第49話 合流
「……どこだここは」
金の彫像状態を解除した俺は、とにもかくにもすぐさま起き上がって自分の居場所を確かめた。
記憶を辿る限りでは、間違いなく俺が目覚めた場所は、無明と戦った西の城郭の近くではない。
いや、ここは――
「あの男、俺たちが考えてた逃走経路まで知ってたのかよ……」
よくよく道を見て見れば、どこか見覚えのあるこの場所は、俺とアズロックが足を使って探った逃走経路の中の一つだ。
その中でも、一番村が少なく、背の高い杉がたくさん生えているおかげで姿を隠しやすく、逃走経路として最有力候補の一つであった場所だ。
偶然……ではないだろうな。おそらくは、行動一つで黒曜自身の持つ情報収集の力を見せつけて来た、ってところか。
コユキが警戒しながらも味方に付けた理由が窺えるな。
ともかく、この道を進めば西の城郭から離れ、南家の領土に近い峠道にたどり着くことができるはずだ。
果たして、俺はどれだけの時間を金の彫像となって過ごしていたのかはわからないが、数日程度の短い期間ではないはず。
ともすれば、とうの昔にアズロックたちは山の国を離脱してる可能性だってあるが……ともかく、南家を目指すべきか。
そう、俺が判断したその時だった。
「……敵か」
がさりと、考え事をしながら道を歩く俺の周囲で何かが動く音が聞こえた。俺の周囲を回り込むような行動から、ある程度の知恵が働く相手――ただ、気配からしておそらくは魔物だ。
集団で狩りをする魔物は、一人で相手をするのは骨だが――今の俺は調子がいい。この点に限っては、ナズベリーにお礼を言いたいぐらいだ。
「戦うんなら受けて立つぞコラぁ!!」
ともかく、こいつらに尾行されたまま移動するわけにもいかない以上、俺は大声を出して威嚇した。
やるなら出てこい。戦わないならどっかに行け。そんな威圧を込めてみれば、のそりと、奴らはその姿を現した――
「……へぇ、まじかよ」
ただ、現した姿を見て俺は驚く。なぜならば、姿を現した五匹の魔物、そのすべてが、山の国を騒がしていた件の『影』であったからだ。
肥満体の影、妙に背の高い影、小さい影、這いつくばった影、普通の影――どれもが人型で、そして全身が真っ黒な怪物。
それらが一斉に、俺の威嚇に応えるようにして姿を現したのである。
そして、その瞬間こそが戦闘開始の合図だった。
長身の影が、その腕を伸ばして鞭のように俺を攻撃してきたのが先制攻撃。もちろん五体すべての影に警戒をしていた俺は、半身をずらしてそれを躱し、逆に伸びた腕をつかんで長身の影をこちらへと引き寄せた。
「オラァ!!」
予想外だったのだろうか、俺の引っ張りに反応が遅れた長身の影は、ものの見事に一本釣りされ、無防備に頭部をこちらへと晒す。
そこへ、渾身の一撃を躊躇なく叩きこんで、まずは一匹目だ。
びくりと長身の影は一瞬体を震わせたかと思えば、力なく地面へと倒れ伏した。死んだ手応えだ。
仲間が死んだ。その衝撃が彼らの間に走ったのか、残る四体の影たちは不用意に動かなくなる。
今しがた長身の影を仕留めたように、武器を持たない俺の戦いは当然の如く徒手空拳。石を投げてもいいだろうが、武器として扱うには不十分だ。
一応、魔法も使えないことはないが――俺の魔法は付け焼刃。間違いなく二級冒険者に匹敵する影たちに通用するようなものではない。
そんな俺に不足してるものは、もちろんながら射程距離だ。もし相手に魔法の使い手が居ようものなら、俺は近づくこともままならず一方的に攻撃をされかねない。
集団戦に置いても同じだ。誰か一人を狙うことしかできない以上、残る三体への対応は遅れてしまう。
しかも、知恵があるのかこいつらは俺を中心にして四方を固めているから厄介だ。狙いを定めて殴りに行けば、自然と他三体に背中を向ける形になってしまう。
以前に聞いた、影が人を呑み込むという話。あれは、〈金鉱脈〉と同じ〈重傷止まり〉ではなんとかできない類の攻撃だ。
その事実を踏まえると、出来る限り隙は晒したくない。
なら、どうするか。
答えは一つ――武器を作る。
「ここが山道で助かった!」
山の国ムラクモは、山と川と木の中で栄えた山間の国だ。
偉大なる二つの山脈から流れる豊かな河川が育むのは、空を貫くほどに長身な木々。悠々と聳え立つ彼らが誇る耐久力は、並の武器では断ち切れぬほどの堅さを誇る。
それを俺は利用する。
魔法は未熟なれど、肉体強化の出力に関しては、俺も一流に引けを取らない実力を有している自信がある。
それこそ、ダンジョンに蔓延る屈強な魔物たちを蹴り殺せるほどには、自信がある。
そんな一撃は、確かに狙い通り山の国に群生する杉の木の一つをへし折り、倒壊させた。
そして俺は、へし折った木を持った。持ち抱えた。
「食らいやがれ!!」
おおよそ二十メートルはあるであろう杉を武器にして、俺は横薙ぎの一撃を影たちへと見舞う。俺を囲む影に対して、ぐるっと回って一回転。
果たしてそれが有効打であったかどうかはわからないが……間違いなく、奴らの体勢を崩し、大きな隙を生み出したに違いない。
その間隙を狙い、俺は大きく移動する。這いつくばった影へと近づき、その体に大きく振りかぶった拳を叩きつける。たった一撃、それだけで這いつくばった影は、長身の影と同じく動きを止める。
それから続く形で小さな影も処理したところで、俺の背後に肥満体の影が現れた。
こいつもこいつで徒手空拳の使い手であるらしく、短い手足を使ったラッシュが俺の体に襲い掛かる。しかして、遅い。無明の斬撃を受けた後に見てしまえば、まるでカタツムリの行進のようにしか見ない連撃を捌いた後に、その胴体へと一撃、致命傷を与えた。
残る影は一体だけ。
さあ、どこに――
「ッ!」
残り一体となった影に攻撃を仕掛けようとしたその瞬間、俺の足元の地面が爆発し、中から真っ黒な影が飛びだして来た!
いつかにナズベリーが受けたように、最後に残った普通の人の形をした影は、地面に潜り不意打ちを仕掛けて来たのだ。
その形はこの上なく完璧なもの。
肥満体の影に攻撃したその瞬間。どうしても出来てしまう、対応不可能な隙を見計らった一撃は、暗殺者顔負けの技である。
〈重傷止まり〉がある以上、その攻撃が致命傷になることはないが――この攻撃が、コユキの言っていた人をのむ攻撃であったとすれば……不味い。
「チィ!!」
無理矢理にでも、攻撃を受けまいと体を逸らすが、無理だ。
地面から飛び出すように出現し、両手を大きく振り上げて抱き着くようにして襲い掛かってくるその影の手から俺がのがれることは不可能だ。
回避不可能。
そう、思った次の瞬間であった。
ボッ!!
「ッ!」
音を立てて、猛烈な火炎が影へと襲い掛かったのは。
影が声を発することはないが、もだえ苦しむようにして影は地面に転がり、次第に動かなくなっていく。
救われた。間違いなく、誰かが、何者かが俺を助けるために、影を攻撃したのだ。
そして、この火魔法は、まさか――
「やっと見つけたわよ、ルード!」
「コルウェット!? どうして山の国に!」
本来であれば、流砂の国に居るはずのコルウェットが、俺の目の前に現れたのだった――
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