第65話 今ここで
どれほどシンプルな殴り合いだろうと、命のやり取りという肉体スペックのぶつかり合いともなれば、相性というモノが生まれてくる。
そういう話でいえば、俺とプルソンの相性は最悪に近いのだろう。
奴はほとんどの物理的な攻撃を寄せ付けず、尚且つ斬りたいものを斬るというトンデモ能力を兼ね備えた魔道具で傷つけても、かすり傷程度のリアクションしかしない。
それもそのはず、切断という結果によって与えられるダメージは、肉体を切り離しその繋がりを断ち切るというダメージだけで、造形すらあやふやな霧の体を持つプルソンには有効打になりえないのだ。
そして、奴は巨大化や分身などの多くの手札を持っており、その中でも多勢に無勢という構図に陥る分身の一手は俺にとってかなりきつい戦いを強いることができるもの。
一対一ならばまだしも、隙を見せれば致死に至る一撃を見舞われるこの状況で複数人を相手取らなければならないなんて、どういう地獄だよほんと。
ああ、ああ。
なんて手の施しようのない戦いなのだろうか。
「一年ぶりだな――いや、実際はもう少し時間は短いんだろうけど、でも、あの時の衝撃は一年ぶりだ」
既にプルソンたちの声を騒音としてしか認識していない俺の耳は、意味のある情報として彼の言葉を耳に入れていない。
だからだろうか、俺の意識は限りなくクリアになった。
そして思い出されるのは、一年前のこと。172層に落ち、ヴィネの手によって一人立ちの訓練と称された地獄の修行の日々。
〈瀕死止まり〉というスキルがあるのをいいことに、勝てもしないような相手に何度も何度も挑まされたあの日々は――奇しくも、この状況ととても似ていた。
成すすべなく一方的に攻撃され、その度に〈重傷止まり〉が発動している。俺の手札では起死回生の一手を打つことができず、されるがままにするしかない。
ああ、ああ、172層で出会った黒いゴブリン擬きに感謝をしなくちゃな。あいつと出会った記憶が衝撃的すぎたおかげで、今もこうしてあの時のことを思い出せるんだから。
「例えば、そこに壁があったとする」
俺の持ち合わせる手札で、この状況を覆すことは難しい。なにせ、相手に物理攻撃はほとんど効かないから。
「それはあまりにもでかすぎて、俺の手じゃあどうやったって登れない」
最初こそ有効かと思っていた短剣だって、ふたを開けてみれば大したダメージではなかったのだし、本当に為す術がない。
「じゃあどうするか?」
本当に打つ手はないのか?
いや――
「この場で打つ手を作り出せばいいんだな、これが」
行き当たりばったりのご都合主義。コルウェットに172層へと落とされたときも、バラムに好き放題殴られ続けたときも、どうしようもなくなった時にばかり、俺は新たな力に目覚め、その場を潜り抜けて来た。
――まるで、誰かが俺の姿を見ていて、救済の手を伸ばしてくれているようだ。
もしかすれば、最後に残った四つ目の〈不明〉スキルが解放されるかもしれないが――その予兆が一向に感じられないとなれば、今度こそ自分で何とかするべきだろう。
幸いなことに、今の俺は、一年前の俺とは全く違うのだから。
「〈
それは、未だ俺に扱い熟せない技。魔力を現象に変える魔法と、肉体に魔力を流す肉体強化を組み合わせた、一歩間違えれば体に流した魔法が肉体を内側から食い破りかねない危険な代物だ。
もしこれが使えれば、有効な一手になりえるはずだ。
「……何かしてくると思って警戒してみたけど」
「何も起こらないじゃないか!」
「チッ!」
爆発的な魔力の奔流が、俺の中で渦巻いた。流石の異常事態にプルソンも警戒したようだが、何も起こらないと知るや否や攻撃を再開してきた。
まったくもって、自分の実力不足が恨めしい。
ああ、くそ。せめて、あの霧ごと焼き払えるような手が何かないモノか――
「……あ?」
いや、まて。そんなことできるのか?
これはまだ仮定でしかないし、あくまでも「かもしれない」という不安が付きまとう案でしかない。
それでも――
「この状況を打破するのに、何も賭けないってのは虫が良すぎるよなぁ」
172層に居た頃、うわ言のようにコルウェットが零していた言葉の一つを、俺は思い出した。
ノーリスクはリターン足りえない。
なにも賭けずに得られる成果に、大きな成功は望めないという意味だと、あとでバラムに教えてもらった。
だから俺も、この状況の打破という成功のために、代償を支払おう。
なに、もし失敗したとしても死にやしない。ただ、ヴィネに謝らないといけないことが増えるだけだ。
「今度こそ行くぞプルソン! ――〈
渦巻く魔力がうねりを上げて駆け巡る。それらはすべて、俺の持つ短剣へと集約された――
「名付けるなら……〈
恐ろしいほどの魔力を伴った魔法を受けて、ヴィネから貰った短剣が光り輝いた。そしてそれは、俺が内側に流した魔法の属性に従って、炎の姿を形どる。
これは……成功か?
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