第56話 点る火
「っ! 今の音は……いえ、早く探さなくては……!!」
地下道をひた走るモアラは、突如として地下道全体を揺らした振動に顔を上げた。それがコルウェットとアイリスによるものなのか、それとも地上で戦うルードの影響なのかははっきりとしない。
それでも、彼女は自分に与えられた使命を達成するために走る。
「……わたくしが――もう、わたくししかいないのだから……わたくしがやらないと」
うわ言のようにそう呟いて、誰も居ない地下道を駆け抜ける。あとどれほど走ればたどり着けるのか。果たして、前に見た地図が正しいものなのか。
モアラには何もわからない。
だけど――
「あれが敵の手に渡ることだけは避けなければなりません!!」
王族としての――最後の生き残りとしての覚悟と共に、彼女は地下道を駆け抜けた。友人に与えられた、ランタンの火と共に。
◇◆
「……い、生きて、る………………?」
そんな言葉を思わず口にした彼女であるが、疑うまでもなく彼女の心臓はしっかりと脈拍を刻んでいる。
焦りと困惑、そして僅かばかりの恐怖によってバクバクと音を立てる心臓の音がうるさい。ただ――
「対象、消滅」
自らを見失ったのか、纏っていた光を翳らせてそう言ったアイリスに、ほっと一先ずの安堵に浸った。
(あの範囲攻撃……どうやら、ギリギリでさっき開けた穴に落っこちれたおかげで助かったみたいね。バラムのおかげかしら?)
地下道の一本道を埋め尽くすように支配したあの光。触れた端から花騎士たちが消えていった明らかな脅威に対して、コルウェットはふと修練の日々を思い出した。
そのおかげで、コルウェットは最初から立ち向かうという選択肢を捨てることができ、どうにかして逃げなければ、と道を選ぶことができたのだ。
とはいえ、あくまでもこれは反射的なモノ。何度も死にかけた――いや、実際に何度も臨死体験をしたあの地獄の修練によって、何とか身に着けることができた危機回避能力であり、二度と同じことができる代物ではない。
もし向かい来るアイリスに勇み挑んで立ち向かっていたとしたら――アイリスの言葉通り、そして文字通りコルウェットがこの世から消滅していたことは想像に難くなかった。
なぜならば、アイリスが通り、そして過ぎ去った背後には、まるでヤスリが何かで削り取られたかのような跡ばかりが――いや、何かが燃えていただろう痕跡と、それら痕跡を上から削り取ったような跡しか残されていなかったのだから。
(勝てない)
結果を見て、或いはその先に訪れるであろう未来を見て、コルウェットはそう思った。しかし――
(まったく、どうしてここまでバラムの言う通りなのかしら……)
同時に、数か月前に言われたことも思い出していた。
『コルちんは弱いからさ~、真正面から真面目に戦おうなんてしちゃだめだよ。ちょうどそれ向きなスキルも持ってることだし、コルちんはコルちん向きな戦い方をするべきだと私は思うな~』
まったくもって腹立たしいことに、バラムは未来でも見てきたようにそう語るのだ。
そして、現実全くもってその通りなので反論もできない。
だからこそ――
「……分析を怠るな。迂遠こそが正道。ノーリスクはリターンたりえない――そうよね、バラム」
彼女は静かに火を点した。
指先に灯るのはマッチ棒程度の僅かな火。何かを燃やすためのものとしては、先ほどまで、そして今まで使って来た花騎士とは比較することもできない程に頼りない火。
しかし、これでいいのだ。
『いい? コルちん。考えるうえで一番大切なのはリラックスすること。それは戦場でも同じ。どんなに冷静でも、余裕が無きゃ思考なんてできない――だから、無理矢理体をリラックスさせるんだ。自己暗示ってよりも条件反射って言った方がいいのかもしれないけど……休憩を取る時に、自分を落ち着かせるときに、何か一つ動作を入れて。それを何度も繰り返えせば――きっとそのうち、その動作をするだけで体が休憩状態だと誤認識するようになってくれるから』
それは一種の
爪の先一センチに、僅かばかりの火を点す。この半年の間、修練の合間に繰り返してきた、休憩の合図。
思考の始まり――
(現状の確認――敵は一人。場所は地下道の閉鎖空間。地上から――おそらく二十メートルは下。地の利は私にある)
敵対者はアイリス一人だけで、体感ではあるもののコルウェットは降って来た感覚だけで地上からここまでどれほどの距離があるのかを分析した。
その上で、この閉鎖空間の中は火魔法を使える自分の方が有利だと認識する。
その上で、先の勝てないという直感がなぜ正しいのかを分析した。
(どうして勝てないと思ったの? いや、これは分析するまでもなく、あの光の魔道具に対して私が有効手段を持ち合わせていないから。花騎士が何もできずに鎮火されたともなれば、花騎馬や私の攻撃魔法も通用しない可能性が高い)
あれほど居た花騎士が何もできずに消滅した時点で、コルウェット側に勝ち目は薄い。ただ――
(……いえ、勝利条件が違うのね)
今までの自分の思考が、間違っていたとコルウェットは気付いた。
(なぜ私はここに来た? そして、ここでいう私の勝利とは何?)
