第64話 あの手この手
両断された霧に浮かぶプルソンの顔が苦痛に歪む。
ただし、それは苦痛止まりであり、見てくれは頭の上から股下までを縦に斬り裂かれているはずなのに、死んだ様子はない。
「王が王として接しているのをいいことに……だけど、卑怯な手を許してこそ王というものか。だが、君は僕の怒りを買った。その意味は――君の体で理解してもらうとしようか!」
むしろ元気なぐらいだ。
おそらく、ダメージを与えることはできるものの、霧であることには変わりないプルソンの命に届くダメージにはなっていないのだろう。
ならば、どうやって倒したものか――いや、痛みとは命に差し迫る脅威を報せる危険信号。ならばこそ、奴が痛みを感じる行為を繰り返せば、何時かはその命に届きうるかもしれない。
そんな淡い期待を俺が抱いたその瞬間、黒き霧は爆弾が爆ぜたようにその体を霧散させ、そして巨大な雲のような姿に変化した。
それは渦巻ながらも空へと昇り――壁に映る影のように人間の姿を形作る。
そして現れたのは、薄っぺらくひどく現実味のない巨人。次から次へと繰り出されるプルソンの一手に感心しつつ、俺はその巨人を分析した。
わざわざ姿を変えて来たということは、今までの手とはまた違う一手のはず――
「今度は純粋な物理攻撃かよ!」
巨大化したプルソンの
蹴りだされたのは王宮の瓦礫。一塊が数メートルを超える、おそらくは何らかの塔であったものの残骸だ。
蹴りだされた瓦礫はまっすぐと俺の方へと向かってくる以上、俺は対応せざる負えない。右手に持った短剣を構え、繰り出した一撃で飛んでくる瓦礫を両断した。
相も変わらず見事な切れ味を発揮する短剣であったが、斬り裂いた先に巨人の姿は無かった。
どこに行った、と思考するよりも早く、俺は上空を見上げる。あの巨人は霧によって作り出された影。どうして物理的な特性を持っているのかはわからないが、そう言うもだと認めた上でその行き先を反射的に予想した結果、俺は上空を見上げたのだ。
そして、その予想は正解だった。
まるで空を飛ぶ雲のように、巨人は空に浮いていたのだ。
「潰れるがいい!」
煙のように空を飛んだということは、それだけあの巨人は質量の軽い物質なのかもしれない。しかし、プルソンの声が聞こえてきたその瞬間、それは非常に重い質量を持った物質として俺の方へと落ちて来た――
『スキル〈重傷止まり〉が発動しました』
押しつぶされるように俺の身が朽ち果て、そしてスキルによって踏みとどまる。舞い上がる土煙の中で軽く舌打ちをしながら、今度こそその体を断ち切ってやると短剣を構えたその時、更なる異常事態が俺を待ち受けていた。
「さあ!」
「僕を見よ!」
「いいや、僕を見るんだ!」
「僕を見るべきだね!」
「僕こそが本物だよ!」
土煙が晴れ、巨人の落下によって発生したクレーターの中に立たされた俺の周囲を、たくさんの人影が囲んでいた。
しかし、その顔はどれも同じもの。他でもない、大量のプルソンが俺を囲んでいるのである。
そして奴らは、口々に自分こそが本物であることを語りつつ、その手に構えた武器を用いて俺へと攻撃を仕掛けて来た。
「ああ、くそうぜぇ!!」
ただでさえ鼻につく態度だったのに、それが何倍にもまして非常にうざい。しかも、奴らの攻撃は変則的でさらにうざい。
剣も斧も槍も杖もハンマーも何もかもがぐにゃりと歪んだかと思えば、その長さを限りなく引き伸ばして鞭のようにしなりながら俺の方へと襲い掛かってきやがるのだ。
避け辛く、反撃し辛い。それでもと俺は短剣を振り、攻撃をはじき、一瞬のスキを突いてその懐に潜り込んでは、プルソンの分身を両断していった。
「手ごたえがないな!」
近接戦闘力では、明らかに俺の方が勝っている。だというのに――この分身たちをいくら切ったところで、何の手ごたえも感じられない。
切った瞬間にこのプルソン共は霧散し消えてしまう。声を上げることもなく、反撃を仕掛けてくるわけでもなく――だからといって数が少なくなるわけではなくて、次から次へとどこからともなくそいつらは補充される。
切りが無く、斬りようがない。
「あー……確かにな。こりゃバラムが最弱って言われるわけだわ。まったくもって、悪魔ってのはこうも化け物揃いなのかよ」
どうしようもないこの戦場で、俺は溜息のように愚痴を吐いた。
俺が覚えている限り、バラムは自分のこと最弱と自称していた。しかして、それがまったくの事実であったことを今俺は知る。
高い身体能力で圧倒してくるバラムよりも、圧倒的にこのプルソンの方が厄介だからだ。もちろん、バラムほどの肉弾性能がプルソンにあるのかはわからないが――それでも、間違いなく俺は追い詰められている。
有効打も見つけられないままに消耗を強いられるこの戦場。プルソンの攻撃のすべてを防ぎきれるわけではなく、戦いが始まってからの何度も俺は〈重傷止まり〉を発動させられている。そのたびに俺は、いつこのスキルが使えなくなるのかという恐怖に襲われた。
俺の戦闘は、あまりにも実直すぎる近接戦闘だ。これほどまでに変則的で迂遠で正面を切って戦う正道から逸れまくった相手となると、俺の能力では対応しきれない。
だから――
「こりゃ、俺だけじゃ勝てないかもしれないな」
過去に幾度となく感じてきたはずの死の気配を感じる。しかしてそれは、抵抗の仕様もないほど圧倒的な暴力による圧殺などではなく、真綿で首を締められるような、じわじわと俺の命に届く恐怖だった。
なにか――なにか、この戦場を変えるきっかけは無いものか。
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