第45話 空から落ちる逃避行


「賊だ! 北の天守閣の壁面に人影を見た!」

「あそこは御屋形様の寝床がある場所……間者に違いない!」

「みなども! 杖を持てい! あの不届き物を滅してくれようぞ!」


 果たして、高所に対して恐怖を覚えてしまう性質であることを報告するのが遅れたマクアが悪いのか、その確認すらも怠って自分たちの都合を優先した俺が悪いのか。


 どちらにせよ、失敗した以上は結果を受け入れ、次なる策を講じるしかない――


「マクア、しっかりと捕まってろよ!」

「わ、わかりましたぁ!!」


 天守閣の壁に捕まっているばかりでは、衛兵たちが放つ魔法の餌食になってしまう。


 〈重傷止まり〉がある以上俺は全く問題ないが、それでマクアが怪我でもしたら一大事。そもそも、北の天守閣の警備の薄さや、マクアの隔離具合を考えれば、マクアのことを護衛対象と衛兵たちが認識しているかどうかも怪しいところだ。


 下手をすれば、マクアごとを俺を殺そうと考えてるなんて――いや、捕まったらおしまいだし、顔を覚えられても不味いことには違いない。


 非合法な依頼を受けて、犯罪者になった冒険者はその資格が取り消される場合だってあるんだ。いざとなった時はコユキやモアラの後ろ盾があるとはいえ、必ずしも彼女たちが俺を助けてくれるとは限らない。


 とにもかくにも、俺は衣服の片袖をちぎって簡易的なマスクにしてマクアの顔に装備させる。俺は俺の方で事前に覆面を用意していたので、それを使って顔を隠してから――


「怖いなら目を瞑ってろ! 落ちるぞ、舌噛むなよ!」

「ひぃいい!!!」


 俺は天守閣の壁を強く蹴って、空へと跳んだ。


 空中という限りない無重力を体感しながら、続けざまに空から降り注ぐ重力のパワーに当てられて体が下へと落ちていく。とはいえ慣性はしっかりと働いているようで、妨害されることなく、俺は近場の屋根の上へと着地することに成功した。


「おい、大丈夫か!」

「は、はい……何とか……」


 すぐさま俺は胸に抱えたマクアの無事を確認する。へろへろとした様子であるが、受け答えができる程度には無事らしい。


 いや、だいぶグロッキーだな。それもそうだ。一番高い建物の屋根を選んだとはいえ、天守閣の頂点に近いマクアの幽閉場所からここまで十メートルは高低差がある。


 衝撃だって相応のモノ。ただ、思えばモアラも俺の腕の中で右往左往と連れまわされたくせにぴんぴんとしていたので、この姉妹はそう言った耐性があるのかもしれない。


 どちらせよ、着地が完了したということは、行動を次に移さなければならない。着地の隙を待ってくれる敵がどこに居る。


「ったく……対応が早すぎんだろ!!」


 俺が天守閣に張り付いていた時から魔法を構えていた衛兵たちは、屋根へと飛び移った俺に合わせて照準を向けている。


「〈風〉ッ!」

「「「〈風〉ッッ!!」」」


 放たれたのは、おそらくは山の国独自の体系で編み出されたであろう魔法。


 しかし、着目すべきは魔法の体系ではなく、それを放つ衛兵たちの技量だ。


 冒険者たちが扱う、個々で突出した力の奔流そのもののような魔法ではない。それぞれが組み合わさることによって、小さな力が組み合わさることで、より大きな流れを生み出し、爆発的なパワーを作り出すそれは、いうなれば規律の下にしか生まれない軍隊の魔法である。


 とはいえ、果たしてここまで綺麗な連携を発揮できるのだろうか。少なくとも、流砂の国や白の国の国軍では見たことが無かった。


 全員がほぼ同じ出力の魔法を、一糸乱れぬ呼吸で放つ――


 それこそ、でもなければ不可能な所業だ。


 それを十数人の衛兵が組み合わさって行っている――やはり、この城郭は何かおかしい。


 ただ、そのおかしさを追求している余裕なんてない――風が、俺たちの体をなめとらんと迫る中、もう一度俺は本気の一歩を踏み出し、瓦屋根に大きな足跡をくっきりと刻みながら次なる屋根へと飛び移った。


 俺たちが飛び去った後の屋根は――跡形もなく、消えている。


 マジでやべぇな、おい。瓦も土壁も何もかもをなめとり削り取って粉にする風の魔法。果たして、俺の体が粉になったところで〈重傷止まり〉は発動するのだろうか――


 ってか、仮にも衛兵が城内の建築物を削り取るよう魔法を使うなって話だよ! あいつらはいったい何を守ってやがる!


 ああ、でも――侵入者が何者であろうと、生きては返さないという西家のスタンスだけは本物なんだろうな。


「チィ!!」


 あの風に当たれば一巻の終わり。しかも複数人が力を合わせて放つ魔法なだけあり、個々人の消耗は少なく何度でも短い間隔で連発してくる。


 更には、飛んでくる風の大きさも数メートル台の大砲だ。止まっている暇なんてなく、自然と俺の足は屋根瓦の上を駆けだした。


 あんなものを平気で放ってくる連中の相手なんかしてられるか、と。


 俺はアズロックとの合流を急ぐのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る