第42話 白馬の王子様


 双頭天守の片翼を担う北の天守閣は、西家の秘中の秘。南の天守閣が当主直系の血縁者の住居となっているのだが、実際の当主とその正妻の居住区は北の天守閣となっている。


 そしてまた、北の天守閣には西家がなしてきた後ろ暗い数々の行為の記録が厳重に保管されており、ともすれば西の城郭最後の堅城ともいえるほどに堅い守りの陣が敷かれているほど。


 そんな場所だからこそ、隠したいものを隠すのにはうってつけ。


「……ビンゴってわけか」

「何者……!!」


 流砂の国からきたマクアが、西家当主の目的のために北の天守閣の一室に半ば幽閉されていたのは、必然の出来事だったのかもしれない。


 ともかく、だ。


「どうも。一級冒険者の……いや、違うな」


 相手は王侯貴族の一人。まずは身分を明らかにするべきか――


「俺はあんたの妹、モアラの友人のルードだ」

「モアラ……? ということは、貴方は……」

「流砂の国から、消息の掴めない第一王女の近況を探るために依頼された冒険者、ってところだな」


 俺は自分が依頼を受けた冒険者であることよりも先に、モアラの友人であることを強調した。その方がより彼女の心を開けると踏んでのことだが――


「お父様は、死んだのですか?」


 どうやら俺は、彼女に予想外に多くの情報を与えてしまっていたらしい。


 お父様が死んだ。それはつまり、モアラが即位する前のアビル王が死んだかどうか、という問いだ。


「いえ、モアラが王位を継いだとなると……兄さまたちも、死んだということになりますね」

「王族ってのは、どいつもこいつもすげぇな全く……」


 居住環境を見たところ、外界の情報――というか、山の国は外の情報があまり入ってこない国柄上、コーサーで起こされた事件については耳にしていないはず。


 しかし彼女は、『依頼したのがモアラ』と『マクアの状況を探りに来た』という情報だけで、流砂の国に起きた悲劇の結果を導き出したのだ。


 王が死に、王侯貴族が死に、モアラが若くして王に即位しなければならなかったという事実に。


「……となると、次に出てくるのは……私をここから助け出し、流砂の国に戻す、といったところでしょうか」

「それは状況次第、だな。俺が受けたのは、姉様の周辺状況次第じゃあ、救出もしてほしいっていう話だから」


 要するに、姉が酷い目に合っていたら、助け出してほしいという話なのだが――まあ、マクアがこの城に幽閉されているのは、ここに来るまでのマクアの情報のなさを見る限り確定事項だ。


 そしてそれがマクアの意思でないとすれば――


「わかりました。となれば、是非とも救出を願いたく思います」

「了解」


 疑う必要はないな。間違いなく、この人はモアラの姉だよ。


 おそらくだが、マクアには葛藤があったはずだ。


 西家の当主がマクアを幽閉している目的は、十中八九他国に後ろ盾があるという安心感を得たいため。彼女はそのための人質だ。


 自分が捕まっている限り、いつ家が西家に利用されるかわからない。ともすれば自分ごと西家を切って捨てる、なんて可能性だって考えられる。


 しかし、だからと言って自分を助け出しに来た俺の手を取るのも、彼女にとってはまた、受け入れるのは難しいものだったに違いない。


 なにせ、マクアが西家から逃げたとなれば、確実に流砂の国の人間が関わっている。そうなれば西家と流砂の国の軋轢は必然となる。


 しかも、多くの国はバラムがそうであったように、山の国が実は内部分裂しているとは知らず、西家との軋轢を山の国との軋轢とイコールで結ぶ人間も多いだろう。


 つまり、マクアは残るにしろ帰るにしろ、家に大きな迷惑をかけてしまう可能性を考えていた。


 しかし、彼女はそこからさらに考えた。考え過ぎた結果、そのまま考え続けて突き破ったんだ。


 だからこそ行き着いたのかもしれない。『モアラが自分に対して助けを寄こした』という事実から、『モアラが山の国との軋轢を恐れていない』という事実を読み取ったんだ。


 だからこそ彼女は、恐れなしに俺の手を取った。


 自分の命を家のために消耗する。まったく、似たもの姉妹だよ本当に――


「ああ、でもすぐにというわけにはいきませんよね」

「それもお見通しかよ……」


 なんでもかんでも、いやに見抜く人だな。


 マクアの言う通り、助けるにしろ今すぐに助けるってわけにはいかない。俺がここに来たのは、あくまでもマクアに接触し、その意志を確認するため。


 最低でもマクアの所在を確かめるためで、ここからいきなり逃げるとなっても、地理もろくずっぽに把握できていない山野を逃げ切れるかどうか……


 準備期間が欲しいな。


「二日後……二日後に、また来てください」

「何かあるのか?」


 そんなとき、彼女から提案がされた。


「二日後に、何かの用事があり、白明が家を空けるという話を聞きました。もちろん、事実かどうかは定かではありませんが――」

「二日後、か……」


 マクアの言葉に合わせて、俺は静かに思い出す。


『あと数日と経たぬうちに、この山間の野は我が地となるのだ!』


 先ほど見た白明と無明の会話の中で聞いた言葉である。確かに、あの男がここ数日のうちに何かを起こそうとしているのは確かだ。


「わかった。それじゃあ、二日後に救出作戦を行う」

「……わかりました。もちろん、この城には何の憂いもありません。思う存分、私を誘拐してくださいまし」


 二日後、か。その間に何事も怒らなければいいんだが――


「時に……やっぱり、乗るとなると白馬だったりします?」

「……えっと、何の話か分からないが、西の城郭には馬車で来たぞ?」

「で、では実は料理が作れなかったりとか……」

「冒険者としては最低限の炊事は行えるようにしてる」

「むっ……減点ですね」

「いやだから何の話だよそれ!?」


 な、なんだこの女……。モアラも少しおかしなところがあったが、マクアもマクアで変なところがあるのか? 


 いや、これはあれか? 逃げる際の俺の腕前を確かめてるとか、そんなところ、か?


 よ、よくわからん……。


「ともかく、二日後にまた来るからマクアも準備しててくれよ!」


 ともかく、今のやり取りについては何も考えないようにして、俺は急いでマクアの監禁場所を後にし、城から脱出するのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る