第1話 長旅から帰ってきたときってなんか雰囲気変わるよね


「……朝、か」


 ベッドの上で目が覚めた俺は、明るくなった部屋を見てそんな言葉を零した。


「とりあえず顔でも洗いに行くか」


 寝起きという憂鬱な雰囲気を洗い流すためにも、俺はベッドから起きあがって早々に、裏手の川に顔を洗いに行くために外に出た。


 まあ、“外に出た”と言ってもここはダンジョンの中ではあるのだが。

 ここはダンジョン低国ヴィネの最深部172層。あれから――コーサーの一件から一か月経ったが、俺はなんとかこの172層に帰ってくることができたのだった。


 ただし、ここは一か月前まで俺がいた172層ではない。というのも――


「あ、おはようルード!」

「ルードさんおはようございます」

「おう、おはよう」


 俺の名を呼んで挨拶してくるのは、名前も知らない冒険者。そう、ここ172層に新たな住人が増えたのである。

 それも、数十人規模で。


「なんかすごい違和感あるな……」

「どうかん~……私なんか滅茶苦茶みられてる気がするよルードちん」

「おはようバラム。まあバラムは背が大きいからな」

「おっはよールードちん!」


 数十人も一気に人が来れば、流石に街としての様相が出来上がる。元々は半壊した街の残骸でしかなかった172層であったが、彼らが来て一か月で急速に人の気配を感じられる街並みが出来上がっていた。


 流石は冒険者。未開の地に村一つ街一つを作るなど造作もない、か。まあ、ジャングルや荒野のような場所ならいざ知らず、住居にできそうな残骸も多い172層ならそう手間もかからないということだろう。


 さて、なぜこんなことに――172層に俺やバラム以外の人間が居るのかというと――それは、ヴィネとモアラの間で交わされた(俺も一枚噛んでるが)取引にある――



 ◆◇


――一か月前。


「ともかく、俺は確かにモアラの言う通りシュバルツ家の人間だった。ただ、それは昔の話だ。前に名乗った通り、俺はルード。ルード・ヴィヒテンでしかなく、俺のどこにもシュバルツの名はない」

「つまりは……今回の件に関しては」

「関係ないし、事情も知らない。そもそも、四年も前に俺は絶縁したんだ。ま、白の国の関係者ともなれば信じられないのはそうだろうけど……」

「いえ、信じますわ。そもそも、プルソンと戦っていた時点であなたが暗躍しているとは思っていませんでしたので」

「ありがたい」


 白の国と俺の関係性を疑ったモアラだったが、どうやら俺が何か暗躍をしていたと疑っていたわけではないらしい。


「ああ、それと。俺の存在を使って白の国と交渉しよう、なんて思うなよ。元々追い出されるしかないぐらいの無能だったし、最悪俺自身が殺されかねないから」

「……わかりましたわ」


 嘘は言っていない。事実、俺はソロモンバイブルズに所属していた時と同じく、大したこともできない子供でしかなかった。とはいえ、無用の無能であるが、天賦スキルを四つも持つ特別な人間であったことだけは確かだ。


 そんな俺の特別に、奴らが関心を向けていたのは事実。ただ、逃げ出したはずの俺が白の国で冒険者をしていたころに奴らに捕まっていない時点で、大した価値もないと放置されていたのだと思う。


 だから、あえて口にする必要もないだろう。


「ともかく、戦後処理だな」


 俺の身の上についてはこれ以上話したくもないので、無理矢理ではあるが話を転換する。俺が目を向けたのは、随分とボロボロになったコーサーの街並み。


 ほとんどの建物が半壊していて、中には建物十数棟まとめて消失しているところまである崩壊っぷり。ここが大国に数えられるアビルの王都でだったとは、何も知らない人間が見たら気づくことはできなさそうだ。


 そんな街並みの中で、冒険者の一団がこちらへと近づいてきていた。先頭に立つのは――ナズベリーだ。


「ナズベリー!」

「なんとか、事なきを得たようですね」


 こちらを向いたナズベリーの表情には安堵の色が映っている。ただ、すぐにそれを引っ込めてから、ナズベリーはモアラの前に跪いた。


「え、急に何してるのよ」

「先ほどのスキルは、王家に伝わる伝説の力です。そして、モアラがもつ剣は話に聞く宝剣とよく似ています。となれば、私の態度も王に対するものにしなければいけませんので」

「そう、ですわね。ええ、そうですわ。父なき今、わたくしこそが次なるアビル王、ですわね」


 ナズベリーの言葉を聞いて、俺もコルウェットもようやくモアラの今の立ち位置に気づくことができた。


 彼女はもう、姫ではないのだ、と。


「次期アビル王よ。今回の件について報告を申し上げます」

「……ええ、お願いします」


 ともかく、ナズベリーはナズベリーとして、今回の一件によってできた傷跡と、残されたものをモアラへと伝えていく。


 助けられたもの、助けられなかったもの。


 数字に表してしまえば簡素であるが、プルソンが引き起こしたこの騒動は下手をすれば数万人規模の犠牲を出している。


 もちろん、そのすべてを数えることができたわけじゃない。ただ――


「それと、低国ヴィネの13層に避難していた方々、並びに敵の傀儡となっていた方々で、私たちの手で無力化した方々の無事は確認できました」


 犠牲者よりも、多くの生存者がいたことに喜ぶべきだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る