疑問に対する回答。思考を整理する過程における、疑問符の虱潰し。一見すればあまりにものんびりとした行為のようにも見えるが――しかして、それは最短の道。
(私はここにモアラの護衛に来た。モアラが抱いた目的の達成を援護しに――そして、彼女の目的達成を優先して、この場から彼女を逃がした。その判断に間違いは――まあ、あったかもしれないけど、さっきの光を見る限り正しいものだったわ)
光――アイリスが使った、周囲を削り取る魔道具を前にすれば、コルウェットとてモアラを守りながら戦うのは難しかっただろう。そう考えれば、これ以上何が潜んでいるかわからない地下に彼女を単独行動させるリスクを取ってでも、先に進ませたのは間違いではなかった。
(となると、ここでの私の勝利条件は……あの女がモアラを追いかけるのを阻止すること。そして、明らかな敵の勢力である彼女の行動を妨害すること。決して正面でのぶつかり合いで勝利する必要はない――)
足止めをするうえで、アイリスを打ち倒すことは必須条件ではない。
(でも、足止めを目論むならば、彼女を戦闘不能に追い込むことが一番話が早い……待って?)
思考する中で浮上する新たな疑問。
(さっき彼女が使った魔道具は、明らかに火属性のものじゃなかった。……まさか、伝説に聞く創成四属性……なんて言わないわよね?)
魔法には属性がある。それはコルウェットの扱う魔法が炎の形をしているように、主に四つからなる始原四属性と呼ばれる火水風土の、この世を形作る属性に区別されている。
しかし、真一級の冒険者であるコルウェットでさえ、眉唾ものと判断する噂が一つ。
それこそが創成四属性。この世を形作るものが始原であるならば、この世界の始まりとなった基盤こそが創成の二文字を背負う属性である。
時空、夢想、白光、黒闇。
創成に語られる伝説である。
(……ありえない。そもそも、それは伝説上の話――でも、スキル継承器とか出て来たし……それに、王都がダンジョンになったこと自体が神話レベルの話なのよねー……)
スキル継承器なんて都市伝説は、神話……とまではいかないかもしれないが、ダンジョンは違う。
千年以上の歴史を持つアビル王家。その最古の歴史書からも、現コーサーに存在した起源不明と記される、魔物潜む巨大洞窟の存在が示唆されている。
それは神書ゴエティアが発見される前より存在していた『低国ヴィネ』であることは想像に難くない。
それが示すのは、ともすればダンジョンは人類史が始まるより以前の――それこそ、神話の時代に創造された神々の遺産なのではないか、という話だ。
そもそも、それらの情報を仔細にまとめたゴエティアが神の書として名が知られている時点で、人々の間では神話としてとらえられている。
となれば――あのアイリスが使った魔法が火属性ではなく、創成に記されれし四属性の内、白光に当たる属性であると想像することもできよう。
そして――
(――ああ、そういうこと)
そのおかげか、彼女は一つの事実に気が付いた。
(なる程。それなら……私にも勝ち目があるわね)
勝ち目、というには想定と想像が多分に含まれたリスキーが過ぎる予想。しかして、それがもし正しいのだとしたら――勝利、という最大限のリターンを得ることができる。
そして、それ以外の有効的な策を――出来る限りコルウェット自身のみの安全を確保しつつ、モアラの無事を保証することができる策を思いつかなかった。
となれば――最大のリスクを背負ってでも、最高のリターンを求めようではないか。
「ノーリスクはリターンたりえない――ああ、まったく。こうも身の危険に頓着しなくなってきたのは、ルードの影響かしら……?」
半年前から随分と変った自分を振り返ってから、コルウェットは立ち上がった。
僅か数秒程度の思考を終えて、その策を実行に移すために――
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