第49話 最悪の可能性


 砂岩や石英によって構成されたアビル王宮は、140年前の王が自身の権威を示すために巨大に、かつ手間のかかる方法によって建設されたと言われている。


 そうしてできた王宮は、魔法の力を借りてかつての威光をそのままに、140年前から今に至るまで、コーサーに君臨していた。


 しかし、それが文字通り陥落した。王宮の頂点は崩れ、上層部などすっかりそのまま下へと落ちて瓦礫になってしまっている。


 その頂点には、そこがこの世の天上であるかのよう君臨する王座があり、黒幕はおそらくそこに居る。


 だから俺は、王宮の入り口からまっすぐ伸びた王座までの階段を駆け上がった。


 駆けて、駆けて、駆けて――


 そいつに、出会った。


「誰だ、お前……」

「ブルドラ……まさか、操られてるのか!」


 王座の間に続く大階段の中腹。あまりにも長く伸びる階段の踊り場。血に塗れた世界の中で、その男は立っていた。


 黒い靄に体を覆われ、その瞳からは真っ黒な涙を流しているその男は、悲痛に歪んだ表情をして言うのだ。


「こ、殺す? ころ、せば……いや、俺は――俺はの目的は、王都を乗っ取ったやつを――殺、す。ころ――」


 覚束ない口調。その意識は定かではなく、しかしてザクロがそうであったように、狂気に飲まれているようにも見えない。


 そこに浮かべられる感情は困惑。自分が何者であったかすらも忘れてしまったような、未知なる場所に当てもなく放り出されてしまった幼子のような顔を浮かべるブルドラは、黒く充血した瞳をこちらへと向けた。


「俺、は、殺す!!」


 それが、自らの使命であるかのようにふるまいながら。


「ああ、くそっ! いいぜ、来いよブルドラ!」


 床や壁を汚す血液とブルドラの異変から、俺は即座に彼が敵の手に落ちたことを悟った。だからこそ、だからこそ。


「不本意だ。不本意だが――あんとき、ナズベリーに邪魔された戦いの続きをしようじゃねぇか! 結果は決まってる! 俺がお前をぶっ飛ばす! んでもって、俺が冒険者ギルドに認められて、お前が先輩になるんだよ! ああ、そうさ、殺しなんかしねぇよ! ここは試験の延長戦。お前の負けで終わった先にある二回戦。ギルドの試験で、死人なんか出るわけねぇよな! なぁ、ブルドラ!!」


 不本意だ。こんな形で、ブルドラとの因縁を解消することになるなんて思ってもみなかった。ああ、まったくもって不本意だ!


