第47話 使命
「大丈夫か、モアラ」
「ええ、存外にあなたの腕の中は悪くない」
王宮を目指す俺は、モアラを抱えて大通りを疾走していた。
もちろん、道中を阻む魔物や操られた人々が現れるわけだが――172層で行われた命がけのマラソンを乗り越えた俺には、障害物競走にもならない妨害でしかない。
隠密術は――モアラを抱えているため使えない。あれは、俺一人が相手の認識から消えようとして初めて成り立つもので、体の動きから呼吸まで、あらゆる俺から発される情報を制御しなければならない。
そのため、俺ではない他者にまでその技術を及ばすことは難しい。
「……にしても、不思議な感覚だな」
「確かに、不思議な感覚ですわね。坂を上っているはずなのに、まるで平面を駆けているよう――いえ、運んでもらっている身分でこの感想は少々失礼ですわね」
「いや、いいよ。実際俺も思ってたから」
坂を上っているはずなのに、というのはこの歪み切ったコーサーのことをだ。実際、コーサーに建つ王宮は高台の岩山にあり、そこに続く四本の大通りは若干な坂道となっているのだが――おそらくは、宝宮プルソンと同じ法則が働いているのであろう空間のゆがみによって、若干でしかなかった坂道の傾斜は、壁のように滑らかに屹立し、弧を描くような道筋を空へと描いていた。
その先に――俺たちからして頭上の天井に、王宮が逆さまに張り付いている。
……いるのだが、実際にこの道を走る俺には、坂道を登っているなんて感覚は無いのだ。
まったくもって不思議な感覚だ。登っているのに下がっているような、見た目だけでは傾斜が70度を超えているありえない登り坂でしかないはずなのに、歩き心地は全くの平面なのだ。
自分が今、端から見たらどんなことになっているのか、是非とも気になるところだが――それよりも、だ。
「本当に、一人で行動するのか?」
「ええ、一人で行動させてくださいませ。そして、私がどこに行ったのかは、ご内密にお願いしたく思います」
俺が心配しているのは、彼女が王宮にたどり着いてから一人で行動すると言い出したことだ。
というのも――
「私がここに来たのは、王族に伝わる宝の安全を確かめるためです。この度、ここに来た国賊らは、王宮を破壊したと聞きますわ。もしも、彼らの狙いがその宝であったのならば――私には、生き残った王族の一人として、それを抹消する使命がありますの」
「なんでそれを、今の今まで話さなかったんだよ」
「その宝の存在を、王族以外の人間に広めたくなかったから、ですわ」
どうやら彼女の目的は、彼女が語るアビル王家の秘宝の確保、ないし破壊なのだという。それほどまでにその秘宝は重要な意味を持ち、国賊の手に渡ることを彼女は恐れていた。
「もちろん、ここでこのことをあなたに話したのは、何もあなたを信頼しているから、ではありません。この事実を語ることで、私を王宮の元にまで運んでもらい、その上で王族のみが触れられる秘宝から距離を取ってほしい、という理解を、私の王族という背景でより強く推奨しているにすぎません。なんとも都合のいい話ではございますが、ご理解いただけると幸いですわ」
そして、今になってその事実を語ったのも、王家を左右する秘宝をどうにかしなくてはならないという現状で、自分を王宮に送る重要性を説き、利用するためなのだそうだ。
それほどまでに必死に、彼女はその秘宝を何とかしなくてはならないらしい。
「わかってるよ、そういうのは……ただ、一つ聞きたい」
「なんですか?」
「俺が、突然豹変して、その秘宝を奪う、なんてことは考えなかったのかよ」
「………………」
ありえない可能性じゃない。俺はあくまでも、旅の道中で偶然モアラを助けただけの一冒険者だ。そして、彼女と出会って過ごした時間は一週間にも満たないだろう。その人間の人となりを把握するのには、あまりにも短すぎる時間だ。
もし俺が野心をもって彼女を襲い、その秘宝を奪い取る可能性だって零ではないだろう。
ならば、なぜ教えたのか――
「誰かのために悩めるあなたが、そんなことするとは思えませんでしたので」
「おい、さっき俺のことを信用してるわけじゃないって言わなかったか?」
「言葉の綾ですわ」
なんともまあ都合のいいように使われているようで。
まあでも――
「家のために、こんな死地に飛び込めるほどの覚悟があるってんなら――俺は、その覚悟を信用するぞ」
「ええ、是非とも信用してくださいまし。今私が背負っているものは、1000年の歴史を誇るアビルの王家そのものですもの」
俺が抱きかかえられるほどに小さな体には、あまりにも大きすぎるものが背負わされているらしい。
ただ、流石に彼女のを一人にするわけには――
「――なら、私が同行するわよ、モアラ」
その時、空から声が降って来た。
「コルウェット!?」
「ったく、心配かけさせるんじゃないわよ二人とも!」
炎を纏い当たり前のように空を飛ぶ赤髪の彼女は、まごうこと無きコルウェットその人である。
「操られてるとかは――」
「ないわよ! 失礼ね!」
「確かに、その俺を責めるような眼はコルウェットのもんだな」
「ええ、間違いなく私は私よ。そ! れ! よ! り! も! さっきの通信は何よ! 自暴自棄になってんじゃなわよ!」
「あー……悪いとは思ってるよ。ただ、人を操ってる奴を倒せば、解決すると思ってさ」
俺は地上を駆けながら、空を飛ぶコルウェットと会話をする。いや、会話というよりも叱責だな。まあ、姫様連れて敵の親元に単身突撃ってのは褒められた行為じゃないのは確かだ。
「ったく……まあいいわ。モアラのことは任せなさい。守りながら戦うのならば、少なくともルードよりも私の方が適任なはずよ。それと、絶対操られるんじゃないわよ」
「そうだな。わかった、頼む」
「モアラも、それでいいわよね? それとも――友人を、信用できないとでも言うのかしら?」
「…………わかりました。お願いしますわ、コルウェット」
「ええ、任せなさい」
そうして、俺はコルウェットが召喚した花騎士へとモアラを託す。
「ふ、不思議ですね……炎なのに熱くはないとは」
「魔法のいい所よね。ある程度勝手がきくのは」
友人二人の会話を耳にしながら、俺は改めて目標を確認した。
「俺は王座の間を目指す。報告で黒幕と思われる奴がいたところだな。そこでブルドラと合流して、黒幕を討つ」
「わたくしたちは、王宮の地下を目指しますわ。ダンジョン、というほどではありませんが、入り組んでいますので魔物に遭遇しても、逃げることは簡単でしょう」
「わかった。じゃあ――気を付けろよ」
「お互いにね、ルード」
王宮まであと少し。
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