第68話 連なるもの
バラムとの戦いで一度、コルウェットは死を経験している。
その後、〈王の器〉の謎の条件を達成したことによって、俺はコルウェットの天賦スキルである〈花炎姫〉を徴収した。
その後、バラムを打ち倒した後に現れたヴィネの腕には、心臓を貫かれて殺されたはずのコルウェットの姿があり、どういうわけか彼女は生きていたのだ。
無論、胸の傷は何もなかったかのように消えていたため、俺はヴィネの仕業を疑った。しかし、ヴィネ曰く何もしていないとのことなので、おそらくは俺が何かをしたのだろう。
そう、俺が何かをしたのだ。
あの時、俺が使えたスキルは〈重傷止まり〉と〈王の器〉のみ。そのスキルの何がどう作用してコルウェットが一命をとりとめたのか、俺には見当もつかなかった。
しかし、コルウェットは仮定と仮説の上で、おおよその〈王の器〉の力を見抜いたのだという。
「おそらく、あなたのスキル〈王の器〉は、あなた自身を王と見立てて、その配下となった人間との間で交流をするスキルだと思われるわ。私のスキルがあなたの手元に渡ったのと同様に、おそらくはあなたの〈重傷止まり〉の力が私に手渡された。ついでに、魔力が枯渇していた私でもスキルを使えるように、魔力も手渡した」
……なるほど。
確かに、俺の〈重傷止まり〉の力がコルウェットに受け渡されたとなれば、致死に至る傷を重傷に後戻りさせたとしても不思議ではない。いや、死人が蘇った以上不思議が過ぎるかもしれないが――スキルとはそういうモノなのだ。
実際、体を霧に変えたり未来を予知したりするやつらがいる手前、悪魔と何度も呼ばれた俺のスキルにそれほどの力あったとでも考えてほしい。人間扱いされないのはちょっとだけ気に食わないけど。
「つまり、わたくしがルード様の配下になり、その魔力の恩寵を頂くことができれば――いえ、さらに言えば、この〈冰帝〉のスキルをコルウェットに譲渡すれば、あの空にある大雲を止められるかもしれない、と?」
「ええ、そういうことよ」
「なるほど……」
考え込むモアラ。当然のことだ。
一族が一千年もの間守り続け、そして今回の騒動の発端となったかもしれない、いうなれば王家のスキルを友人とはいえ出会って数日の人間に渡す。それも、俺のような男の配下に加わらないといけないなんてな。
ってか配下に加わるってなんだよ。そういうコルウェットは俺の配下に加わったのかよ。
「……私について疑問のようね、ルード」
げ、バレてるし。
「そうね。確かに私はあなたを嫌っていた過去があるわ。考えを改めた、と言って信じてもらえるとも思ってないけれど」
一応そこは信じてる。昔みたいなとげのような態度が言葉の端々から感じられなくなったしな。
「でもあの時――バラムに殺されたとき、私は思ったのよ。あなたに死んでほしくないって。自分の体が死に落ちていく傍らでも、その手を伸ばしてあなたの力になろうとした。〈王の器に連なるもの〉が私に付与されたとすれば、あなたの力になるために手を伸ばした一人の人間だった、ぐらいしか思いつかないわ」
なるほど。確かに、もし俺に協力したいという気持ちそのものが条件なのだとしたら、俺側からしてみれば一切その条件を読み解くことはできないな。
「……なあ、モアラ」
ならばこそ、ここは俺が言うべきだろう。
「なんですか」
「俺はこの街のことを守りたいと思ってる。街の中にはプルソンに傀儡にされてた人もいるし、俺たちの続いてコーサーに進撃してくれた冒険者たちだってたくさんいる。だから――力を貸してくれないか?」
「……ええ、ルード様のことは……そして、コルウェットのことは信頼しておりますわ。それに、この町とここにいる人々を守れるのならば、この力いくらでもお貸ししても構いません。しかし不安なのは――本当にできるのかどうか、ですわ」
「確かにな」
はっきり言って、〈王の器〉も〈玉座支配〉も俺のコントロールにはないスキルである。そもそもこの作戦には実行可能なのかどうか、という穴が――
「ねぇルード。魔力ちょーだい」
「え……いいぞ」
『〈王の器〉の条件を達成しました。魔力を対象に下賜します』
「えぇ……」
できちゃったよ。
「おそらく、〈王の器〉と〈連なるもの〉の間で要求と承認が交わされることで条件を満たすことができるのでしょうね」
