一章エピローグ上『暗幕は曇天の下、息を潜める』


 ※注.エピローグにしてはかなり蛇足が含まれます。蛇足五十パーセントぐらいです。上下含めて情報量があり得ないぐらい多いです。後悔は……まあ自分の力量不足を悔いるばかりです。とりあえずそういうものだと深く考えずに読んで頂ければと。

 ともかくエピローグ上編をどうぞお楽しみください。


 ――――――――――――――――――――



 白亜の城が並ぶ大地。平原の中に忽然と姿を現す、白そのものが城となり、そして城そのものが街として機能するその街のとある尖塔のバルコニーにて、一人の女が朝焼けの時間をティータイムに使っていた。


「……不完全」


 しかしながら、その女は何かが気に入らなかったらしい。

 とはいえ、その気に入らなかった出来事が何を指すのかは、傍にいた従者にもわからないことだ。なにしろ、女の両目は目隠しをするように包帯が巻かれており、鼻から下には降りた暗幕のようなマスクが装着されているからだ。


 目線も表情も何もかもがわからない。だから、彼女の不機嫌の原因が、従者が淹れた紅茶の完成度にあるのか、彼女がティータイムを行う白亜の城にあるのか――それとも、遠くに見ゆる朝焼けそのものにあるのか、見当もつかないのだ。


「そう。でも私は意見を変えない」


 続く言葉は、しかして奇妙なものだった。

 まるで誰かに話しかけられたから、その返事をしているかのような言葉。問題があるとすれば、その女の周りには従者が二人しかおらず、彼女がこのバルコニーに姿を現してからは一言も言葉を発していないことか。


 だというのに、女はまるでそこに誰かがいるかのように言葉を続けた。


「勝利、というものは淫猥な娼婦よりも尻軽なものであることをあなたは知らないのでしょう。手に入れることは簡単でも、それを維持することにこそ真の艱難辛苦が待ち受けている……そしてその最後の着地点を知るものは、誰でもない娼婦そのもの。もちろん、その娼婦を取り合う情夫にも、戦いを終わらせる権利はありますよ。娼婦を殺すという、戦いそのものを台無しにするというやり方で」


 隠された表情の奥底で、彼女はいったいどんな顔を浮かべながら喋っているのだろうか。そしてその視線は、いったいどこに向けられているのだろうか。

 従者たちの疑問が尽きないままに、見当たらない誰かとの会話は続けられる。


 ただ、その会話はそう長く続くこともなく終わりを迎えた。


「ええ、ええ。そう。至るのは私。これまでが失敗続きだろうと、貴方はいつかぼろを出す。なんたってあなたは、女の扱いを心得ていないから。それじゃあさようなら。また会う日を憂鬱に待っているわ」


 そう言いながら、女は席を立った。


 そのままの勢いでバルコニーを後にした女の背中を、従者二人は何も言わずに追従していく。


 そして無人となったバルコニーの中で、誰にも聞こえない声が響くのだった。


「ミセス・シュヴァルツは随分と機嫌が悪いらしい。それもそのはず、残された期間はあとわずか。収穫祭が近づいた今、彼女が急ぐ理由もまた理解できるものだ」


 そこには誰も居ない。しかし、その声は誰にでも聞こえる音として発され、そして誰にも聞かれることなく静寂の中に消えていく。


 そうして静まり返ったころには、バルコニーには誰も居なくなっていた。最初から、そうであったかのように。



 ◆◇



 もし、何かが起こるのであるとすれば、それは起きる以前より始まったことだ。

 そのすべてに意図があるとは言わないが、原因ばかりはどれほど否定しようと存在する。


 そして、この少女の生存は、今後起きる何か大きなものの原因となりえるものだった。


「生存。要因、不明。……状況確認。推定、捕虜」


 コルウェットが確かめた生死を超越した少女は、薄暗闇の部屋に放置されていた。そこがどこなのかを彼女は知らない。とはいえ、拘束もされていないとなれば、逃げ出すことも容易だろう。


