第45話 奴


「ルード様」


 血は出なかった。


「ルード様!」


 首を切った感触だけが俺の腕に残り、ぼとりと重たい何かが足元に転がる。


「ルード様ッ!!」


 転がる何かが、俺の足にぶつかる。


 その目を、俺は――


「ルード様ァ!!」

「うわっ!?」


 見下ろそうとした俺の視界が一回転。俺は後ろから蹴られて転んでしまったらしい。


 見上げた先に居たのは、俺を蹴ったであろうチーム・ルードの唯一の生き残りのモアラ。連絡員として参加した、この国のお姫様。


 そんな彼女が、どうやら俺を蹴ったらしい。


「何すんだよモアラ」

「心ここにあらずといった殿方を気付るのには、古今東西暴力が一番であると兄様から教えていただきましたもので」

「なんて凶暴な兄様だよそれ……いや、いい。ありがとう、ちょっと頭が冷静になった」


 寝っ転がったまま会話していた俺だが、流石にモアラのスカートの中がちらちらと見えそうになるのはまずいので、ゆっくりと起きあがった。


 それから、俺は横を――首を失った、ザクロの死体を見た。


 右腕から漏れ出ていた黒い靄は無くなり、胴体に空いた大穴には魂らしき何かが囚われているということもなくなっている。


 完全に、完璧に死体である。


 俺が、殺した、死体である。


「ああ、くっそ。気分悪い」


 俺は人を殺したことがない。

 もちろん、冒険者という仕事が人殺しに慣れているということもないが、未開拓地に行く手前で、山賊や海賊に襲われて仕方なくで人を殺したことがある人間も少なくはないだろう。


 ただ、そんな実力もない俺は、20年続いた人生の中で、一回も人殺しをしたことがなかった。


 そういうのは、バウンティハンター《賞金狩り》ギルドの仕事だ。冒険者の仕事じゃない。


 でも、ここじゃ、そんな理屈は通用しないんだ。


「なあ、モアラ。通信用の魔道具を貸してくれ」

「え、ええ。わかりましたわ」


 連絡員はそれぞれ、その名前の通り他の連絡員やギルドと連絡を取ることができる魔道具を所持している。


 ギルド職員ではないモノの、しっかりとした技能を備えていた彼女も連絡員としての役割を持っており、その役割を全うするために俺に魔道具を預けてくれた。


「っと、ここを押せば通信ができるんだよな」

「ハイ、間違いありませんわ。ああ、わたくしの魔力で動くため、出来るだけ通信内容はコンパクトにまとめていただきたく思いますわ」

「了解っと」


 手のひらサイズの箱型魔道具。その横についたボタンを押せば、砂嵐のようなざーという音と共に、どこかに居る同じ魔道具を持つ連絡員たちとの回線がつながれる。


 そこで、俺は次のことを告げた。


「こちらチーム・ルード。俺と連絡員を残して全滅。敵はコーサーの冒険者を操り攻撃を仕掛けて来た。また、明らかに戦闘力が上昇していて、不意打ちで壊滅してしまった。撃破には成功したものの、操られた冒険者が一人だとは考えづらい。各自注意を払ってくれ」


 まず俺が告げたのは、俺のチームが壊滅したことと、その理由。冒険者に扮して襲い掛かって来たということから、事前にその事実を知っていれば、不意打ちで死んでしまうなんてことは避けられるはずだ。


 それと、明らかに冒険者の――ザクロの戦闘力が上がっていたことも追記した。ザクロは冒険者の中では高い戦闘力を持っていたが、あくまでもそれは二級基準のもので、一級に迫るものではなかった。


 そして、俺の前で見せた高速移動は、明らかに二級に留まる戦闘力じゃない。となれば、ザクロを操っていた『奴』が何かそういった操っている人間を強化することができると考えられる。


 それらを魔道具を使って仲間たちに伝えた後に、俺は最後に――


「それと――コルウェット。先王宮行ってくるわ」


 極々個人的な通信だが、置手紙のように俺はそう言い残して、通信を切断した。


「お待ちくださいルード様! 王宮に行くとは……冷静になってくださいまし!」

「ああ、いや。モアラ。俺は別に冷静だよ。もちろん、ザクロのことで怒ってはいるが、冷静冷静」


 その通信を聞いたモアラに問い詰められるものの、俺は至って冷静だ。だって、俺がまっすぐ王宮に向かい、この一件の黒幕を叩き潰したほうが、おそらくもっとも犠牲が少ないから。


「だって考えてみろ。魔物はともかくとしても、あの黒い靄で操られた人間は、明らかにスキルによる影響だった。んでもって、ザクロの言い分を信じるとすれば、あの靄には意志がある。操ってる奴の意思がな。なら、そいつをぶっ潰せば、操られてる人間が全員解放される、だろ?」


 今回の作戦に参加している人間は、連絡員を除けば準一級以上の、いわば冒険者の上澄みだ。その戦闘力は、最高難易度ダンジョンと言えど侮ることはできないモノ。


 とはいえ、人命救助を任務として帯びている以上、敵とも味方ともわからない人間の救助活動をするのは、激しいストレスを伴い、死の危険性が高くなる。


 ともなれば、少なくとも、この騒動を早く終結させることに意味はある。ザクロのような人間を操っている奴がいるのならば、そいつを倒して意識をなくせば、スキルの機能は停止するのだから。


 それに、今のうちに王宮に行けば、もしかすればブルドラの力を借りて、より確実に敵を倒すことができるかもれしない。


 正直、あいつと共闘するのはどうかと思うが――あれでも真一級の実力者。こんな非常事態に、お互いの軋轢を持ち出すのは野暮なことだ。


「わかりましたわ。では、ルード様。一つお願いしたいことがございます」

「ああ、安心しろ。コルウェットかナズベリーのところには連れてってやるから。王宮に突撃するのは、俺単身で――」

「わたくしを、王宮まで連れてってほしいのですわ。わたくしが、ここまで来た目的を達成するために」

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