第66話 断ち切るは焔


 〈魔闘エンチャント〉とは、百智の悪魔と呼ばれる悪魔ヴィネが編み出したという技だ。


 それは、本来の〈付与魔法〉――魔法に至る前の魔力を武器や体に付与し、性能を底上げする魔法とは違い、魔法そのものを肉体強化として出力し、魔法そのものを纏い戦うことができる技である。


 通常の付与魔法を超えた出力を発揮し、また爆発的な肉体強化の恩恵を受けることができ、かつて俺はこの技でバラムを倒している。


 ただし、あの時は〈王の器〉というスキルの正体不明の効果によって、どういうわけかコルウェットの天賦スキルである〈花炎姫〉という、火属性魔法の発動を補助してくれるスキルがあった。だから俺は〈魔闘〉という難易度の高い技を使うことができたのだが――今は違う。


 そのせいで、先ほどのように魔力を集めて〈魔闘〉を使おうとしても、魔法を制御しきれず不発に終わってしまう。


 一応、肉体強化の制御の方はできているので、膨大な魔力を流す際に制御できずに、肉体が爆裂してしまう――なんてことにはなっていない。


 どうやら俺は、魔法よりも肉体強化の方が得意なようだ。


 そこで、俺は発想を変えた。


 俺が今までやっていた〈魔闘〉は、肉体全身の内側で魔法を炸裂させ、力に変えるというモノだった。魔法の制御はもちろんのこと、それらを無理なく力に変え、体を傷つけずに全身に流すという作業が必要だ。


 それはつまり、今までの俺は肉体強化の制御にかかりきりになっていたというわけである。だからこそ、俺は一つの仮説を立てた。


 肉体強化の制御範囲を小さくすれば――つまり、〈魔闘〉の効果を適用する部分を少なくすれば、肉体強化に割いていた意識を魔法の制御に使えるのではないか、という仮説だ。


 無論、腕一本、足一本で〈魔闘〉をやれれば話は速いのだが――いかんせん肉体という繋がりがある以上、流した魔力は全身を伝ってしまうので、結局全身の制御をしなくてはならない。


 では、どうすればいいのか?


 簡単な話だ。肉体的な繋がりが無く、かつ魔力を通すことができる魔力回路を持つ武器を使えばいい――そう、ヴィネから貰ったこの短剣を触媒にすればいいはずだ。


 肉体強化の制御とはまた違った感覚で魔力を制御しなくてはならないし、失敗してしまえば短剣が内側から爆裂し粉々になってしまうかもしれない。


 それでも、何かをやらなければこの状況は打開できないとなれば、やるべきだろう。


「今度こそ行くぞプルソン! ――〈魔闘エンチャント――!!」


 〈魔闘〉に必要なのは魔法。コルウェットの指導によって、なんとか中位までならば火属性魔法を使えるようになった俺が選択したのは、もちろん火属性の魔法。


 魔力によって燃え滾る炎が、短剣の内側で爆発する。それを、肉体強化の容量で魔力回路に乗せ、短剣全体に浸透させていく。


 暴れる魔法を締め上げながら、特定の箇所に魔力が偏らない様に均等に魔法を均していく――


「名付けるなら……〈魔刃マジックソード〉ってところか?」


 そして出来上がったものを見て、俺はそんなことを言った。


 短剣に迸る魔力はすさまじいもので、まるで刃そのものが爆弾にでもなってしまったかのような危うげな光を漏らして燃え盛っている。


 それもそのはず、この短剣に込められた中位の火属性魔法は、本来であれば猛る炎を柱として放出する〈炎柱ファイヤーポール〉というもので、コルウェットほどの術者でなくても垂直に立たせれば四メートルもの高さに至る炎の柱を出現させることができる代物だ。


