第67話 妙案
「ナズベリーさん! 魔物の動きが!」
「いえ、それよりも操られた人たちを見てください!」
「いやいやいや、地形だろ! あんな風に大きく動き出すとか、今度は何が起こるんだよ!!」
こちら、ナズベリー率いる救助掃討合同チーム。
本来であればコルウェットが担当していた魔物掃討チームを、ルードの暴走を窘めるためにコルウェットが敵の本丸へと行くことになったため、ナズベリーが引き継いだ合同チームである。
彼らは要救助者の捜索をメインにし、プルソンに操られた住民たちを無力化し、魔物を掃討することでダンジョン内での安全を確保する任務に就いていた。
しかし、ここに来てダンジョン全体に異変が起きる。
まず、魔物たちの機能が停止した。形状や攻撃方法にまったくの統一性が無いゴーレムたちが突然攻撃を止めたのだ。
不審に思った冒険者であったが、事態はそれどころではなかった。
次に起こったのはダンジョンの異変。コーサーの街並みを歪めていた空間の異変が、徐々に正常な姿に戻っていくのである。
さらに続いて、傀儡とされナズベリーたちに襲い掛かっていたコーサーの住人や冒険者たちから黒い靄が吹き上がったかと思えば、それが空に消えていく、傀儡たちが次々と倒れていった。
「とにかく、動ける方は倒れた方々の保護を優先したください!」
倒れた傀儡に息があることを確かめたナズベリーは、現状の確認よりも目の前の要救助者の保護を優先して指示を飛ばした。
その指示に従って、冒険者たちは手際よく傀儡たちを後ろ手で縛って拘束しつつ、その安否を確認していく。
彼らもまた準一級――冒険者の中でも上澄みに当たる人材であり、未開拓地での応急処置などの技術にも長けていることもあってその手際はよい。
そうした冒険者たちの救助作業の進行を横目にしつつ、ナズベリーは空を見上げた。
(混乱を防ぐためとはいえ、先ほどの空に打ちあがった魔力を見逃していたのは早計でしたでしょうか……?)
真一級の冒険者であり、魔法にも長けたナズベリーはこの異変の中で、空に打ちあがっていく魔力の存在をしっかりと確認していた。
しかし、次々と起こる異常事態に冒険者たちの頭はパンク寸前。そこから、自分たちのいる場所から遠くの王宮で起きた出来事に関心を向けさせたところで、さらに混乱を深めるだけだとナズベリーは判断し、その事実を黙して救助活動を続けた。
異変の前に起きた炎の魔法。想起されるのはコルウェットであり、そしてダンジョン化したコーサーが元に戻った以上、この一件の黒幕が討伐されたとみてもいいだろう。
ただ――ナズベリーは、まとわりつくような嫌な予感を感じていた。
「……そちらのことは任せましたよ。二人とも」
幼き親友と、そして期待していなかった無用者。彼らに同道した姫の安否を心配しつつ、彼女は渦巻く曇天の下でそう言った。
◆◇
「なんだ、あれ……」
王宮だった場所からモアラとコルウェットの二人を抱えて逃げ出してきた俺は、突如として曇り空となった空模様を見上げてそう呟いた。
「おそらくは敵の魔法か、何らかのスキル――ただの自然現象とは考えられないわね」
「楽観視をしていては足元を掬われかねません。敵は自分の姿を霧にすることができるのですよね、ルード様。ならば、最悪の事態を――あの渦巻く雲すべてが敵の肉体である可能性を考慮すべきですわ」
既にプルソンの能力については共有済みの二人も俺と同意見らしく、中でもモアラは最悪の可能性を――自らの体を霧としたプルソンが、あの空に広がる雲そのものになった可能性を口にした。
その可能性を否定出来たら、どれほど楽だったことだろう。
ああ、そうだ。まさしく、モアラの言う通りであったのだ。
『眼下に群がる人間よ、僕の名は吹泡の悪魔プルソン』
空の雲間から降りてくる声は、この世界全体に響き渡るような衝撃と共に俺たちの耳に叩きつけられた。
