第48話 前に進む異常性

『知っての通り意識はありますよ。ただ、意識だけで生態活動は完全に停止して、生きている死体といった状態で何もできませんけどね』


 『金鉱脈ハンド・オブ・ミダス』のナズベリー・バーバーヤガの天賦スキル〈金鉱脈〉は、もしそれぞれの天賦スキルに冒険者のような階級があったとすれば、間違いなくその頂点に輝くスキルの一つである。


 問答無用の強制力を誇り、その手に、そして手から放たれた魔力に触れるだけで金に変えられてしまう、チートもいい所な無茶苦茶スキル。


 一撃必殺を誇り、このスキルを磨き上げることで、彼女は真一級冒険者へと上り詰めたと言っても過言ではない。


 そんなナズベリーのスキルは、悪魔をもってしてこの世界のルールの外にあると言わしめたルードの異常性すらも金色の力の中に封じ込めた。


(……やっぱり無理、か)


 ルードは、間違いなく異常性の塊だ。


 その強さは最高難易度ダンジョンで悪魔によって鍛えられたからと言って説明できるようなものではなく、その運命はルールから外れているからと言って語れるようなものではない。


 天賦スキルもまた同じ。死へと落ちる体を食い止めるスキル〈重傷止まり〉。最高難易度ダンジョンすらもその手中に収める〈玉座支配〉。不変と思われていた天賦スキルの力を共有することができる規格外スキル〈王の器〉――


 そして、その精神性もまた異常である。


 そんな異常性の塊と言わしめるルードを無明が疎むのも当然の道理か。少なくとも、この世界にとってルードという男は、あらゆる意味で何を起こすのかわからないのだから。


 もちろん、その動機の多くは『誰かを助けるためのもの』。だからこそなお質が悪いのだが。


 とにもかくにも、そんなイレギュラーは――


(……いや、違うな)


 金の彫像に固められてなお諦めていなかった。


 それもそのはず、元からルードは、ソロモンバイブルズの中で如何に足手まといの烙印を押されても、結局は最高難易度ダンジョンまでしがみ付いたある意味での猛者であるし、ダンジョンに落ちてからも半ばなし崩しとはいえ生きることを諦めずにヴィネに助けを乞い、その上で戦うことを諦めずに果てには人間では敵わないと言われた悪魔の一人を打倒した。


 どんな状況だろうと、前に進むために歩くことができる。


 たとえ足が固まっていようと――


(そういえば、ナズベリーのスキルが一回だけ効かなかった相手がいたな……どいつだったか……)


 考えることを、この状況から脱する手立てを模索することをやめなかった。


 だからこそ、一つの……この先の最悪を、未来で待つ悲劇を、ほんの少しだけ変えてくれる運命が、彼の下に舞い降りたのだ――


『一目見たときから目を付けていたが、何やら面白いことになっているみたいじゃないか』

(ッ……!? だ、誰だ!)

『ほぉ、この状況で意識があるのか。何か言っているみたいだが、生憎とには何かを言っていることしかわからんのでな』


 聞き覚えのある声。しかし、おかしい。


 金の彫像と化した自分は、肉体に備わるあらゆる機能が停止している。聴覚だってその例にもれず、何かを聞き取ることは不可能なはず。


 だというのに、なぜその声は聞こえて来たのか――いや?


 そもそも、あらゆる機能が金に変えられているというのに、どうしてルードは思考し、考えることができるのか。目や鼻、耳や口、或いは五臓六腑に至るまで、そのすべてが金に変えられているというのに、果たして自分はどこで物を考えているのか――


(……魂、か?)


 その思考が一つの答えにたどり着いた。


 その答えが、ルードに一つのきっかけを――気付きを与えるのは、まだ少しだけ先の話だ。ともかく、その声が現れたことで、ルードは一つの答えを導き出すことができた。


 そして、声が齎した変化は、もう一つあった。


『嫌な予感がする。だから、余の言葉を貴様に託そうと思う』

(……なんだと?)


 余、という一人称。そしてこの高圧的な態度から、彼の正体が黒曜であることは疑う余地はないだろう。


 そんな黒曜が、いったい何の用があってルードに?


『もし、西家が何かをやらかしたのならば、そしてそのやらかしをもってして西家に攻め入らなければならなくなったとしたら、北天守に幽閉されていた小娘を使うのだ。一度だけ奴と話したことがあるが……あれは相当な傑物だぞ』

(……マクアを利用しろ、だと? いや、その前に……西家がやらかす前提ってことは、こいつは何を知ってるんだ?)

『聞いたな? 聞こえてなかったとは言わせないぞ。余の話を聞いたお前の波長が少し変わったからな。ともかく、これで貴様が兄者に見つかっては元も子もない。見つけやすい場所に貴様は、余が直々に運んでおいてやろう……うまく動いてくれよ?』


 コユキと協力関係を結んだ黒曜は、間違いなく現当主である白明をその座から引きずり下ろすことを目論んでいる。


 となれば、白明が西家の――ひいては白明が企んでいるであろう山の国を我が物にしようと画策した目論見が成功することだけは、絶対に阻止しなければならないはずだ。


 そんな黒曜が、前提で話しているということは、彼はその計画を知っていて、その上で自分には止められない計画であると理解しているのだと、ルードは気付いた。


 いや、彼とて諦めてはいないのだろう。あの時――コユキの後ろから見た黒曜のギラギラとした野心に溢れた目を見れば、不可能だからとあきらめるような男には到底思えなかった。


 おそらくは、彼はその先を見ている。白明が何かを成し、何かをしでかした先で、その牙城を崩す種を蒔いているのだ。


 コユキとの同盟。そして、ここに来ての助け舟も、おそらくはその一つ。となれば、先の話に出たマクアにも、接触して何かを伝えていてもおかしくはない。


『ここら辺にしておこうか』


 そう言って黒曜はどことも知れない場所にルードを降ろし(声からおろしたと察することしかできないが)、そして声が聞こえてなくなった。


 おそらくは立ち去ったのだろう。備えるために。


 ならば――


(俺も俺で、備えないとな)


 戦いは訪れる。バラムでなくとも予想できる予感を感じながら、もう一つ。


 その戦いで、必ず自分は無明ともう一度対決することになるだろうと、ルードは静かに感じていた。


 だからこそ思い、考える。


 感じることすら敵わなかったあの無明の剣のからくりを――次こそは勝つために。


 考え、考え、考えて――


「………………………………あ?」


 真っ暗だった視界に光が差した時には、一週間という時間が過ぎ去っていた。


「ああ……やっぱり、俺の予想は正しかったか」


 一週間。ただひたすらに考え続けたルードは、無明のことだけではなく、ナズベリーのスキルについても考えていた。


 そして導き出したのだ。最強無敵かに思われた〈金鉱脈ハンド・オブ・ミダス〉の攻略法を。


 更には――


「ああ、武器がねぇ! ちょっと試したいことがあるってのに! ……ってかここどこだよ! ああ、早くアズロックたちと合流しねぇと!」


 また一つ、彼は武器を生み出したようだ。


 イレギュラーとしての、反則的な“裏技”染みた武器を――

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