第57話 試


 炎が立ち上る。


 消滅した。そう思っていたはずなのだが……どうやら、熱源探知を飽和する熱量のせいで、探知機能が壊れてしまっていたのだろう。


 まさか、更なる地下に通じる縦穴に逃れていた人間一人を、みすみす見逃すなんて――


 語ることなく思考するアイリスは、背後に登る炎の柱を見てそう思考した。


 地下道を下から上に突き上げる炎の柱は、花騎士に次ぐ脅威だ。そして、それを成したのがコルウェットであると想像することはたやすい。


 思い出してみれば、コルウェットと共に居た少女を逃がすために、魔法を使って地面に穴をあけていた。そこに逃れることで、魔道具の殲滅から逃げ伸びたのか。


「もう一度、ダンスでも踊りましょう?」

「目標、再設定」


 炎の柱から姿を現したコルウェットに対して目標を定めたアイリスは、背中に装着した魔道具へと魔力を集めた。


 その姿を見て、コルウェットは思う。


(やっぱり、さっきの魔道具は魔力の消耗が激しいんだ)


 さっきの魔道具、とコルウェットが言ったのは、アイリスが魔力を集めている部分が、先ほどの光の魔道具を発動した時と違うからだ。


 おそらくは、アイリスが背負う魔道具は多機能型――複数の魔法を兼ね備えた魔道具であり、状況によって機能を切り替えて使うことができる代物なのだと予想される。


 その予想は正しく、そして予想通りに先ほどの光とは違う――火の力を用いた魔道具がコルウェットへと襲い掛かったのだ。


「第五機能、解放――」

「第五って、いったいいくつの機能が備わってんのよその魔道具は!」


 コルウェットの文句は虚しく響き、背中から射出された鉄片によってそれどころではなくなった。


「〈花騎士〉!」


 三角錐の鉄片は、その底辺から火を噴きながら空気を斬り裂いて飛来する。対するコルウェットは、一騎の花騎士を召喚して対応した。


 剣と盾を持つ花騎士は、出現と同時に向かい来る三角錐の鉄片七つをその炎で燻り撃ち墜とす。


 簡単に無力化されてしまった魔道具の攻撃を見たアイリスの顔に浮かべられるのは、相も変わらず無表情だ。しかし、コルウェットは確かに彼女の感じている焦りを理解していた。


(あの女。私たちと遭遇した時、初手に攻撃を仕掛けて来た。だけど……その後、すぐに逃げようと後ろに大きく下がっていた)


 アイリスと遭遇した時、彼女は無機質な敵意を自分たちに向けて攻撃を仕掛けて来た。コルウェットは花騎士でその攻撃を防いだ後、攻撃と防御を両立させる花騎士の包囲網である〈花師団エレガンスパレード〉を発動した。


 大火事が如き焔の群れに囲まれる前――まだアイリスが前方にしか花騎士を確認していなかった時、彼女は花騎士の後ろに居るコルウェットを殺すのではなく、退避することを選んでいた。


 それはつまり――コルウェットを殺すことは急務ではないのだ。


 当たり前だ。コルウェットは、そもそも王宮地下に居るはずのない部外者。真一級の冒険者と言えども、モアラの案内によってはじめて地下道の存在を知った一般人でしかない。


 そして、コルウェットを殺しに来なかったということは、王宮地下に居る人間を抹殺することが目的でもない。


 その目的はわからないが――最初の一撃から簡単に殺せないとわかった時点で引くということは、消耗を嫌っていることには違いない。


 しかし、広くとも狭い地下道で花騎士に囲まれて初めて出したあの光。最初からあれを出していれば、コルウェットたちなどひとたまりもなかったはずなのに出さなかったということは――あれは、アイリスにとっての奥の手。簡単には使うことのできない一手であると予想できる。


(もちろん、奥の手であったとしても簡単に使えない技だって保証はない。だから――)


 思考する。思案する。試行する。試案する。


「……異音、検知。下……?」

「ええ、下よ。さっきの炎を忘れたかしら?」

「っ!!」


 そこに存在するだけで周囲を削り取る属性不明の魔道具。そして、三角錐のミサイルを含めた最低でも五つの機能を持つそれらのすべてとまともに渡り合う気など、コルウェットにはさらさらなかった。


