接続話 舞台に残る影は何処に
世界が凍り付いた、というのはあくまでも比喩的表現である。
しかし、眼前に迫る天蓋が如き槍雲の全体像そのすべてが凍り付いたともなれば、同時にこの世界の須らくが凍てついてしまったのだろうと想像してしまっても仕方のないものだ。
「終わり……でしょうか?」
「続く動きはないわね」
宝剣を降ろした二人は、自分たちがなした
ただし、俺たちの前に現れたのは、そんなプルソンよりも予想外の人物であった。
「ああ、ぬしらの勝ちだぞ。存分に勝利という喜びを分かち合うといい」
「コルちんお疲れ様~。あとおかえり~!」
「何者……!」
「ああ、いや。モアラ、こいつらは味方だ」
そこに現れたのは、他でもないプルソンと同じ悪魔ながらも、地下に広がる最高難易度ダンジョン低国ヴィネの住人であるヴィネとバラムの二人であった。
「現れるにしちゃあタイミングが良すぎるな。まさか、傍観してたか?」
「ルードちん大正解! といっても、悪魔同士の戦いで私ができることなんて多分何にもないけどね~」
「バラムがそう言うんなら、まあ実際そうなんだろうな」
そう言いながら俺は、ちらりとヴィネの方を見た。バラムとはかつて死闘を繰り広げたことがあるが、まだ俺はヴィネの全力を知らない。そんなヴィネに対して、旦那様なんて愛称を付けて揶揄っていたパートナーが死地に立たされていたというのに、お前は何をやっていたのか、なんて非難めいた視線を送ってみた。
「心外だぞルード。別に、我は何もしていなかったわけではないのだぞ?」
以心伝心。俺の思いを受け取ったのであろうヴィネが、心底心外そうな声を出して、手に持った何かを見せて来た。
ちなみに、ヴィネは相変わらず仮面を被ってその素顔を隠しているため、表情を読むことはできない。
「……瓶?」
「プルソンだ」
「はぁ!?」
ヴィネが見せてきたのは、手のひらサイズの小瓶。中を見ることができない色付き硝子の瓶であり、瓶や蓋、更には張り付けられた札のようなものにこれでもかというほどの呪文が書き込まれているのを見る限り、相当な魔道具と見受けられる。
おそらくは――
「封印、ですの?」
「概ねそんなところだ。ぬしらの活躍のおかげで、弱ったところを抜き取ることに成功した」
「じゃあ上の氷は――」
「抜け殻だな。もう魔法を解いても、プルソンが蘇ることはないだろう。なにせ、核はこっちにあるのだからな」
「そうですか」
その事実を確認した上で、モアラが警戒を解く様子はない。まあ、ここで現れた奇妙な二人組を信頼できるはずもないか。
とはいえ、プルソンが封印された手前、彼女が警戒を続ける理由もないと、俺は二人を紹介した。
「でかい方がバラム、小さい方がヴィネ。俺がダンジョンで世話になった奴らだ」
「ヴィネ? と言いますと……まさか、貴方も――」
「そうだな。ぬしの予想通り、我こそが低国ヴィネを管理する悪魔――ま、こいつと同類にされるのは少々気分が悪いがな」
モアラの疑問に対して、正直に自らが悪魔であることを曝すヴィネ。ただ、手に持った小瓶を振りながらそう言うヴィネも、プルソンと同類にされるのは嫌らしい。
「……そう、ですわね。いえ、別にあなた方を疑っているわけではありません。ただ――ルード様」
「なんだ?」
モアラの視線が、ヴィネから俺に映る。
「一つだけ、確かめたいことがございます」
「……俺に応えられることならなんでも。わからないことは答えられないけどな」
その視線から感じられるのは、疑いというよりも戸惑い。どちらにせよ、何か無視できないことがあったのは確かなのだろう。
もしかすれば、そのなにかこそが彼女が〈王の器〉の対象にならなかった理由なのかもしれない――ともかく、俺は彼女の話しに耳を傾けた。
「私とコルウェットは、地下道にて一人の敵と邂逅しましたわ。奇妙な魔道具を利用した白兵戦を得意とし、辛くも勝ちを拾えた強敵。……問題は、その敵の武装に在りましたの」
「武装……というと?」
「奇妙な魔道具といえば、魔道具の作成に長けた国に心当たりがあることでしょう。そう、我が隣国『鉄の国』。私たちが地下で出会った敵は、『鉄の国』の魔道具を身に着けていたのです」
「つまり、この事件の裏には鉄の国が絡んでいると?」
「……いえ、私が思うに、この裏にはもっと大きな存在が居ると思っております」
そう言うと彼女は、こつこつと靴音を立てながら俺の方へと近づいてきた。
