第55話 揺らめく花弁と一等星


 コルウェットほどの少女ならば、四人ほど並んでも余裕があるほどの広い通路。地下道というには広すぎるそこは、かつて王城から直接低国ヴィネに乗り込むために作られたものだという。


 ともすれば、この広さも王直下の護衛や戦闘部隊の行軍のためのもの考えれば、納得のいくものだろう。


 しかし、どうやらどれだけ掘れども低国ヴィネに繋がる通路にはならなかったらしく、危うくこの地下迷宮ともいえる地下道は死蔵することになった。


 だがこの度、活かされることのなかった地下道の広さを埋め尽くすほどの騎士が召喚されることとなる――


「〈花師団エレガンスパレード〉!!」


 それこそが、コルウェットが新たに身に着けた魔法である。


 天賦スキル〈花炎姫〉によって性質が変化した火魔法を操るコルウェットは、特殊な召喚物である〈花騎士〉を操ることに長けた魔法使いであった。


 人造生命体ゴーレムに類し、魔法生命体エレメントの要素も兼ね備えた無生物である花騎士は、彼女の盾としてその実力をいかんなく発揮し、勇敢に前進して戦う炎の騎士だ。


 彼らに意思があるのかどうかは永遠の課題として措いておくとして、とにもかくにも後方にて高い火力の火魔法を連打することに長けた〈火炎魔導士ファイアーウォーロック〉というジョブにつくコルウェットを、敵の手から守り、盾として散るのが花騎士の役目である。


 そんな彼らが、師団というには随分と少ないものの、地下道を埋め尽くすほどの数出現したのである。


「熱源。危険域――」

「逃がすわけないでしょ!」


 全身を炎の甲冑によって包まれ、炎の盾と剣を持つ二メートルもの大きさを誇る花騎士は、それぞれがアイリスという小さな小さな女の子を――無感情な殺意をコルウェットに向けた少女を滅するために、その炎の切っ先を向けるのだ。


「ッ!!」


 その数約40騎。それこそが、バラムとの修練で得ることができたコルウェットの最大兵力の魔法――〈花師団エレガンスパレード〉の力であった。


 ……場所が場所であるため、控えめな姿ではあるが。


「包囲、未然。……離脱」


 高い身体能力を持つであろうアイリスは、触れるだけで対象を焦がす花騎士による包囲網が完成する前に、その場から離脱しようと試みた。


 実際、彼女の身体能力はブルドラやルードと比べれば霞んでしまうほどではあるが、冒険者として見れば随一の――それこそ、ナズベリーやコルウェットなどの後衛や特殊な戦闘を得意とする前衛と比べれば限りなく素早いものである。


 そんなアイリスの行動は迅速にその体を後ろへと移動させ、前方に広がる炎の脅威から即座に離脱して見せた。


 しかし、


「熱源、感知」


 後方へと離脱するアイリスの動きがぴたり止まる。


 なぜならば、後方にも花騎士の姿を確認したからだ。


「ふふん、だから逃がさないって言ったでしょ」

「問題提起、解決模索――正面突破?」


 既にコルウェットはこの地下道の一本道を封鎖するように花騎士を召喚していたのだ。それらは完璧に、アイリスの前も後ろも封鎖している。


 コルウェットがして見せたような下手すれば地下道の崩壊を招く横道の創造でもしなければ、この戦場にするには狭すぎる地下道にアイリスに逃げ道は無い。


 だからこそ、アイリスは最もシンプルで簡単な方法を取るのだった。即ち、正面突破である。


「第二機能――解放」


 唸りを上げるのは、アイリスが背負う背中の武装。見たこともない黒鉄の装備である。


(魔道具――だとは思うけど、何かしらあれ……。大砲? いや、大砲にしても歪な形をしてるわ)


 アイリスが背負うそれは、魔道具というにはあまりにも歪な形をしていた。


 そもそも、魔道具とは既存の道具に魔法的な効果を与えたものである。剣ならより切れ味を鋭く、ペンなら描いたものを消えにくく、楽器ならばより高らかな音色を奏でるように、とそのものが持つ本来の性能を強化、或いは拡張することで魔道具は成り立っている。


 となれば、アイリスが背負う黒鉄の魔道具らしきものも、その形状から動作を予測できると思えば、答えは否だった。少なくとも、コルウェットの知識には、かのような――リュックサックに円筒形の筒を二本備え、側面に鳥のような両翼を備えている道具など見たことも聞いたこともなかった。


(魔道具開発といえば鉄の国の得意分野。ただ、噂じゃあきな臭いことになってるって言ってたわね、確か。……まさか、この女の子は鉄の国の――いえ、今は目の前の戦いに集中するべきだわ)


 流砂の国の隣国に当たる鉄の国では、そういった未知の魔道具が日々開発されていると聞いたことがあるコルウェットだが、それ以上の想像は蛇足だと、いったん思考を切り取った。


 とにもかくにも、相手が装備するのはその効力が定かではない魔道具であり、そしてわざわざこの状況下でその発動を――魔道具に魔力を集め始めたということは、飽和する花騎士たちを掻い潜り、圧倒的に追い詰められた袋小路を打開する技があるということに他ならない。


「……来いッ!」

「識別暗号、暗唱。コード〈蹂躙〉。認識完了。対象、鏖殺」


 覚悟を決めたコルウェットを前にして、アイリスはその切り札を――彼女をこの地へと派遣した人間から受け取った兵器に備え付けられた一つの機能を解放した。


 コード〈蹂躙〉


 その名前が示すのは――


「予想戦闘時間――二秒」


 一方的な蹂躙であった。


 炎舞う地下道に走る一筋の流星。本来であれば天上を彩るデコレーションに過ぎない光は、地下道というアウェイすぎる戦場にて世界を蹂躙する綺羅星となる。


「嘘っ……――――」


 それは速すぎるわけではない。ルードという理不尽な身体能力お化けが居る以上、比較すれば大した速度というわけではない。


 それに、彼女はただ、その光を纏って前に進んだだけだ。


 しかし、その光は強かったのだ。


 我ここにありとばかりに光り輝く一等星は、その他諸共を強すぎる光によって蹂躙していく。其処に在るだけの脅威。奇しくもそれは、この逃げ場のない地下道の一本道にひしめくコルウェットが召喚する花騎士と似ていた。


 違いがあったとすれば――


「解放終了。第二機能停止……戦闘完了――」


 ただそこにあるだけの脅威が与える力が、アイリスの方が上だったということだろう。


 地下道をひしめき合っていたはずの花騎士たちはすべてがかき消され、ことごとくが蹂躙された。彼女がまっすぐと走った後に残るのは、何かが燃えた跡と、アイリスの光によって破壊され崩れかける地下道だけ。


 そして、コルウェットは――


「対象、消滅」


 そこに、コルウェットの姿はなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る