『僕は御座を追われた王である。だからこそ、得ることのできなかったものを僻み、最大限の八つ当たりをしようじゃないか』
雲そのものがプルソンである。もしそんな予想が正しかったのならば、あの空を覆う曇天になったプルソンが行う八つ当たりとやらが、どれほどの規模の破壊をもたらすのだろうか。
いや、そんな現実逃避をしている場合じゃないか。
「おい、コルウェット! えっと、空の雲を全部吹き飛ばす魔法とかないのか!」
「私が風魔法の天賦スキルを持っていたらもしかしたかもしれないけど、生憎と持ち合わせていないわ……あの規模の雲が何らかの質量をもって落ちてきたとしたら、消耗した私の魔力じゃどうしようもないわね」
「……私にこの力を制御できる術があれば、雲自体を凍らせることも可能かもしれません。ですが、あればの話ですわ」
「ちっ、俺も無理だな。まだ魔力には余裕がありそうだが、さっきの戦いで短剣が欠けちまった。ヴィネになんて謝ればいいんだよ」
地下道での戦いを経たコルウェットは限りなく消耗しており、〈冰帝〉なるスキルを手にしたモアラは自らの未熟さを悔いて下を向く。俺も俺で、〈魔刃〉の威力に耐えられなかったであろう欠けた短剣を見下ろして打つ手のなさを実感した。
今度こそ詰み。そう思ったその時――
「……ルード。もしかしたら、いけるかもしれないわよ」
「はぁ? どうやって?」
「簡単よ。ルードの魔力を使って、私が魔法を操り、モアラの〈冰帝〉であの雲を凍らせる。もちろん、柱か何かを立てなきゃ危ないでしょうけど――あの雲自体が襲い掛かってくるよりもマシなことには変わりないでしょう?」
そういって空を見上げたコルウェットの視線の先には、奇妙に一か所に集まり膨れた雲が渦巻いていた。何の準備をしているのかは判然としないが、あれがプルソンの仕業であることは一目瞭然だ。
「しかし、俺の魔力を使ってって……」
「一応、私はあなたの魔力量をかってるのよ。魔法特訓の時も、何時間と魔法を行使し続けても魔力が切れる気配がなかった……そんな莫大な魔力をどうやって手に入れたのかは措いておくとして、今この場で魔力はいくらあっても構わないわ」
確かに、コルウェットの言う通り俺は魔力切れを経験したことが無い。それがなぜかは知らないが、事実として俺の魔力総量が途方もないことは確かなのだろう。
「そしてモアラ。これは確認でしかないのだけれど――もしこの状況を脱するために必要なことだとしたら、例えルードの配下になるという覚悟をすることはできるかしら?」
「い、いきなり何を言ってるんだよコルウェット!」
「……それで、この国と国民を守ることができるのならば、喜んで下に付きますわ」
俺の下に付く。一国の姫様が、ただ一人の冒険者に対して言っていい言葉ではない。
ただ、確かに――あの街一つは在りそうな雲の集積体が落ちてくることを考えれば、その下にある人間たちの命を天秤として賭けたときに、より多くが生き残れる方を取る選択をするべきなのだろう。
だとしても、なぜ俺なのか――
「いい、ルード。貴方、例のスキル――バラムとの戦いを決したスキルを覚えているかしら?」
「お前の天賦スキルのことか?」
「いいえ、その前……〈王の器〉よ」
〈王の器〉。それは、何らかの条件を満たしたことで、コルウェットから俺に〈花炎姫〉を譲渡させた謎のスキルだ。しかも、その後コルウェットの天賦スキルの中に、〈王の器に連なるもの〉という謎のスキルが生えていた。
原理も条件も一切不明なスキルであり、所有者の俺もどうやって使えばいいのかわからなかったのだが――どうやらコルウェットは、このスキルの効果についてあたりを付けていたらしい。
「私が考えるに、〈王の器〉はステータスを介した譲渡のスキル。スキルや状態、或いは魔力に至るまでを与え、徴収するスキルだと私は考えているわ」
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