「なる程な。つまり、あの時はコルウェットが『力になりたい』って願って、俺が『力があれば』って願ったから条件が達成された」
「私が生きていたのも、『死にたくない』と思い、そして貴方が……あ、貴方が私に『死んでほしくない』と思ったから、でしょうね」
やっと、未知のスキルの一つの全貌が見えて来たな。とにもかくにも、当初の作戦に破綻が無いことが分かったのは収穫だ。あとは、モアラの力を借りるだけ――
「そう、ですね。一つ疑問なのですが、これは王と配下の間でのやり取りであって、配下と配下の間ではできないのではないのでしょうか?」
「……あ」
「その可能性があったか……」
「そもそも、私も今一度言われたとおりにルード様の配下になる、或いは力になりたいと願っているはずなのですが……ステータスに何か変化が生じたわけではありません」
「困ったわね」
しかし、振り返ってみれば穴だらけの作戦であったことに気づかされた。
〈連なるもの〉同士がスキルの譲渡をできない可能性、モアラが〈王の器に連なるもの〉のスキルを獲得できない可能性。その二つだけでも、この作戦の成功には致命的だ。
「でも、おそらく作戦は可能でしょう」
「……どういうこと?」
「私の〈冰帝〉は元よりスキル継承器によるもの。ともすれば、この宝剣の力ということですわ。それはつまり、この宝剣を魔道具のように扱うことができれば、宝剣を介して〈冰帝〉を扱うことができるやもしれません」
「なるほど。私が操作できずとも、魔力を渡すことができるだけで十分ね。というか、ルード。魔力多過ぎよ、ちょっと零れて炎が出ちゃったわ」
「え? ってうわ! なんか燃えてる!!」
どうやら俺はコルウェットに魔力を渡しすぎたらしい。いや、どれだけの量を渡すか、俺が調整したわけじゃないんだけどさ。
「とにもかくにも、反撃のめどが立ったわね――モアラ。その宝剣を触らせてちょうだい」
「ええ、いいですわ」
「ありがと。――うん、問題無さそう。それどころか、多分これ私にも操作できそうね。そう言う機構が、元から付けられてるみたい」
「……おそらく、〈冰帝〉が暴走した時、お目付け役の人間がその暴走をコントロールできるように、でしょうね」
「なるほど。いい仕事をしてくれるじゃない」
女子二人がイチャイチャとしている間にも、空の様子は変わり続けている。先ほどまで暗雲の天蓋が空を覆いつくしていたというのに、その中心に――俺たちの上空にぽっかりと大穴が開いていた。そして、その中心部には巨大な球状の雲が漂っている。
それは次第に形を変え、槍のようなフォルムとなってその切っ先をこちらへと向けてきた。
「二人とも、準備をしろ。あいつの大技が来る」
「ええ、準備完了よ。使い方はなんとなくわかったから。といっても、私は補助だけれど」
「〈冰帝〉自体は私が操作しなくちゃいけないんですのね……でも、泣き言は言ってられませんわ」
覚悟を決めた二人の眼が、空から降る脅威へと向けられた瞬間、その声は降り注いできた。
『さようならと、言葉を告げよう。なぜならば、低国ヴィネの下の下まで、僕の技はこの大地に大穴を穿つだろうから――!!』
その言葉と共に、世界を揺るがす大技は放たれる。
『〈
街規模の大槍が俺たち目がけて降り注ぐ。あんなものが大地に突き立てられてしまったら、それこそ奴の宣言通り地中千メートル下まで続く大穴がぽっかりと空いてしまうことだろう。
だからこそ、俺は――
「頼んだぞ、コルウェット」
「私じゃないわ。モアラが救うのよ」
「任せてくださいまし。といっても、わたくしとしてはご協力を乞う立場である以上は、尊大にふるまうことはできませんけれどね」
手を差し出し、二人を見る。
「さあ、ありったけの魔力をよこしなさい」
「好きなだけ持っていけ」
俺の両手をそれぞれが取り、そして空いた方の手を使って二人で宝剣が構えられる。切っ先は空へ。それはまるで、神へと反逆するかのように――
「「〈冰帝〉『絶冰界』」」
その日、世界は凍り付いた。
すべてを――このコーサーの街で始まった事件を終わらせるために。
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