第46話 適材適所


『コルウェット、先王宮行ってくるわ』

「……なぁに考えてんのよアイツはァ!!」


 何者かに操られた人々にゴーレム型の魔物、それらに対抗する一級冒険者たちと騒々しい戦場の中で、一人の少女がそんな怒声を上げた。


 というのも、連絡員から届いた音声記録が、なんとも身勝手で無茶苦茶な内容だったからだ。


「え、えと……どう返信いたしましょうか?」

「ちょっとまって、今考えてるから……あの男、仲間を失って自暴自棄にでもなったのかしら……?」


 眉間にしわを寄せて思考するのは、このチームを任された真一級冒険者のコルウェットだ。ソロモンバイブルズのメンバーであった彼女は、その経歴からダンジョン探索のスペシャリストの一人として祭り上げられ、今ここにいるわけだが――さすがの彼女も、チームメンバーが皆殺しにされたからと言って、一番の危険地帯に飛び込みに行こうとする人間をかばい立てすることはできない。


 問題があるとすれば、その男が本当にこの事件を解決してしまいそうな実力を持っていることか。


(何が出てきたとしても、ルードの実力を考えれば大事に至らない。至らないけれど、大きなも問題が二つもあるのよね。見過ごすことも見逃すこともできない、大きすぎる問題が)


 問題。その一つが、モアラの存在である。


 コーサーを王都とする流砂の国アビルの姫であり、旧都アルザールと王都コーサーが落ちた今、唯一生存が確認されている王族の一人だ。


 本来であれば、こんな戦場に出てくるような人間ではないが――彼女には、一つの目的があった。王族として、やり遂げなければならない使命があった。


 そのすべてをモアラはコルウェットたちに話したわけではないが、その目的を達成できなければ自害でもしそうな勢いであったため、彼女の同行は許されたのだ。


 もちろんながら、彼女にダンジョンを生き残る戦闘力などない。いや、多少なりとの武の心得はあるのだろうが、宝宮プルソン産の魔物が次から次へと出てくるこのダンジョンにおいては、大差のない違いでしかない。


 そして二つ目の問題が――今、目の前に広がっている光景にある。


 魔物に並んで列をなす、コーサーの住人であったはずの人間たち。魔物が人間の姿をしているという、ナズベリーの言を思いだすが――これは、もっと悲惨で下劣なものだとコルウェットは理解していた。


 彼らは等しく、この騒動を起こした何者かに操られているのだと。


 その操作が如何にして成り立っているのかは不明であるが、彼らがコーサーの住人である以上、このコーサーが陥落してから24時間も経っていない短時間で、数十人――もしかすれば、数百人規模の人間が傀儡にされた可能性がある。


 そして、それは冒険者とて例外ではない。操られた人間の参列の中には、一級に当たる冒険者の姿も見えることから、この列を指揮する術士は並大抵の腕前ではないことがわかるだろう。


 そこから導き出されるのは――あの、ダンジョンボスを殺し、バラムを打ち倒したルードが操られて、その拳をこちらへと向けてくる可能性だ。


(流石にそうなったら、私たちに勝ち目はない……)


 せめて、ルードが黒幕と相対するときに自分が居れば、遠距離からの魔法攻撃による様子見で、敵の手の内をいくつか明かすことができただろうが――今、彼女はこの場から離れることができないのだ。