 だが、俺は立ち向かわなくてはならない。


 なんたって、相手はあのブルドラだ。真一級の実力者であり――その上で、二級の実力だったザクロが、俺の身体強化に迫る力を手に入れていた時と同じ、黒い涙を流している。


 その実力は計り知れない。そして、相性を踏まえれば――コルウェットやナズベリーじゃあ、こいつに勝つことは難しい。


 となれば、俺がやるしかない。


 俺が、ここで――


「殺さねぇよ。今度こそ」


 俺は、短剣を構えた。


「あ――――――〈迫撃王キング・オブ・モーター〉」


 瞬間、同時に臨戦態勢に至ったブルドラのスキルが弾けた。


『スキル〈重傷止まり〉が発動しました』


 轟音響く。世界が歪む。熱波と衝撃の中で、俺の体は目にもとまらぬ速さで動くブルドラの剛腕から放たれた空を裂くアッパーによって、天高くへと弾き飛ばされていた。


 ――いや、剛腕じゃない。


 剛腕から放たれたによって、俺は吹き飛ばされたのだ。


 『迫撃王』ブルドラ・ブーブルー。


 世界最高峰のパーティーと謳われたソロモンバイブルズが誇る前衛三人衆の一人にして、ソロモンバイブルズ


 その脅威は、天賦スキル〈迫撃王キング・オブ・モーター〉からなるものだ。


 天より授かった天賦スキル。何らかの結果によって、魂に消えない傷を刻み込まれたもののみが獲得することができる、特別なスキル。


 魔力が続く限り死ぬことがない俺の〈重傷止まり〉がそうであるように、或いは魔法の質を変化させるコルウェットの〈花炎姫エレガンスフラワー〉がそうであるように、もしくは魔力に触れたものを黄金変えてしまうナズベリー〈金鉱脈ハンド・オブ・ミダス〉がそうであるように、ブルドラにも彼だけの、彼のためのスキルが存在する。


 それこそが〈迫撃王キング・オブ・モーター〉。


 攻撃系スキルに当たるそれは、自身の体を軸として爆発を引き起こすことができる恐るべきスキルであった。


「痛ッ……!! ああ、重傷止まりで耐えたとはいえ、火傷ってのはくそ痛ェな!!」


 込めた魔力の多寡によって威力が変動するのの爆発は、もちろんのこと熱波を伴った破壊の力を持つ。ただのパンチ一発が、岩をも砕く必殺の一撃に変貌するのだ。


 まともに食らっていい技じゃないのは、俺の〈重傷止まり〉が発動したことから簡単にわかること。しかも奴は――


「やっぱり追ってくるよなァ!!」


 崩れた王宮の天蓋なき世界の中で、空へと――あるいは天井に張り付いた王宮から大地へと落ちていく中で、追撃を企てるブルドラの姿が俺の横に並んだ。


 俺を殴り飛ばしてから、その姿を確かめるように地上で星となる俺を見上げているだけだったはずのブルドラが、ほんの数瞬で空を飛び俺の横に到着したのである。


 そして、高く振り上げられた両こぶしが、爆発を伴いながら振り下ろされ、俺の体をふりだしに――王宮の地面へと、俺の体は叩きつけられた。


「くそがぁ!!」


〈スキル〈重傷止まり〉が発動しました〉


 床板を割りながら着陸した俺は、急いで人の形に凹んだ床から脱出した。すれば、すぐそばに再びブルドラの姿があった。


 これだ。これが、こいつが最速と言われる所以。記憶に残るブルドラの速度は、俺の実力が乏しかったがゆえに定かではないが――今の奴は、俺が172層で殺し合ったダンジョンボスに勝るとも劣らない速度を獲得して目の前に立っている。


「――来るッ!!」


 爆音と共に、またもや俺に突撃してくるブルドラをいなして、俺はようやく奴の一撃を躱すことに成功した。


 二撃喰らって、二回も〈重傷止まり〉を発動させて、やっと目を慣らすことができた。


 奴の速度の秘密。それは、足裏で爆発を発生させることによる、音を足場にした加速だ。


 その速度は音に迫り、俺の最大強化をもってしても届くことのない域に到達している。


 手加減なんてできない相手じゃない。いくら俺が死なないとはいえ――本気を出さずして勝てる相手じゃない。


 だけど――


「いいかぁ、ブルドラ。世界になぁ……死んでいい人間なんていないんだよ……!! お前がどんな奴だろうとな、殺されていい奴なんていねぇんだよ!!」


 ああ、なんて青臭いことを言っているのだろうか。

 そんなもの理想論でしかない。


 世界には、更生することなんてできない、擁護の余地もない悪党がごまんといることなんて、当の昔に知っているはずなのに――それでも、俺はそんなことを言ってしまうんだ。


 道を踏み外してしまったから、何か理由があったから――本当のそいつを知らないから、俺という一人称からしたら、そいつは悪でしかないのだと、俺はそう信じている。


 そうじゃなきゃ、俺は――


「絶対に助ける!! まってやがれよ、ナンパ野郎!!」


 俺は、この世界を嫌いになってしまうから。


「信じてるぜ、ヴィネ! これが、ただただ切れ味のいい短剣じゃないってことを!」


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