じ籠手に着目したこともあった。


 ただ――


「問題は、ルードのパワーだと籠手の方が耐えられないことが多いことだな」

「だよなぁ……」


 〈重傷止まり〉という怪我すらも顧みない無茶苦茶な戦い方をするルードの戦闘についてこれる籠手がないことが、一番の懸念点であったのだ。


 まあ、それは籠手だけではなく、かつてヴィネにもらった短剣を含めてほぼすべての武器に言えることだ。


 とはいえ、その問題は若干ではあるが解決しつつある。まあ、それも実験段階でしかないのだけれど。


「あ、ルードさん! 渡したいものがあったんですよ、これ!」


 ただ、そんな折にマリアから声が上がった。


「渡したいものというと……」

「武器です!」


 そう言った彼女は、背負っていた風呂敷を広げて、その中から三本の剣をルードへと渡した。


「これは……まさか、工房に居た三人の作品か」

「よくわかりましたね。ルードさんの言う通り、クリスさん、アーリさん、ダンさんの作品です」


 クリス、アーリ、ダンといえば、172層の工房で働いていた見習い鍛冶屋三人衆である。


「あの人たち、親方そっちのけでヴィネさんに教えてもらっていまして……どうやら、ルードさんにプレゼントするつもりで作ってたらしいです」

「プレゼントって……まあ、今となってはありがたいな」


 受け取った三本の剣をそれぞれ確認していく。刃渡りはそこまで長くなく、おそらくはコーサーの戦いでルードが短剣を使っていたという話を聞いて作られたものだろうことが窺える。


「すごいな。一本を取ってここまで個性が出るのか」

「渾身の力作とお三方全員が豪語してましたからね。是非とも使ってあげてください」

「ありがたい」


 ちょうど武器を求めていたルードにとっては、思ってもみないプレゼントだ。直接お礼を言いに行きたいぐらいだが、残念ながら三人は遠い異国の地下に居るため、この戦いが終わらなければ礼を言うことはできない。


 また一つ、負けられない理由ができてしまったわけだ。


「それと……これを」


 ルードが三本の短剣を受け取った後に、マリアはその剣を差し出した。


 金色の柄に、特徴的な鞘を持ったその剣は――


「ナズベリーの剣か」

「はい。一応、事情は聞き及んでおりますので……できることならば、ルードさんが持っていただければと」

「……わかった。しっかりと、俺が持ち主に届けておく」


 言葉は多くかわさず、ルードはナズベリーの剣を懐に入れた。


 ただ――


「……流石に剣を五本も持つと思いな」

「あはは……軽量魔石使います?」

「いや、これぐらいなら肉体強化で何とかなる……」


 脇差に短剣三本。それとそれなりの重量のあるナズベリーの剣が合わされば、ガチャガチャとルードの懐がやかましいことになってしまっている。


 果たして、こんな状況でまともに戦えるものだろうか――


「ともかく、皆さんの気持ちは私がしっかりと届けました。それでは、ギルド職員らしく待っていますね」

「ああ、冒険者らしく俺はしっかりと帰ってくるよ。何があっても、どれだけかかっても」


 かつて、ルードは一年もの間、行方不明となっていた。


 冒険者の行方不明は、即ち死を現す。しかし、死んだとされてなお、彼は世界最高難易度のダンジョンから生還した。


 そんな彼が、帰ってくると言ったのだから、彼女は待つのだ。


「はい。お気をつけて」


 それが今生の別れとならない様に、いつも通り。いつも通りに。




 


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