「コルウェットさん! 北西から魔物が!」

「魔物は任せなさい! だから、あなたたちは操られてる人たちの無力化を!」


 コルウェットは真一級の冒険者だ。


 そして、ブルドラがそうであるように、彼女もまたその肩書に相応しい実力を備えている。しかし、それはダンジョンを攻略するために磨かれた実力である。


 彼女は冒険者であり、未開の土地を開拓する者。間違っても、戦争に参入する傭兵でもなければ、盗賊や海賊などの賞金首を相手に戦うバウンティハンターでもない。


 未開の地を開拓し、そこに存在する凶悪な魔物から身を守る術に長けたスペシャリスト。それこそが、冒険者なのだから。


 ともすれば、それは彼女が今までの修練で身に着けた術の多くが、人間を命に関わることなく制圧することができるものではないことは、火を見るよりも明らかだろう。


 特に、コルウェットが扱う魔法は火属性。世界に四つ存在するあらゆる魔法の基盤となる、火水風土の四属性の中でも、攻撃能力に特化した属性である。


 それは元より、何かを燃やすために存在しているがために、何物も燃やすことなく力を行使するなんてことは難しい。


 そして、操られている人間を殺すことはたやすいが――だからといって、それが有効であるかといえば、否と唱える必要があるだろう。


 なにせ、この場に居る者たちも、すべてがコルウェットと同じ冒険者。旅の道すがらで山賊などに襲われた経験があるものはいるだろうし、死と隣り合わせの職業故に人を見送った経験も多いだろう。しかし、少なくとも人殺しに慣れた人間など一人も居ない。


 そして、操られているとはいえ、人を殺すという行為はストレスだ。ただでさえ、強力な魔物が並ぶ戦場において、更なるストレスを与えられるとなると――その動きに支障が出てもおかしくない。


 だからこそ、ギルドから人殺しの許可が下りていようとも、コルウェットは襲い掛かる彼らを殺さない選択肢を取っていた。


 しかし、それにも限度がある。彼女の仕事は道を切り開くこと。ブルドラたちが後顧の憂いなく王宮で黒幕と対峙し、ナズベリー等が人命救助に注力することができるように、魔物を掃討することが使命だ。


 とはいえ、ここで人間相手に足踏みをしているとなると――ほかの部隊の動きに支障が出かねない。だからこそ――


「殺すか、殺さないか――」


 現在、ゴーレム型の魔物たちはコルウェットの花騎士が対応し、そして他の冒険者たちが操られた人々の対応をしている。しかし、魔物も人も、こうも戦闘が長引けば続々と参戦してきており、いつかは戦線が崩壊するだろう。


 だからこそ、彼女は選択しなくてはならない。


 殺すか、殺さないかを――


「……チッ! 皆、下がって! 大きい魔法を使うわ!」


 そして、コルウェットは選択を下した。


 今いる人間が死んでいくよりも、自分がすべてを殺して道を切り開いた方がいい、と。


 だからこそ、彼女の迸る炎はその形を攻撃的な形態へと変え、群がる傀儡へと放たれ――


「コルウェット。ここは私にお任せください」


 否、放たれることはなかった。


 なぜならば――


「この状況となれば、あなたよりも私の方が適任でしょうから」


 ここにきて、ナズベリーたちが合流したからであった。


「……数は多いわよ?」

「確かに、コユキやコルウェットに比べれば、私の〈金鉱脈ハンド・オブ・ミダス〉など、広域を名乗ることができないほどに小さな影響力しかないでしょう。ただ――彼らの命を、誰も背負うことなくこの場を修めることができるのは確かですよ」


 『金鉱脈ハンド・オブ・ミダス』ナズベリー。二つ名にもなっている彼女が持つ天賦スキル〈金鉱脈ハンド・オブ・ミダス〉は、その手から放たれた魔力に触れた須らくを、黄金へと変える力を持つ。


 もちろん、黄金から元に戻すことも可能であり――手に負えない何かを拘束することにおいて、彼女ほど長けた人間はいない。


 この場において、ナズベリーほどの適任者はいないだろう。


 だからこそ、コルウェットはこの場を彼女に任せる。


「わかった。じゃあ、任せたわ」

「ええ。では、コルウェットも頑張ってください」


 友人である二人は、ただそれだけの言葉を交わして、お互いにすべてを任せた。


 コルウェットは、本来であれば自分が指揮する部隊と、この場にて襲い掛かってくる憐れな傀儡たちを。


 ナズベリーは――


「どうか、お気をつけて」


 ブルドラが先行し、ルードが続いた王宮と、絶対に生き残ってもらわなければならないモアラの守護を、コルウェットへと任せたのだった。

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