第41話 血みどろ会談


「さてと、わしとしちゃあ北天守閣の頂上で綺麗な夜景を眺めながら、優雅に話し合いとしたかったんだが……こんな下の方で出迎えとはな」

「仕方がないでしょう。今の城には、貴方を知らない人間ばかりです。30年、音沙汰もなく死んでいたことになっていた人間が、歓迎ばかりとは思わんでくださいよ」


 北天守閣階下の一室にて、秘密裏の談合に参加するのは三人。一人は西家当主である白明。白い髪を長く伸ばした偉丈夫であり、聞くな話よりも少しばかり若く見える。


 その向かいに座るのは、俺が山の国に来て一番最初に出会った男である無明と、北の城郭で行方不明になっていたナズベリーだった。


 やはり、ナズベリーの失踪には無明の奴が関わっていたか。そんな納得をする最中、彼らの会話を聞き取ることに俺は注力する。


「それで? そちらのお嬢さんは誰なんです?」

「ああ、こいつか。ま、わしの目的の協力者ってところだ」

「どうも。お初にお目にかかります、ナズベリーと申します」


 白明の疑問に対して、挨拶という形で返すナズベリー。その様子は普段から見る至極丁寧なモノであり、洗脳や操作のような痕跡を見ることはできない。


 少なくとも、自らの意思で無明に従っているようにしか――いや、そんなはずない。例え惚れこんでいたからとして、あの責任感の強いナズベリーが、自らの任務も忘れてどこかに行ってしまうなんて……いや?


 


 いや、その追及はあとでいいな。今は、奴らがどうしてこの場で談合しているのかを確かめるべきか――


「さてと。前置きはこの辺のしておこうか……手を貸せ白明」


 先に斬り込んだのは無明。さっきも言っていたが、彼には何か目的があるらしい。


「俺としてはその要求は受けかねます」

「ほぉ、そりゃどうしてだ」


 無明の要求に対する白明の回答は否定。いったい無明が何を企んでいるのかは全くわからないが、この場に置いてにやにやと笑う老人の言葉に、二つ返事で頷くことが難しいのは当然か。


 そんな白明の態度にニヤリと笑みを深める無明は、好奇心むき出しの問いかけを繰り返す。


 対する白明の答えは――


「ごちゃごちゃうるせぇんだよくそ爺が。老後の世話をしてやるほど、俺は優しくねぇぞよ!」

「へぇ……」


 その目に宿るのは明確過ぎる敵対の意思。この場で無明を無きものにしようという殺意溢れる威圧を放ったその瞬間に、部屋の出入り口から押し寄せるように帯刀した人間が入って来た。


「旧時代の英雄が、いつまで殿様面ができると思うてる……貴様の時代は終わった! 今は我が時代! 我が黄金! あと数日と経たぬうちに、この山間の野は我が地となるのだ! 貴様の目的が何であろうと、邪魔者は引き下がってもらおうか!」


 とてつもない威圧感だ。腐っても鯛。流石は一国を率いる人間か。そして、これで白明が何か企んでいることが確定したな。


 録音用の魔道具でも持っていればよかったのかもしれないが、生憎と手持ちにはないのが残念でならないぐらいだ。


 しかし、ここは助太刀に入ろうか。無明が切られるのはいいが(いや知った顔が切られることに抵抗が無いわけでは全くないけれど)、ナズベリーが巻き込まれると話は別。


 彼女がどういった思惑からあそこに居るのかは知らないが、西家の政争に巻き込まれて命が脅かされているというのに、見殺しにすることはできない。


 とはいえ、ここにいる俺は侵入者。下手に動けばコユキに被害が降りかかる。それに、まだマクアを見つけていないため大きく動くことも難しい。


 ……どうする?


「へぇ、が、思ったよりも少なかったな」

「ふんっ! 貴様程度この数で十分よ!」


 そりゃまあ、二人の男女を相手に部屋の中だけでも八人で取り囲めば十分だろうよ。問題があるとすれば――


「悪いが、わしは死体の数は数えない性質なんでね」


 陥れようとした相手が、規格外の化け物出なければの話だ。


 刀を抜いた武士八人。彼らが無明へと切っ先を向けたその瞬間、穏やかだった無明の気配が消える。


 威圧とか殺気とか、そういう気配すらない。一切の無。何も感じない。故にどこまでも恐ろしい。


 部屋中に充満する武士たちの殺気が児戯に見えるほどの、ともすれば、それこそが無明の放つ殺気であるようにも感じられる無の気配。


 そんな独特な気配――気配を感じない気配に気を取られているうちに、全ては終わっていた。


「六文銭がいくらになるかは、そっちで数えといてくれ」


 キンッと、余りにも静かな鍔鳴りと共に武士の体が横に


 八人。それどころか、部屋の外で待ち構えていたであろう控えの武士たちすらも斬り落とした無明の斬撃は、172層の魔物相手に戦った俺の目にすらも辛うじて捉えられる速度で部屋の中を蹂躙し、白明とナズベリーを残して、全てを殺した。


 殺戮し尽くした。


「なっ……なっ……!!」


 自信満々に刀を抜こうとしていた白明であったが、抜く間もなく戦いは終わっていた。いや、彼がその武器を抜いていたとすれば、足元に転がる赤に沈んでいたかもしれない以上、即座に刀を抜かなかった判断の遅さを称えるべきだろうか。


 ともかく、この場を制したのは無明だ。


「返事は明日までに考えといてくれよ、白明」

「くっ……くそっ……くそぉ!!!」


 部下だった物たちの血の海に膝を付いた白明は、返り血の中で無明を見る。そんな彼の視線を面白おかしく思ったのか、無明はにやりと笑みを深めた。


 それから用事は終わったとばかりに、相手方の返事も待たずに彼は部屋を出て行ってしまう。ナズベリーもそれに追従し、惨劇の現場を見た女中の悲鳴が聞こえてくるころには、俺の位置から無明の姿を見ることはできなくなってしまった。


 ……やはり、あのじいさんはかなりのやり手だったか。


 しかし、あの刀捌き……一瞬しか見えなかったからわからなかったが、妙な既視感を感じる。


 なんだ? この既視感は……いや、考えている場合じゃないか。ただでさえ彼らの会話を盗み聞きしていて時間を取られているんだ。マクア捜索の任務を負っている以上、これ以上無駄に時間を使うわけにはいかない。


 そうして、今度こそ他の何にも目をくれず、俺は北天守閣を目指すのだった――

 


 

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