第59話 冰帝


 この世界には魔力という一つの法則が存在する。


 空気や水、或いは大地のようにあって当たり前の存在であり、存在していて当然のもの。それがないなんてことは考えられない。


 それほどまでに当たり前の存在こそが、魔力というモノだった。


 以前にも語ったことがあるかもしれないが、ここで改めてもう一度語らせてもらう。


 魔力には四つの運用方法がある。


 スキル。

 魔道具。

 魔法。

 肉体強化。


 この四つだ。


 そして、これらは冒険者のように戦わずとも、日常で使用することのある要素でもある。


 スキルは通常スキルの内、魔力を使用することでより効果を強化することができるモノ。鋭敏な五感を手に入れる〈感覚強化〉や、水中で息を長く保たせるための〈潜水〉などが挙げられるだろう。


 その中でも、〈魔法〉に類するスキルは特別だ。魔力の存在が普通であるこの世界においては、中位程度を使える人間は珍しくない。


 なにせ、水魔法であれば飲み水に使えるし、火魔法であれば日常の火おこしや明かりの確保、土魔法であれば土木建築と戦闘以外での用途も多々存在するからだ。

 肉体強化もそれらに含まれる要素であり、卓越せずとも魔物から逃げるための逃げ足を磨くためや、農作業を楽にするために修める人間は多い。


 そして、それらの力を魔法の技術を用いずとも利用できるように作られたのが、魔道具である。


 それは、扱うモノによっては天変地異の如き力を振るうことができる魔法という力を、道具へと落とし込んだ傑作。或いは――その力を振るうための触媒。


 つまるところ――魔道具には、魔法を使うための補助器具としての側面も存在するのだ。


 そして、〈アビルの宝剣〉はどちらかといえば、後者に属するモノであった。


(……〈冰帝〉だけじゃない……これだけスムーズに水属性魔法を扱えるのは、この宝剣が杖のような役割を果たしてくれているから、ですわね。おそらくは、この力を持て余さないようにするための機能でしょうか)


 モアラの予想通り、魔法の補助器具としての〈宝剣〉は、その実は受け継がれる〈冰帝〉を御しきるための訓練のためのものだ。


 いうなればそれは補助輪であり、いきなり獲得した巨大なる力によって身を滅ぼさないためのセーフティーである。


 次なる王位を担うことになったアビル王は、まず初めに宝剣を持ちいてその技を磨き、次第に魔法触媒の効力を落とし、自らの力だけで〈冰帝〉を御しきれるようになる力を身につける義務がある。


 それが、アビルの王として課せられる最初の試練なのだ。


 とはいえ、補助輪付きとはいえ、一国を築いたそのスキルの力は計り知れないもの。


「これがあれば――」


 宝剣を構えたモアラは、瓦礫の中で立ち上がるアイリスを睨む。コルウェットはモアラの背後。まだ調子が戻っておらず、立ち上がることすらままならない。


 となれば、相手の情報も少ない今やれることは一つだけ――先手必勝、一つだけだ。


「〈凍槍〉――」


 何かをされる前に敵を倒す。至極当然の発想であり、戦場に立つには未熟すぎるモアラの対応力を考えれば当然の行動である。


 しかし、未熟というには放たれた魔法は凶悪なものだった。


 アイリスを取り囲むように出現した凍槍。その数は二十超えて三本。本来のモアラの魔力を大きく超えた大魔法だ。


「行きなさい!」


 そして、槍たちは飢えた獣のように、一斉にアイリスに向かって襲い掛かった。


「――第一、機能、解放……併用、第三機能、解放!」


 無表情ながらも焦りを浮かべているように見えるアイリスは、その背中の魔道具から炎を迸らせ、襲い掛かって来た槍たちから退避するためにその場から離脱した。


 それが第一機能〈飛翔〉。十分な魔力があれば、空だって飛ぶことができるアイリスの魔道具の機能の一つである。


「逃がしませんわよ!」


 しかし、アイリスの回避行動を黙って見ているモアラではない。彼女の宝剣の一振りによって、凍槍たちはその進行方向を大きく曲げて、逃げるアイリスへと追撃を仕掛けた。


 それを迎え撃つための第三機能。その名を〈両断〉。背中の魔道具から取り出された籠手状の魔道具から発されるのは、魔力由来のブレードであり、二メートルもの長さに至るそれを振り回すことで、いくつもの槍が両断されていった。


「くっ……まだまだ!」


 一度目の〈凍槍〉の群れを撃退されたとしても、モアラには追撃の余裕がある。まだまだと上げた声の通りに、更なる〈凍槍〉が出現した。


「――鈍間」


 ただ、その対応はあまりにも遅く、先の世界に居るアイリスには、余りにも悠長な行動に見えた。


 振りかざされる魔力の刃。伸長されたその刃渡りは二メートルを大きく超えて四メートルはあろうかという驚異的な射程距離を誇り、その間合いにモアラを捉えた。


 迫る凶刃。あと数センチその刃が横に動くだけで、モアラのそっ首は簡単に斬り落とされてしまうことだろう。しかし、モアラには何もできない。戦闘経験のなさが、如実に対応力に出ている証拠だった。


 ただ――


「ごめん、モアラ。ちょっと迷惑かけたわ」


 断頭台が如くモアラの首が落とされようとしたその時、揺らめく炎が、魔力の刃を食い止めた。


 それを成したのは他でもないコルウェットだ。


「コルウェット!」

「私の花騎士が前に出る! モアラは――」

「――……それは、多分、できます。できるはずですわ!」


 できる限り内密に作戦を伝えようと、モアラの耳元で囁いたコルウェット。その言葉に勢いよく了承したモアラは、一歩引いてその場を花騎士に譲った。


「さぁてと。第三ラウンドと行きましょうか」


 地下の戦い。

 その最終幕が始まる――


 

 


 

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