「うん、モアラに渡したランタンは真下から離れてる。多分でしかないけど、きっと大丈夫――あとは、私が無事で生き残るだけ」


 先ほど地下道を貫いた炎は、ただの〈花炎柱エレガンスタワー〉ではない。あれは余波だ。コルウェットが、地下道の更に後の余波でしかない。


 それはつまり――


「驚愕、崩落、地盤――退避、不可……!!」

「いいや、あなたは生き残る。さっきの魔道具を使えば簡単に生き残ることができるはずよ。一緒に、大量の魔力を消費するとは思うけれどね」

「――ッ! 第二機能、解放――コード〈蹂躙〉!!」


 何層にも広がる地下道。それはダンジョンのように折り重なっており、奇跡的なバランスと当時の人間たちの努力によって、過去から今に至るまで、崩落することなく残っていた。


 そんな遺産を、コルウェットは破壊した。


 渾身の大火力によって、自分たちの足場を崩したのである。


 その先に在るのは崩落。支えをなくした空洞が、すべてを飲み込んで崩れ落ちていく。


 もちろん、モアラの安否は確かめてある。彼女が持つランタンに灯る火は、コルウェットが点けたものだ。その火の在処をコルウェットは知ることができ、その情報をもってして、コルウェットはモアラに被害が及ばない破壊に務めたのだ。


 落ちる、落ちる、落ちる。


 床が落ちる。天井が落ちる。自分が落ちる。


 雪崩の如く押し寄せてくる落石と浮遊感の中で、あらゆるものを消し飛ばす魔道具を使ったアイリスは、光の中で落石を消し飛ばしながら安全を確保していた。


(……そうよね、貴方にはそれしかない)


 花師団の包囲網からアイリスが脱しようとした時、コルウェットがそうしたように、横穴でも縦穴でもあけて地下を移動すればよかったはずだ。


 そうしなかったのは、崩落を恐れて――とも言い切れない。なぜならば、既に先手を打ってコルウェットが地下道に穴をあけていたからだ。


 コルウェットがあけた穴程度ならば、地下道を崩落することなく通路を作ることができると、アイリスは気付いていたはずだ。それでも穴をあけることなく、光の魔道具を使ってコルウェットに襲い掛かったということは――地下道に穴をあける手段がないという証明だ。


 もちろん、光の魔道具ならば岩壁を削り取り穴をあけることができるだろう。ただ、それだけだ。逃げ場が無くなって初めて使う奥の手を使わなければいけない。そんな状況を作り出すためだけに、コルウェットは地下道の崩落を引き起こしたのである。


「さてと……あとは、私が生き残るだけ。いや、生き残った後もやることはあるけど、ここを生き残らないと意味は無い。――あ、やばっ……」


 空を飛ぶことができる花騎士さえ召喚できれば、コルウェットもこの崩落の中を生き残ることができるだろう。そう思い、魔法を使うために手をかざしたその時――偶然落ちて来た石が彼女の頭を打ち据えた。


 揺れる視界。朦朧とする意識。


「これ――魔法、が……」


 魔法とは技術だ。言葉や行動、或いは緻密な魔力操作による現象の発生であり、繊細な技術によって為される奇跡。


 朦朧とする意識の中では、到底紡ぎあげることの不可能な技なのだ。


 落ちる、落ちる、落ちる。


 崩落する地下道。降り注ぐ石片。重力のままに落ちていく肉体。


 失敗した。魔力はしっかり残していたはずなのに、あとは花騎士を召喚すればいいだけなのに。


 だというのに、頭上からくる落石への警戒を疎かにしていたせいで、コルウェットは落ちていく。下に、下に、下に。


 死という奈落へと彼女は――


「ま に あ っ て く だ さ い ま し ぃ い い い い い ! ! !」


 しかして、その手は差し伸べられた。


 先ほどまでの火魔法の熱気とは正反対の冷気を伴い、その人影は空中で加速しながらコルウェットへと手を差し伸べる。


「あ――」

「コルウェット! 手を、伸ばしてください!!」


 友人の声が聞こえた。混濁する意識の中に落とされた声に辛うじて反応できたコルウェットが伸ばした手の先で、確かにその手は掴まれた。




 

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