第58話 得たモノ


 流砂の国アビルの歴史は長い。


 世界有数の国土を持つものの、国土の六割が砂漠に覆われた砂の土地であったこの国に人が住み始めたのは、遡ること千年以上過去の話だ。


 記録によれば初代アビル王は、千年前に魔物の大量発生によって北方の地にある故郷を追われた移民の先導者であったとされる。


 移民の総数は数十万人に上るとも記されており、初代アビル王はその先頭に立って、後の流砂の国となる土地を切り拓いていった。


 その際、一つの伝説が記される。


『血も涙も乾き失われる異邦の地にて、王は空を見上げた。すると雨が降り注いだ。王は地を見下ろした。すると水がたまり川が生まれた。王は民を見た。この時、王は王となったのだ』


 それが約千年前のこと。それから、アビル王は現旧都アルザールに居を構え、王として国を作った。


 さて、ここで一つ問題だ。


 砂漠の王として、アビル王が王たりえたのは理由は何か。

 無論それは、砂漠という土地にあるものを齎すことができたからに他ならない。


 それこそが水だ。


 初代アビル王とは、比類なき水魔法の使い手であったのである。そして、その力は次代へと受け継がれることとなる。


 1000年前の記されることのない歴史によって、どういうわけかその力は引き継がれるものへと変貌したのである。


 アビル王家に伝わる継承器『アビルの宝剣』は、その力を認めた人間にとあるスキルを与えるのだ。


 そのスキルの名は――


「これが、〈冰帝ジャックフロスト〉……」


 王宮地下の最下層にて、祭壇に祀られた刀身の短き一本の剣を見つけたモアラは、記憶の中にある記録からそれが1000年前より受け継がれるスキル継承器であると知っている。


 だからこそそれを手に取り、自らの脳内に流れたスキル獲得のアナウンスに驚いた。


 なんの試練もなしに、スキルを獲得できたことに驚き、そして安堵した。手にしただけで、1000年続く国を作り上げたスキルを手にすることができるのならば、これを最初に握ったのが自分で良かった――と、安堵したのだ。


 ただ、少し思考してから違うと気づく。


 自分以外に、これを受け継ぐことのできる資格を持った人間が、国内に居ないからこそスキルを獲得できた、のかもしれないと気づいたのだ。


 モアラは、とある天賦スキルを所有していた。


 天賦スキル〈虫の報せ〉

 それは、知己の人間の窮地を報せてくれるというスキルである。しかしながら、モアラは王族と言えど、その力はただの少女。上の兄三人がいる手前、王位継承の望みもなく、いずれは姉のようにどこかの王族か、もしくは貴族に嫁入りする身分でしかなく、知己の人間の窮地を知ったところで、何かできたためしがない。


 それは二人の兄が死んだときも同じことだった。


 続けざまに肉親が死んだことで、もしや姉にまでその魔の手が迫っているのではと思い、家を……旧都アルザールの邸宅を飛び出してみれば――今度は、アルザールに居たはずの使用人や知り合い――そして、最も王位に近かったはずのガラディンも死んだのだ。


 そして、彼女が知る限りこのスキル継承器は、先代の担い手がそのスキルを手放さない限り――つまり、現国王が自らその王位を手放すか、或いは死ななければ使うことはできない。となれば、彼女の父親である現アビル王はもう――


 異郷の地へと嫁入りに入った姉を残して、残る王家の血筋は自分一人。もしこの継承器が王に力を与える者だとすれば、そしてモアラだけが唯一の生き残りだと知っているのだとすれば、最後の王としてその代々継がれてきたスキル〈冰帝ジャックフロスト〉を与えて来たとしてもおかしくはない。


 そう、考えたその時だった。


『スキル〈虫の報せ〉が発動しました』


 モアラは死を読み取った。自らの知己の死を――他でもない、コルウェットの死を。


「……迷ってる暇は、ありませんわね。使い方は――」


 手に取った宝剣をかざした彼女は、スキルによって知らされた導に従って上を見上げる。ここが地上からどれほど下で、どれだけの回り道をすれば〈虫の報せ〉が示した予感に間に合うのかなんてわからない。


 それでも、彼女は――


「力は手に入れましたわ。……今度こそ、もうだれ一人死なせない――〈冰帝ジャックフロスト〉。その力を貸してくださいまし」


 宝剣の切っ先を空へと向け、その先に居るはずのコルウェットへと目標を定める。その名の通り水属性の魔法に対する効力を発揮する継承されし天賦スキル〈冰帝ジャックフロスト〉は、新たなる王の力となるためにその願いに応えた――


「――現れよ生命の源よ、世界の富の源泉よ、その形を槍とかし、隔たる壁を刺し穿て――〈凍槍フロストランス〉」


 水属性中位魔法〈凍槍〉。

 もとより通常スキルとして〈水属性魔法〉のスキルを獲得していたモアラの得意魔法であるその魔法は、中空に出現させた水を槍状の鋭利な氷へと変化させ、対象としたものを刺し貫く魔法である。


 しかし、それはあくまでも槍と評する程度の攻撃でしかなく、今までのモアラであれば普通の槍を投げるのとそう変わらない威力しかなかった。


 いや、そもそも〈水属性魔法〉のスキルを持っていた彼女であるが、コルウェットと違い魔力に乏しく、いくつもの魔法を連続して発動することもできなければ、並行して発動できるほどの技量もなかった。


 だが――


「……わたくし、すごい力を得てしまったようですわね」


 それらの前提を、〈冰帝ジャックフロスト〉は覆した。


 出現した槍は人ほどの大きさの大槍で、それは壁を破壊してでもコルウェットの元へと直行しようとしたモアラの意思に応えて、斜め上へと射出される。


 回転を加えて突き進んでいくそれは、どこまでもまっすぐな直線を王宮地下に描いた。


 それは、かつてのモアラの魔法の練度からしてみれば、ありえない威力の魔法であった。


 とにもかくにも、その威力に驚いている場合ではないと判断したモアラは、急いで凍槍が貫き拓いた道を辿るために、氷の階段を作り出す。


(魔法発動がスムーズ……魔力の消費が抑えられている? 流石は魔法系の天賦スキルといったところですわね。ならばこそ、この力は事件の解決に使うべきですわ――)


 氷の橋は上へと伸びる。駆け上がるための一歩を踏み出したモアラは、更なる魔法を――氷上を高速で駆け抜ける魔法を使い、加速する。


 そして、彼女はあまりにも巨大な広場へと出た。


 いや、広場というよりも――現在崩落中の地下道であるのだが――その中で、彼女は見たのだ。


 落ちていく友人の姿を。


「コルウェット!!」


 作り上げた階段を曲げ、無気力に落ちていくコルウェットの元へと、崩落の中を駆け抜ける。


「コルウェット! 手を、伸ばしてください!!」


 落ちてくる岩々を氷の盾で防いで見せたモアラは、手を伸ばし――


「助かったわ、モアラ」

「友人として当然のことをしたまでですわ」


 彼女は、初めて死を覆すことができた。


 知ることしかできなかった死の報せを、得たばかりの借りものの力とは言え、覆して見せたのだ。


 そして――


「暴行、不法侵入、公然わいせつ……さて。貴方には、いくつの罪を問いましょうか」


 崩落の収まった地下の中で、高くなった天井の下、コルウェット同様に何とか生き残ることに成功したアイリスへと、モアラはその言葉を向けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る