 それを、たった40センチほどの短剣に込めているのだから、危うく光り輝いていてもおかしくはない。


 そもそも、成功しているかどうかも怪しいもんだ。


 でも、形としては出来上がっている。魔法という力を短剣の形に凝縮した異様な武器を手に持って、俺は警戒を強めるプルソンたちに対して振りかぶった。


「なんと悍ましき技!」

「ならばこそ、その威力を見せてもらおう!」

「王として、そのすべてを受け止める責務がある!」


 王だのなんだの関係ない。ここにあるのは、ただひたすらの暴力だ。どちらの暴力が、相手の暴力を上回るか――そんな勝負でしかない。


 だから、俺は――


「うらああああああ!!!」


 俺の持つ最大の暴力で敵を討つ。


 迸る魔力が世界を両断する。茜色の焔が視界一杯に広がったかと思えば、遅れて放たれた短剣の剣線が燃え盛る世界を一刀のもとに切り伏せたのだ。


 遍くを焼き尽くし、須らくを斬り裂いた。


 それは俺自身も例外ではない。


「っ!!」


 短剣の切っ先が俺の方に向かっていなかったからこそ、切断という結果だけは免れたものの、解放された熱は短剣を持っていた右腕を燃やし、焼いていった。


 燃え盛るたびに何度も〈重傷止まり〉のアナウンスが耳に響きわたる。その度に、俺は自分の限界を予期しながら、それでももう一度短剣を構えた。


 未熟で未完成の俺が振るう、最大威力の暴力で、プルソンを討ち取るために――


「ああああああああああ!!!」


 言葉にもならない叫びが俺の体を突き動かす。最後の一振り。全身全霊の起死回生。それは正しく猛威を振るい、もう一度見える限りの景色を斬り裂いた。


 空間が歪んでいなければ、コーサーの町全体に広がっていたかもしれない脅威を振りかざした結果は――


「……ああ、くそ。ここまでやって、無理だったのかよ」


 俺は膝を付いてうずくまり、当のプルソンは無傷のままその姿を現した。


「いや、君の勝ちだ」

「……なんだと?」

「僕は王としての座を失った。わかるだろう? 君に斬り裂かれたダンジョンが崩れていく音が――」


 自分の敗北だと言い出したプルソンの言葉に従って耳を澄ませてみれば、何かが捻じれていくような――或いは崩れていくような音が聞こえる。


「まさかなんてね。その魔道具を作り出した匠の技がすごいのか、それとも君を褒めるべきなのか……とにもかくにも、僕の夢は崩れ去ったわけだ」


 歪曲していた空間は次第に歪みなおし、しかして均される様に平坦になっていく。天井に見えていたはずの街並みが、眼下へと落ちていく――


 そしてそれは、まるで何事もなかったかのように、コーサーの街並みとして姿を戻したのだ。


「それにとは思ってもみなかったよ。そうでもなければ、折り畳み式の僕のダンジョンが元に戻るわけがない」


 支配権を乗っ取る? どういうことだ、そんなこと俺がしたわけが――あ?


〈スキル『玉座支配』の支配下を確認しますか?〉


 なんだ、これ。いや、そういうことじゃなくて――まさか、これはダンジョンを支配するスキルなのか?


「とにもかくにも、御座を失った王はどうするべきだろうか。……いや、決まってるか。唯一の従者も居なくなって、居場所となる王宮からもたたき出された王は、しかして王として振舞うしかないのだろう」


 そう言いながら、プルソンは空を見上げた。


 それから空へと手を伸ばし、言葉を口にする。


「最後の戦いを始めよう旧時代の支配者よ。御座を追われ、なりふり構わなくなった王の最後をお見せしよ――」

「やぁあああ!!!」


 しかし、その言葉はピリオドを打たれることなく途切れることとなる。なぜならば、プルソンは背後から剣で襲い掛かられ、何もすることなくその首を断ち切られたからだ。


「モアラ!?」

「お体は大丈夫ですかルード様!」

「いつにもましてボロボロね、ルード」


 それを成したのはモアラであり、その後ろからコルウェットもひょっこりと顔を出す。


 ただ――


「ここから逃げるぞ!」

「へ?」

「……確かに、まずそうねこれは」


 生きて再開した感動を分かち合う前に、痛む体に鞭を打って俺は二人を抱えてこの場から退避した。


 全速力には程遠いが、消耗しているようにも見えるコルウェットやただのお姫様のモアラが走るよりも早いことだけは確かなはず。


「な、なにがありましたの!?」


 俺が逃げ出した理由に気づいていないのか、わきに抱えられたモアラが声を上げる。そんな彼女に対して返答をしたのは、俺ではなくコルウェットだった。


「立ってたのよ、あいつが」

「立ってた?」

「ええ、あなたが首を落とした、あの奇妙な男が首を絶たれたままに空に手をかざして立っていたの。そして、恐ろしいほどの魔力が空に飛び立っていった。それが示す意味は分からないけど――あの場にいて、何もない保証はない」


 空に飛び立っていった魔力までは知らなかったが、プルソンの死体は首を絶たれても崩れ落ちることなく立ち尽くしていた。


 その事実に、いやその姿に、俺は直感的な恐怖を感じたのだ。ここにいてはまずい、という恐怖を。


 だからこそ、俺はあの場から逃げ出し――


「なんだよ、あれ……」


 突如として空に立ちこみ始めた暗雲に気づいた。

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