 そう思っていたが――そんなにうまい話はなかったようだ。


「施錠。不開……脱出不可」


 部屋唯一の扉は開かない。そして、支給されていた魔道具は取り上げられており、頼みの綱の悪魔のスキルも発動できなくなってしまっていた。


 となると、もう彼女にできることは何もない。


「……郷愁」


 とはいえ、彼女にとってこの部屋に何か不満があるわけではない。むしろ、安心感すら覚えてしまう事実に、少しばかりの不服を覚えるぐらいだ。


 薄暗い地下室での監禁は、なにぶんと慣れているから。


「静止」


 それから、何もすることが無いと悟った彼女は、無駄なエネルギーを使わないためにも目を閉じて横になった。


 どれほど先の話になるかわからないが、目の前の扉が開かれるのを待ちながら。



 ◆◇



「うーん……やはりこの体、すこしだけ違和感がある」

「仕方ないと思いますよ、殿下」

「ヘムウィグ。僕はもう殿下じゃない」

「ああ、そうでしたねガラディン様」


 コーサーより遥か北。国境を超えた先にある平原を歩く影が二つ。それは他でもない、モアラの兄とその従者であった。


 旧都アルザールに居を構えていたはずのなぜ彼らがここに居るのか。いや、そもそも


 そんな疑問が浮かんでくるかもしれない。事実、モアラが持つ天賦スキル〈虫の報せ〉は、ただ一人の姉を除いた親兄弟全員の死をモアラに伝えているのだから、例にもれずアビル王家に連なる子息であるガラディンは死んでいるはず。


「とにもかくにも、これで僕たちは自由の身だ。何をするのも自由……ってわけじゃあないけどさ」

「ええ、そうですね。とはいえ、先方の意とするところはガラディン様の望むところ。同じ景色を見る同志ともなれば、道を違えることもありますまい」

「はははっ。既に人間としての道を違えてしまった僕たちが、さらに道を違えるってのも不思議な話だ」

「とはいえ、後悔はないのでしょう?」

「ああ、後悔はしていない」


 国境線の向こう側から、アビルの方角を見るガラディン。その目に映るのは、郷愁でも親しみでもない。そこには、何も映っていない。


「兄さんやモアラたちには申し訳ないけど、世界は変わるべきだ。いや、戻るべきだ。最も原始的で、最も野蛮なかの時代に――。さて、彼らと合流しようかヘムウィグ。合流は、次の街か」


 そうして、二人の人影は流砂の国から離れ、その隣国である草原の国へと消えていった。



 ◆◇



 一つの運命が動き出した。


 しかして、それはただ一つの運命が動き出しただけにとどまらない。

 なにしろ、その運命は余りにも巨大で、そして人を巻き込む性質を持っているからだ。


 しかも、その運命とやらは――本来、ありえざるべきものなのである。


 無論、ここでその運命をありえざるべきものだとして、それが何故にそうであるかを答弁することは難しい。それを詳らかに話すのは時期尚早が過ぎる。


 だからこそ、ここに記されるのは結果だけだ。


 過程は記され、理由は伏され、過去は彼方へと姿をくらましてしまった今、残されたものは今何が起きているのか、だけだろう。


 なにしろ、未来を見ることができる悪魔ですら、この先の未来を見通すことができなくなってしまったのだから――


「――なんてね」


 暗闇の中で、一人の男が手記を取っていた。

 戯言に刻んだ言葉たちが、どれほどの意味を持つのか。それは手記の筆者である男だけが知ることだ。


「僕の出番は……きっとまだ先。となると、観測者としての仕事を果たすだけ。つまんないなー、ほんと」


 真っ暗な部屋――いや、部屋ではない。机と椅子と手記とペン。それだけを除いてなにもないこの暗闇は、本当に現実世界なのかも怪しい漆黒でその男を包み込んでいた。


「とかく世界は動き続ける」


 改めて筆を執ったその男は、手記のページを一枚めくった。


「謎は多く、世界は広い。さて、次はどこで何が起きるのだろうか」


 そう言い残し、男は一人暗闇の中で笑っていた。


 世界はまだ完全に壊れていない。しかし、それはもう時間の問題だ。1000年の時を経て人類の可能性は集約され、そして新たなる世界のための道が拓かれる。


 その時間は、すぐそこまで迫っている。


 だから、男は静かに手記に筆を乗せた。


 それが、彼の仕事だから。

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