第2話 生存者と取引


 どうやら、コーサーで異変が起きた際に、この異変が街のダンジョン化と気づいた誰かが多くの市民を低国ヴィネの13層にできた通称『13層街』に避難させたのだとか。


 実際、ダンジョン内のモンスターは外部に出ることがほとんどないため、同じダンジョンとはいえ、まったく違う環境が内部に展開されているダンジョンに魔物が入ってくることはなかったようだ。


 そのおかげで、町の住民全員が犠牲になることはなかった。


「なるほど。となると、次に考えるべきは復興、ですわね。それでも、この規模の大破壊と、突然のダンジョン化から安全地帯を確保するのは手間がかかりそうですが」


 コーサーの住人は無事だった。だとしても、問題は多く積み重なっている。その一つが街の安全地帯セーフルームにある。


 そも安全地帯セーフルームとは、魔物が近寄らない人類の生存域を指す言葉だ。一定以上――つまるところ、その区域に居る魔物を全滅させると、どういうわけか他の魔物が近寄らない安全地帯が出来上がる。


 これはダンジョンや秘境にも適用されるものであり、ヴィネの言葉を借りて言えばそういう世界のルールなのだろう。


 基本的に人類の歴史は魔物との戦いに在り、現在国家や街、村としてできている場所は安全地帯セーフルーム化によって魔物から人類が勝ち取った領域なのである。


 ただし、そんな安全地帯のダンジョン化という、前代未聞の災害が起きた今、国家の歴史の中でじわじわと広げられてきた人類の安全地帯がそのまま残っているのかどうか――。


 これでこのまま被災の復興をしたとして、どこかからきた魔物の奇襲を受ければ、次こそコーサーは終わりだろう。


「……ルードちんルードちん」

「ん?」


 モアラとナズベリーの会話の行き先を眺めていた俺に話しかけてきたのはバラム。のっぽな彼女は、相変わらずな上からの視点を俺の目線に合わせて屈みこみながら話してきた。


「ルードちんがヴィネの主なことを明かして、172層に人を呼び込むチャンスだよ~」

「……はぁ?」


 いや、なんで?


「あ、ルードちん今、私の言ってる意味が分からないって顔してるね」

「いや、わからないってわけじゃねぇぞ?」


 つまりあれだろ? 現在ダンジョン化した上でプルソンの魔物に蹂躙されたコーサーの安全地帯が解除されている可能性がある。しかし、俺の住む172層なら半年前のダンジョンボスの一件で安全地帯化が済んでいるため、安全に街を築くことができる、という話だろう。


「でも、色々問題があるだろ。移動とか」


 問題がある。その最たる一つが、移動だ。地上から1500メートルは地下に潜らなければいけない低国ヴィネの最深部。更には未だ50層を超えて攻略を進めているわけではない現状で、町の住人を引き連れて172層まで行くことは、流石のコルウェットや俺でも難しい。


 それに信用問題もある。コルウェットと友人であるモアラならともかく、住人達にまで172層行きを強要するのは酷だ。


「いやいやルードちん。わかってないな~」

「何がわかってないんだよバラム」

「今ここで提案しないと、下手したらアビルとルードちんで戦争になるよ」

「……は?」


 え? いや、ちょっとまて。


「なんで?」

「ダンジョンの所有権って誰にあると思う~?」

「……そういうことか」


 ここまで言われて、俺はようやくバラムの言いたいことがわかった。


 つまり、ここで――このタイミングでダンジョンの所有権をアピールしていかなければ、ヴィネから認められダンジョンの主となった俺と、アビルの間で問題が起きる、ということだ。


 その原因には、先ほどバラムが口にしたダンジョンの所有権にある。というのも、最高難易度ダンジョンと言えども土地であることには変わりなく、それらは国家が管理運営している。


 結局のところ、ダンジョンから得ることができる高品質の魔物素材から国家は利益を得ているのだ。特に最高難易度ダンジョンからとれるものともなれば、主要産業の一つに挙げられるほどだ。


 今回の事件の渦中となったアビルの王都コーサーもその一つであり、特にダンジョンに挑む冒険者とダンジョンから生み出される高品質素材によって、アビルの経済は潤っていた。


 いうなれば、ダンジョンは金の卵を産むガチョウ。その危険性を加味しても、国家が手放すわけがない。


 しかし、そうなると出てくる問題が一つある。それは、人知れず俺が低国ヴィネを支配下に置いていたことだ。


 特に、既に172層は居住区として利用している以上、あそこは俺の庭も同然の場所。もちろん、見ず知らずの人間が土足で立ち入って、「ここは自分たちの土地だから」といって好き勝手したら、流石に俺も怒ってしまう。


 だからバラムは言っているのだ。


 今ここで172層の土地を貸すという契約を結ばせることで、低国ヴィネが俺の土地であることをアピールしておいた方がいい、と。


 落としどころとしては、172層は俺の土地で、それ以上の層で得られる魔物素材はアビルの利益としてもっていってもいいってところか?


 どちらにせよ、低国ヴィネが俺の支配下にあることをここでしっかりとアピールしておかなければ、モアラはともかくアビルの官僚らとは問題になりかねないのは確か、か。


「少なくとも、どんな条件だろうと最下層の支配権を周知させることは大切だと思うよルードちん。その上で恩を売れればなお良し。私としてもあそこ気に入ってるし、ヴィネちんの家に土足で入られるのは流石に見過ごせないかな~」

「ま、そりゃそうだ。とはいえ、あの階層の広さを考えれば、俺の手に余るのも事実。となれば有効活用できた方がいいのもたしか、か」


 現時点でモアラと172層の開発案を提案すれば、俺やヴィネが172層に最初に到達し、安全地帯を築いたと周知させることはできる。


 逆にそうしなければ、何時かは172層に訪れるであろう冒険者に開拓の手柄を横取りされて、所有権をめぐる争いに発展するかもしれない。


 事実、開拓したという功績を得たい冒険者と、先にその土地でひっそりと暮らしていた現地民とのトラブルは珍しくない話だ。


 ひどい話だと、数十人の村を皆殺しにして、その土地で得られる利益を横取りしたなんて話も聞く。もちろん、そんな人間は冒険者でもなければ人間ですらない。実行犯のパーティーメンバーと仲良く絞首台送りである。


 冒険者パーティーですらそんなことが起こるのだ。それが純粋に高い利益を見込める最高難易度ダンジョンの所有権をめぐる話となれば――簡単に収まるようなものではないだろう。


 少なくとも俺としては、今の俺の住処が荒らされなければいい。こちらから要求することは少ない。


 それに、ここで深層の魔物の素材を取引材料に恩を売れば、アビルも俺たちのことを無視できなくなるはず。


「でも、移動の問題はどうするんだよ」

「ヴィネちんなら数百人程度ぱぱっと172層までテレポートできるよたぶん。ね?」

「無論。なんなら、移動用のゲートを設置することもできるぞ?」


 バラムに話を振られたヴィネは、そんなことをこともなげに言って見せた。実際、彼女たちはこの場に瞬間移動したかのように現れたことだし、不可能ではないのだろう。


「わかった。とりあえず、交渉してくるからヴィネも来てくれ」

「パートナーの願いならばついていくしかあるまいな。さて、この国の新たなる王の顔でも改めて見に行くとするか」


 愉快そうな声を上げるヴィネを引き連れて、俺は冒険者ギルドと連絡を取っているモアラの下へと、俺は俺の暮らしを守るために提案を持ち掛けに行くのだった。

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