「私の知識では、宝宮プルソンは流砂の国より遥か遠方にある『椰子の国』に存在するダンジョンです。無論、あの悪魔が国を超えてこちらに来たというのならば陰謀の可能性を排除できたのでしょうけれど――そうじゃなかった。私が見た鉄の国の武装を纏いし少女は、あの悪魔の関係者だった――そうですわね、コルウェット」
「……ええ、そうね。悪魔のスキルを使っていた時点で、あの子がプルソンとやらと契約を交わしていたのは間違いない。となると、彼女がダンジョン攻略者か、もしくはそれに見合う働きを、ダンジョンの中で示した人間であることは間違いない」
悪魔のスキル、と聞いて俺は首をかしげたが、コルウェットにはコルウェットなりの理由があって、地下道で出会った少女がプルソンとの契約者であり、ダンジョンの攻略をして見せた人物であると確信しているようだ。
もちろん、コルウェットを信用している俺は、その意見を信用している。しかし、それがどうしたというのだろうか――なんて、思ってもみるが、こんな時ばかり、俺の勘が冴えわたって嫌になる。
もし俺の予想が正しいとすれば――この先の話は、俺にとって耳にしたくもないモノ。それでも、聞くしかないのだろう。
「それはつまり、椰子の国に鉄の国が武力的な援助をした、もしくは攻略の手助けをしたとしか考えられませんわ。少なくとも、あれほどまでに強力な魔法兵器を、鉄の国が外国の手に渡るような環境に置くとは考えにくい」
鉄の国のものである刻印が魔道具にされてあった以上、それは鉄の国の名をもって存在する物品だ。そして、それらが強力な魔道具であればあるほど、その価値を他国に秘するために、国家機密にしていてもおかしくはない。
「創成に謳われる白光魔法。それを再現して見せた魔道具など、切り札中の切り札で、本来であれば国外に出すなんてもってのほか。もしそれを他国――椰子の国のダンジョン攻略、或いは流砂の国に攻め入るのにつかわれたのだとしたら――そうしなければならない理由があった、と考えるべきですわ」
それはもっともな話だ。
国家とは武力によってあらゆる均衡を保っている。それらの種が割れることだけは、どんな手を使ってでも避けなけれならない。
もし、そんなものが使用されるのだとしたら、それこそ国家存亡の危機に陥った時か、それ以上の武力を手にしている時だけだ。
そして正解は、おそらくその両方だろう。
「偶然にも、鉄の国も椰子の国も、とある一つの国の傘下についております。椰子の国は衛星国として、鉄の国は多額の借金を抱えて、どちらもとある国にその主権を握られているのです」
ああ、知っている。その話はよく知っている。
「その国の名は『白の国』。ご存じの通り、我らがアビルに劣らぬ歴史を持つ大国ですわ。そんな大国は、とある大貴族が実質的な支配権を握っている。その大貴族は、本家の人間に傍系の子女を娶らせ、それぞれの家に本家になるためのチャンスを与える。そしてわたくしは知っております――その傍系の一つに、『ヴィヒテン』という名の家があることを」
なんという偶然だろうな。本当に。
「わたくしはあなた様を信頼しております。アビルの都コーサーを取り戻すために奮闘していただいたあなたを。しかしながら、こればかりは確かめなければなりません――ルード様。……いえ、ルード・ヴィヒテン・
本当に――本当に、こんなところで聞くことになるなんて思わなかった。
いや、それは甘い考えか。だって、あいつらの目的は世界を巻き込む。その覇道を進む限り、世界中のどこに居たって、関係はいないのかもしれない。
それでも、奴らと関わらないためにここまで――それこそ、ソロモンバイブルズに所属し、脱退するタイミングを失ってまでしがみ付き続けていたはずなのに――そして、ダンジョンの深層に至り、人間たちの世界とは隔絶された世界に居を構えたというのに、どうしてこうも過去というモノは、俺の背中を掴んで離さないのだろうか。
「白の国を支配する大貴族『シュバルツ家』。まったくもって、厄介なビッグネームだよな。こんな他国に来てまで、その名を聞くことになるなんてさ」
もしも、俺が冒険者として活躍していることをあいつらが知ったらどうするのだろうか。だって俺は、あいつらの期待に最も近づいたらしい子供なのだから。
とにもかくにも、この場でいえることは一つだけ、か。
「その通りだ、モアラ。俺はシュバルツ家の傍系。そして次代のシュバルツ本家に至る候補者の一人として、かつて祭り上げられていた
どうやら俺の過去は、こんな時になってまで俺を追いかけてここまでやって来たらしい。
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