第3話 個人的な隠れ家的な場所に人がいると敬遠しちゃうやつ


 モアラと生き残った官僚の話し合いの結果(ほとんどヴィネが対応してくれたが)、俺たちの住む172層には冒険者たちが数十人送り込まれることとなった。


 これにはいくつか理由があるが、最大の要因は低国ヴィネが最高難易度ダンジョンであったことが原因だ。


『ルード様の言葉を信用していないわけではございませんが、だからと言って最高難易度ダンジョンの最深部はわたくしたちにとっても未知の領域。公的に信用のおける組織のお墨付きが無ければ、民も安心できないでしょう』


 とは、モアラの言だ。公的、というのは冒険者ギルドのことで、暗に彼らによる開拓地としての認定が無ければ、その話に乗るのは国としても難しいという話だ。


 実際、172層は街並みこそ残ってはいるが、機能の停止した廃都市。川があり土があるが、それだけだ。生活に必要なインフラはこれから用意していかないといけない手前、開拓が必要なのは確か。


 そんなわけで、先遣隊として冒険者ギルドから冒険者たちが172層に派遣されたわけだ。


 そして移動はヴィネ手ずからのテレポートゲートによって行われる。現在、コーサー跡地と13層街、そして172層を繋ぐゲートが作られており、172層以外の移動は自由である。


 馬車一台が余裕をもって通れるテレポートゲートともなるとその価値は計り知れない。この時点で、アビルはヴィネの持つ魔法技術が恐ろしいほどに高いことを知ったはずだ。


 ってか、短剣の魔道具と言い本当にヴィネは何者なんだ。


「とりあえず、畑の手入れしにいくけどバラムも来るか?」

「行く~!」


 さて、今までとは勝手の違う172層の中で、俺はとりあえず寝泊まりしている家の裏手にある畑の手入れに行くのだった。


 ただ、そこには先客が。


「今日も来てたのか」

「あ、お世話になっております」


 そこに居たのは、モノクルを掛けた優男。彼の名はエディタル。ここ172層に来ることとなった冒険者の一人だ。


「いやはや、ただでさえ興味深い植物が多い中、一部の有用なものに至っては栽培方法が確立されているとは……これ一つで商人が貴族になれる程に稼ぐことができますよ」


 そう言う彼の眼が向けられるのは、俺の家の庭先で家庭菜園にしては広く作られた畑に生えるダンジョン産の植物だ。


 もちろん、野菜や香料なども育ててはいるのだが、エディタルは畑の一角でそれなりのスペースを占有している青い花に気を取られている。


 耕された土の上に咲く青い花。お辞儀をするかのように下を向いた花弁は、一つの株に4つ5つほど咲いている。


 食料にしている野菜を押しのけて大量生産されているこの花こそが、俺が何度もお世話になった薬効団子の元となる花、『低栄花ていえいか』であった。


 ちなみに、命名はヴィネだ。元は名前が無かったようだが、エディタルを筆頭とした冒険者たちに名前を聞かれて、その場で命名したらしい。


『思い付きの名前なのは秘密だぞ』


 と後で恥ずかしげにこっそり言われたのが記憶に新しいな。


「そっちの方で栽培は成功したのか?」

「ええ、なんとか。種は芽を出しましたし、頂いた株からも蕾を確認することができましたので、栽培は可能かと」


 低栄花の栽培。これも、ヴィネとアビル――或いは冒険者ギルドとの間で交わされた契約の一つだ。


 要するに、172層から得られる素材をギルドに流す代わりに、国側からもヴィネの領有権を認めてもらう、といったところか。


 一見すれば俺たちが一方的に搾取されているようにも見えるが、実際のところは違う。なんたって俺たちはヴィネの管理者ではあるが、ヴィネの脅威を排除するつもりはなく、ダンジョンとして機能させるつもりだからだ。


 要するに、俺たちがしているのは狩場の解放。素材を獲得するために割かれる労力は、冒険者ギルドに丸投げなのだ。


 とはいえ、それではな忍びないと思ったため、ポーションの代わりになる薬効団子の元となる植物とレシピを渡して、助けられる命が助かる様に配慮したつもりである。


 実際、薬効団子は従来のポーションよりも安価に作成が可能であり、低栄花の量産体制さえ整えば冒険者の死傷率は大幅に減るかもしれないとのこと。


 ま、どっちにしろ俺は商人でもなければ貴族でもない。未開の土地の利益を、人類全体に還元する冒険者でしかないため、己の生活を脅かされない限りは何も言うことはない。


「なんか複雑だなー……」

「悪いなバラム。とはいえ、低国ヴィネが攻略されたら172層も含めて全部なくなっちまうんだ」

「まあ私が言い出したことだし仕方ないとは思ってるけどね~」


 ただ、次々と開拓されていく低国ヴィネの風景を見て、ヴィネのことが大好きなバラムは複雑そうな溜息を吐くのだった。

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